第16話 初心者講習
初心者講習は朝九時からなので朝は比較的のんびりと過ごして、少し早めに冒険者ギルドに着くように宿を出た。
昨日はあまり街並みを楽しむ余裕もなかったので、周りを観察しつつ歩いて行く。この街は田舎の街みたいだけど、所狭しと家が建ち並んでいて結構人口はいそうだ。路地には普通の民家が並んでいて、たまにお店がある感じ。
しかし大通りに出ると途端にお店が増える。野菜を売っているお店やパンを売っているお店、小麦、ハーブ、調味料、果物、肉、魚、いろんなものを売っているお店がある。さらにいくつか屋台も出ている。串焼きやスープなんかを売ってるみたいだ。
『ミル、お金を稼げるようになったら食べ歩きとかしようか』
『はい! あの屋台の串焼きは美味しそうです』
『あれ何の肉だろう。牛系の魔物かな?』
『そう見えます!』
この世界には動物がいないから肉は全て魔物の肉だ。色んな種類の魔物の肉も作ったから色々試してみたい。
『あっ、あのお店革製品が売ってるよ。ミルの首輪もあるかも』
『本当ですね。ではお金を稼いだら見に行きましょう!』
『そうだね。楽しみだな〜』
そんなことをミルと念話で話しつつ歩いていると、冒険者ギルドに辿り着いた。中に入るとまたリタさんが受付にいたのでそこに向かう。
「こんにちは。昨日初心者講習に申し込んだトーゴです」
「トーゴさんおはようございます。まだ始まるまでもう少し時間がありますのでお待ちください」
「分かりました」
何をして時間を潰そうかな。そう考えつつ冒険者ギルドを見回すと、依頼ボードが目に入った。どんな依頼があるのか確認しておくのもいいかもしれない。
そう思った俺は依頼が貼られている場所に向かう。
依頼はランクごとに貼られているみたいで、Fランクの依頼を見てみると討伐依頼は全くなかった。魔物と戦う依頼はEランクからのようだ。Fランクの依頼は薬草採取や調味料の採取、それから街中での依頼が多い。掃除や店番に始まり、屋根の修理の手伝いとか多種多様な仕事がある。
しかしFランクの報酬は銅貨数枚のことが多く、これだと頑張って一日に二つこなして何とかその日の宿屋とご飯にありつけるって感じかな。結構大変だ。
Eランクの依頼になると少し難易度は上がるけど、報酬も銀貨までいくのがちらほらある。D、Cって見ていくとどんどん報酬も上がっていく。この辺まで行けば少しずつ貯金もできるだろう。
そしてAランクの依頼はもう想像できないほど報酬が高かった。Sランクの依頼については貼られてもいない。こんな田舎にSランクが来ることなんてないからか、Sランクの依頼は直接依頼するからなのか。
『ミル、まずは目指せDランクかな。この辺になれば生活も安定しそう』
『確かに報酬も上がりますね』
『うん。とりあえずはランクを上げるのも頑張ろうか』
『はい!』
それからもぼんやりと依頼を眺めていると、後ろから肩を叩かれた。振り返ると五十代ぐらいに見える強面のおじさんがいる。
「おい、お前がトーゴか?」
「そうです」
「俺は初心者講習の教官だ。始めるから来い」
「分かりました。ありがとうございます」
そうして少し怖い感じの教官に付いていくと、冒険者ギルドの裏庭についた。戦い方の講習はここでやるらしい。裏庭には俺の他に人はいない。
『ミルは端で待ってて』
『分かりました』
「他の受講者はいないのですか?」
「今日はお前だけだ。それよりもその綺麗な言葉遣いをやめろ。むずむずする」
「分かりまし……分かった」
「よしっ、じゃあ始めるぞ。まずトーゴは武器を持ったことがあるのか?」
「今まで一度もないよ」
俺がそう言うと、教官は武器が沢山入った大きな樽を持って来てくれた。
「じゃあこの中の武器を全部手に持ってみろ。それでしっくりくるやつをいくつか選べ。後は使ってみて決めればいい」
「こんなに沢山あるんだ。直感だけでいいの? おすすめとかある?」
「そうだな。パーティーを組む予定があるならその仲間に合わせるべきだ。ソロなら遠距離じゃなくて近距離の武器がいいな」
「分かった。じゃあ俺は近距離かな」
「それなら弓と投げナイフ、後この辺もダメだな。残ったのから選べ」
「うん」
俺は残った近距離で使う武器を一つずつ手に持っていった。まずは剣。やっぱりこういう時は王道の剣だ。マテオ達も剣を持ってたし。
剣は持ってみると思いのほか重くて、今の俺には到底振り回せそうになかった。一度素振りをしてみると剣に体が引っ張られる。うぅ……初期設定の俺弱すぎる。
「お前……力無いな」
「これからだから。これから訓練して強くなるから」
「剣はダメだ。次を持て」
剣がダメなら槍だ。槍ってカッコいいし間合いも広いから良さそう。
そう思って槍を持ってみると、槍も同じように重い。とにかく重い。構えると槍の先がゆらゆら揺れちゃう。地面に槍を置きたくなる。こんなんじゃ戦えない。
「ダメだ。次!」
「はい!」
次は斧だ。重い……
「次!」
ハンマーだ! 何これ、持ち上がらない……
「次!」
――結局全然ダメだった。かろうじて使えそうなのはナイフと軽い棍棒。こんなんじゃ魔物と戦えないよ!
魔法はできるけど、ここまで弱いと不意打ちなどには全く対応できないだろう。体がついていかないよな……これは鍛えないとダメだ。
「教官、どうすればいいかな……」
「そうだな。まずは力をつけるところからだ。武器を選ぶ前に体づくりからだな」
「やっぱりそうか」
うん、自分でもまずは筋トレからだなって思うよ。
「とりあえず今日は効果的な鍛練方法を教えよう。それをこれから一ヶ月続ければ武器も持てるようになるだろう」
「教官、その間の仕事はどうしたらいい?」
「それはあれだ、街中の仕事で力が必要なやつをやれ。荷運びとかあるだろ?」
確かにあった。報酬が安くて大変そうだな……って思ったんだけど。体づくりにはいいのかもしれない。
「とりあえずこれからのお前の一ヶ月は、朝起きたらすぐにギルドに来て力が必要な仕事を受ける。そして午前中でその仕事を終わらせて昼飯、午後は暗くなるまで鍛練だ。そうすれば一ヶ月で武器も振れるようになるだろう」
めちゃくちゃ大変な一ヶ月になりそうだ。でも俺はやればやるだけ強くなれるはずだから、成長限界は最大だし努力が報われる四葉のクローバーってスキルもあるし。うん、頑張ろう。なんか燃えて来た!
「教官、俺頑張るよ!」
「その意気だ。じゃあ午後にやる鍛練を今日一通りやるぞ。まずはストレッチからだ。怪我を防ぐには大切なんだからサボるんじゃないぞ」
「うん!」
そうしてストレッチを入念にした後は、街中をひたすらランニングして体力をつける。それが終わったら今度は無酸素運動で筋トレだ。腕立てや腹筋、背筋などを十回五セットずつ。最終的には百回五セットまでできるようにするらしい。それやりすぎじゃない……? とも思ったけどこの世界ではできる人も多いらしい。
確かに冒険者ギルドにいる人はムキムキの人が多いんだよね。今日来た時は女性の冒険者っぽい人も一人いたんだけど、あの人もかなり筋肉があった。二の腕とか確実に俺より太かった。
「はぁ、はぁ、はぁ、教官、これで終わり……?」
「ああ、よく頑張った。後は最後にまたストレッチをして終わりだ」
「教官は、息切れてないの、凄い」
教官は俺と同じトレーニングをしてたのにほとんど疲れてなさそうなんだ。いい汗かいたってぐらいな感じ。
「俺は毎日鍛練を欠かさないからな」
「教官は、ずっと冒険者ギルドの、教官をしてるの?」
「いや、数年前にそろそろ年だから冒険者は引退しようかと思ってたところに話をもらってな。それからやっている」
「へぇ〜そんなこともあるんだ」
「お前みたいに骨のある新人を育てるのは楽しいからな」
え、本当に? それ嬉しいんだけど!
「俺は強くなれそう?」
「ああ、お前はサボらなきゃかなり強くなれるだろう」
凄いな。強い人にはその人の成長限界もなんとなくわかるのかな。
「それにお前の従魔、ミルって言ったか? あいつはかなり強いだろう? そんな強い従魔がいるのに自分も強くなろうって根性が好きだ」
「ミルはすっごく強いよ! 教官よりも強いぐらい!」
俺はミルが褒められたことが嬉しくて思わずそう言った。
「だろうな。白狼の突然変異なんだか別の魔物なんだか知らないが、冒険者ランクならAぐらいか、もっと強いかだな」
ミルってそんなに強かったのか……。強いとは思ってたけど予想以上だ。
「よくわかるね」
「さっき一緒に走っただろう? 身のこなしを見てれば大体わかる。俺からしたらそこまで強い魔物を完璧に従えてるお前の方が凄い」
「そうかな。ミルは友達だから」
俺はミルが褒められたことが嬉しくて、ミルのところまで行きもふっと抱きついた。うぅ〜ん、気持ちいい。もふもふでふわふわ。
『ミル、褒められたよ』
『嬉しいです! トーゴ様は僕が守ります!』
ミルはそう言って尻尾をぶんぶんと振っている。うん、とりあえず可愛い。
『よろしく。でも俺も強くなってミルを守れるようになるから』
『はい!』
「じゃあ今日は終わりだ。そろそろ昼飯の時間だぞ」
「え、もうそんな時間なの!? 今日も依頼受けようと思ってたのに。俺お金持ってないんだ」
「お金持ってないって、一鉄貨もか?」
今鉄貨って言ったな。銅貨の下に鉄貨もあるのか。というかそろそろお金のことぐらいはちゃんと知っておきたい。
「教官、一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「お金って何種類あるの?」
「お前……知らないのか!?」
「うん。俺の村ではお金なんて使わなかったから」
「そうか。……じゃあ一緒に来い。そこの食堂で昼飯奢ってやるついでに教えてやるよ」
「本当に!? ありがとう!」
やったー! 今日は昼飯なしの予定だったけど食べられる。お腹空いてたんだ。ちゃんと稼いだら教官にもお金返そう。
そう決意をしながら俺は教官に付いて、冒険者ギルドの中に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます