第15話 下界二日目の朝

 次の日の朝。

 俺は朝六時の鐘でしっかりと目が覚めた。鐘の音は予想以上に大きいので寝坊の心配はなさそうだ。


「ミル、おはよ」

「くぁ〜。おはようございます」


 ミルはまだ眠いのか大きなあくびをした後にそう挨拶をしてくれた。うん、寝起きのミルも可愛い。


「昨日あったことって、現実なのかな……」

「もう一度神石を使ってみますか?」

「うん。やってみようかな」


 俺は今日になってたから何故か帰れるとか、そんなミラクルないかなと思って神石を取り出して二回タップした。


「神界に帰る」


 そしてそう呟く。……しかし何も起きない。


「ダメみたいだ」

「ですね」


 はぁ……俺は大きなあくびをしつつまたベッドに倒れ込んだ。昨日はやる気満々だったんだけど、一晩経って冷静になってみると、とてつもなく道のりは長い。ちょっと気が遠くなる。


 でもゲームだって考えたら逆に燃えるか。簡単にクリアできたら面白くない。ゲームは頑張って努力して試行錯誤して、失敗しつつもクリアしていくのが楽しいんだ。

 問題はこの世界で死んだらその時点で終わりってことだけど……まあ、それもスリルがあっていいってことにしておこう。そう思わないとやってられない。


「よしっ!」


 俺は勢いよくベッドから起き上がって大きく伸びをした。


「今日から頑張ろう。まずは朝ごはん食べないと。下の食堂に行こうか」

「はい!」



 食堂に降りて行くと、マテオ達が既に朝食を食べているところだった。皆朝早いな。


「皆おはよう」

「おう、おはよう。昨日は眠れたか?」

「ぐっすりだよ」

「今日は初心者講習だったか?」

「そう。そのあとは簡単な依頼を受けようかなって。まずはお金稼がないとだから」

「確かにそうだな。頑張れよ」

「うん。これ朝ご飯って自分で持ってくるの?」


 まだアナちゃんもいないみたいだし、食堂には三人以外誰もいない。俺がどうすればいいのか困っていると、パブロが教えてくれた。


「朝は厨房に自分でもらいに行くんだぜ。この宿屋はアナちゃんの両親が二人でやってたんだけどよ、奥さんは二年前に流行病で死んじまったんだ。それで今はホセっていう親父とアナちゃんの二人でやってっから、朝は人手が足りないのさ。アナちゃんはまだ早起きできねぇからな」

「そうだったんだ……」


 それは大変だな。やっぱりこの世界だと日本よりは病気で死んじゃう人が多いのかな……。病気で苦しむ人がいないようにって思ったんだけど、それは設定できなかったのだ。

 一応ギリギリのところで光魔法に病気の治癒をする魔法は作ったけど、効果が高いものだと消費魔力量が大きいから誰にでも受けられるものじゃないだろう。


「この街って病院あるの?」

「ああ、この町には治癒院が一つある。ただヒールとキュアが使える魔法使いが数人と、あとは薬草とかでの治癒だな。田舎はそんなもんだ。王都とかならエクスヒールとエクスキュアが使える魔法使いもいるだろうけどな。でも高いから一般人には無理だぜ」

「そうなんだ」

「トーゴの村には治癒院あったのか?」

「ないよ。だから近くの森から取ってきた薬草とかを使うだけだった」

「まあ、平民はそんなもんだよな……」


 やっぱりこの世界で病気や怪我は、かなり怖いものなのかもしれないな。一応光魔法で治癒魔法があって、怪我を治すヒールと病気や毒などの状態異常を治すキュアがあるんだ。

 でもただのヒールとキュアだと軽い怪我や病気しか治らない。その上のエクスヒールやエクスキュアなら少し重いものも治る。どんな病気や怪我も治るパーフェクトヒールとパーフェクトキュアってやつもあるんだけど、あれは人間の最大魔力量と同等の魔力が必要だから、できる人は殆どいないだろう。魔力量が人間の最大値でさらに光魔法に適性がある人間、何十年に一人とかだと思う。


 俺はパーフェクトヒールとパーフェクトキュア、使えるんだけどな。でも使ったらそれで魔力が空っぽになっちゃうから、安全な街中で使うしかできないだろう。


「じゃあ朝ご飯もらってくるよ」

「ああ、そこのドアの先が厨房だ」

「分かった」


 カウンターの裏にあるドアの先が厨房みたいだ。恐る恐るドアを開けると……、中には大男がいた。背が高くて筋肉ムキムキでガタイが良くて、さらに髭も生えてる。

 この人がホセさん、だろうか?


「……すみません。朝ご飯貰いにきました」

「おう、ちょっと待ってろ! あっ、お前は昨日来た新しいやつだな。トーゴだったか?」

「そうです」

「そんな堅苦しい話し方しなくていいぞ! ホセって呼んでくれ」

「じゃあホセ、これからよろしく」

「おう。トーゴは従魔がいるんだったか?」

「うん。ミルっていうんだけど可愛いよ。食堂にいるから時間あったら会いに来て。流石に厨房に連れてくるのは微妙だと思うから」

「そうだな。行かせてもらうよ……ほい。出来上がりだ。水は魔道給水器から自由に飲んでくれ」


 ホセはそう言って器にたくさん盛った肉野菜炒めを渡してくれた。凄く美味しそうな香りだ。それから籠にたくさん入ったパンも渡してくれる。


「ありがと。でも水魔法使えるから水は大丈夫なんだ」

「そりゃあ便利だな」

「うん。じゃあもらってくよ」

「おう」


 そうして朝ご飯を受け取って食堂に戻る。すると他の宿泊客も何人か席に着いていた。

 俺はマテオ達のテーブルに向かい机の上に自分のご飯を置き、床にミルのご飯を置く。ミルにご飯を床で食べさせるのはなんか可哀想だな……ちょっとしたテーブルみたいなやつを後で買おうかな。


『これミルの。足りなかったら俺のあげるから教えて』

『ありがとうございます。十分です!』


 ミルは肉野菜炒めとパンを見て、瞳をキラキラと輝かせて尻尾をパタパタと振っている。……可愛い。


「神に祝福を、糧に感謝を」


 俺は昨日覚えたお祈りをしっかりと唱えてから、食事を口に運んだ。この国の食器は箸ではなくフォークとスプーンだ。

 うぅ〜ん!! 何この肉野菜炒め。絶品なんだけど! 塩味の他にも胡椒やハーブ系の味が色々と組み合わさって、絶妙に美味しく仕上がっている。昨日からずっと言ってることだけど、食事系の設定頑張って良かった……!


 でも昨日から三食食べたけど、まだ醤油とか味噌、出汁系の味は一度もない。この辺にはあんまり生えてないのかな?

 醤油はその葉っぱを水に一晩つけておくと醤油が完成するっていう夢の植物を作ったのだ。味噌は確か黄色の花にした気がする。味噌の素である黄色い花をたくさん集めて瓶に詰めて、そこに少しだけ塩と水を入れて三日間置けば味噌になるんだ。

 出汁系も色々作ったけど、とりあえず木の幹が鰹節になってる木がどこかにあるはず。


 もしかしてなんだけど、調味料になることに気づいてないって可能性もあるのかな……? もしそうなら俺が取ってきて絶対に広めよう。神界に帰れないんだし、この世界の食事は大切だ。

 

 数ヶ月も色々と設定してたから何を作ったのか正確に覚えてない部分も多いけど、実際に見たら多分わかると思う。もう少し強くなったら森で採取もしようかな。というか採取依頼あるって言ってたな。じゃあそれをやりつつ別の植物も開拓って感じかな。


「トーゴ、じゃあ俺たちは先行くな。朝早い方が良い依頼が残ってるんだ」

「そーなんだ。依頼頑張って」

「おう、トーゴも初心者講習頑張れよ」

「もちろん!」


 マテオ達と別れて俺はゆっくりとご飯を食べていると、仕事が一段落したのか厨房からホセがやってきた。


「トーゴ、そいつがミルか?」

「そうだよ。可愛いでしょ」

「触ってもいいか?」

「大丈夫だよ」


 ホセはミルを全く怖がることなく近づいていき、ミルの目の前にしゃがみ込んだ。そしてミルの背中を力強く撫でる。


「お〜、お前ふわふわだな」


 ホセが嬉しそうにそう言うと、ミルは嬉しかったのか尻尾をパタパタと振る。


「可愛いやつだなぁ」

「でしょ! ミルは本当に可愛いんだ。しかも強いんだから」

「白狼だもんな、そりゃあ強い。でも白狼にしてはちょっと毛並みが違うか?」

「そう?」


 まさかの実際の白狼の毛並みを知ってる人現る。でも大丈夫だと思うけど……個体差で押し通せる、よな?


「もっと固めの毛並みだった気がするけどな」

「ミルは俺がお手入れしてるから。それに個体差じゃない?」

「……まあそうか」


 ホセはそう言って満足したのか立ち上がった。


「触らせてくれてありがとよ」

「うん! あっ、ご飯美味しかった」

「そりゃあ良かった。じゃあ食器片付けていいか?」

「ありがとう」


 そうして下界二日目の朝はゆっくりと過ぎていった。

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