閑話 訳ありな青年?(マテオ視点)
「パブロ、サージ、ちょっと俺の部屋に集まってくれ」
俺は宿で夕食を食べ、それぞれの部屋に戻る途中で二人にそう言った。トーゴはもう部屋に戻っている。
「ふわぁ〜、何の話だよ?」
パブロは大きなあくびをしながら面倒くさそうに振り返った。さっきまではトーゴにあんなに優しくしていたくせに、こいつは仲良くなればなるほどいい加減な態度になるんだよな。心を許してくれてるってことかもしれないが。
「何か真剣な話なのか?」
サージは真剣に話を聞いてくれる。やっぱりこいつは真面目でいいやつだ。まあ、パブロもいいやつなんだけど。
「トーゴについてだ。ここだと話しずらいから俺の部屋に来てくれ」
俺は周りに誰もいないことを確認して、小声で二人にそう言った。
「分かった。じゃあマテオの部屋に行こう。パブロもいいよな?」
「しょうがねぇな」
そうして俺の部屋に三人で集まる。俺がベッドに座りパブロは机に腰掛けて、サージは椅子だ。三人で集まる時はいつもこの配置になる。
「それで、何の話なんだよ。トーゴはいいやつじゃねぇか?」
パブロは思いの外トーゴを気に入っているみたいで、少しだけ不機嫌そうにそう口を開いた。パブロは誰にでも親しく話しかけるが、本当に心を許す相手は相当に少ない。そのパブロがここまで気に入っているのは珍しいな。
「確かに俺からもトーゴは気持ちのいい青年に思えた。これからが期待できそうだ」
「それは俺も同意見なんだが、お前達はおかしいと思わなかったのか?」
「何がだよ」
「トーゴが村で口減らしにあったという話だ」
俺がそう聞くと、二人は不思議そうに首を傾げる。
「別におかしくねぇだろ? この国には名前もないような小さな村なんて沢山あるし、そこから街に出てくるやつなんて大勢いるじゃんか。サージもそうだろ?」
「ああ、俺もそうだな」
「確かにそこはおかしくない。だがトーゴの魔法の能力を聞いただろ? あそこまで才能があるやつを村から追い出したりするか?」
俺はトーゴに魔法の話を聞いてから、そこがずっと引っかかってるんだ。四属性、しかも水と氷、光、闇だ。この四つの魔法が使えるのに、ただの口減らしなんかで追い出すなんてあり得ない。
小さな村なら農業と狩りをして暮らしてるんだろうが、ウォーターが使えれば水不足の際に作物を枯らさなくて済むかもしれないし、アイスがあれば狩った魔物を長期保存できる。村には治癒院なんてないだろうからヒールが使える者は優遇されるだろうし、アイテムボックスなんて狩りに最適な魔法だ。
ここまで有能な人材を手放すとは考えられない。
「確かにそう言われると、おかしいな……」
「ああ、俺の村でもしトーゴのようなやつがいたら、確実の村長の娘と結婚させられて次の村長になる」
二人もおかしい点に気づいたようだ。
「そうだよな。だから言えない過去でもあるのかと思ったんだが」
「言えない過去って例えばなんだよ?」
「村長の娘と結婚したくなかったとか?」
「それなら別に俺達に隠す必要ねぇだろ。村長の娘が好みじゃなかったから逃げてきたんだって言えば済む話じゃねぇか?」
「……確かにそうだな」
俺達に嘘をついてまで隠したいものとは何なのだろうか。もしそれによって何か俺達に危険が及ぶなら、このパーティーのリーダーとしてトーゴからは距離を置く決断をする必要があるだろう。
そんなことはしたくないんだが……
俺がそうして悩んでいたら、サージが何かを思いついたようにハッと顔を上げて口を開いた。
「トーゴはいいやつだったろう?」
「そうだな」
「それが理由かもしれない」
「……どういうことだ?」
「トーゴの両親は有能なトーゴを小さな村に留まらせたくなかったんだ。トーゴなら外の世界でもっと凄いことができると思ったんじゃないか? だがトーゴはいいやつだから、それをそのまま伝えても村に留まると言うだろう。だから口減らしってことにして追い出したんじゃないか?」
確かに……それはあり得るかもしれない。
「それだ! サージお前天才だな!」
パブロは途端に嬉しそうな表情になりサージの肩を叩いた。
「パブロ痛い」
「ははっ、このぐらいいいじゃねぇか」
「サージ、村ではそういうこともあるのか?」
「村によるな。俺の村は能力があるやつは村に留めて、村を成長させたいって感じだった。だが隣にあった村は細々と暮らしていければいいからと、才能があるものは街に送り出していた」
村もそれぞれで全然違うんだな。俺は街育ちだから村のことはよくわからない。だが、もしサージが言うようにトーゴの両親がそう考えてトーゴを送り出したなら、トーゴを警戒する必要はないな。
俺はその結論に至ったところで、気持ちが軽くなるのを感じた。やっぱり人を疑うというのは慣れないしやりたくない。
「マテオ、安心したか?」
パブロはさっきまでのふざけたような表情から一転、真剣な表情でそう聞いてくる。こいつはふざけてるように見えて内心では真剣に考えてるやつなんだよな。俺がトーゴを警戒していたのにも気づいていたみたいだ。
やっぱり俺の仲間は頼りになる。
「ああ、俺の中では納得できた」
「そりゃあ良かった。じゃあリーダー、トーゴとは今後どうする?」
「そうだな。これからも困っていたら助けよう。冒険者の後輩だからな」
「そうこなくっちゃ!」
「了解した」
トーゴはパーティーに乗り気じゃなかったみたいだが、トーゴが入ってくれたら俺たちのパーティーは一気に強くなる。できれば入って欲しい。
でも無理強いは良くないからな、そこはなるようになるだろう。
「じゃあ真剣な話は終わりにして楽しい話をしようぜ。俺は最近気になる子ができたのよ」
「またか? この前振られたばかりだろう?」
「サージは分かってねぇな。失恋には新しい恋よ!」
「パブロはいつもそう言って振られてるじゃないか」
本当にパブロのこういうところには呆れる。つい一週間前に食堂で働いてた女の子に振られたばかりだったはずだ。
「今度こそは脈アリなんだ! 居酒屋で客引きやってるねぇちゃんなんだけどよ、俺が行くといつも腕に胸を押し付けてくるんだぜ」
「……パブロ、それは仕事としてやってるだけだと思う」
「サージの言う通りだ。それで脈ありと思えるお前の思考が理解できない」
「なんだよ! いつもその時に俺の顔を見て、にこって笑ってくれるんだぜ。その顔が可愛いのなんのって」
だからそれは仕事でやってるだけだ。その女は確実に他の男にも同じことやって店に誘導してるんだ。パブロはいつまでこの手に引っかかり続けるんだか……
「まあ、告白してみたらいいんじゃないか」
サージが面倒くさそうにそう言った。確かにそれが一番早いんだよな。振られたらその時に目が覚めるし、もし付き合ったとしても今まで一週間以上続いた試しがない。
「それがいい。今から告白してこい」
「えぇ〜、流石にまだ早くねぇか? もう少しこう、親交を深めてからでもよ」
「いや、お前なら大丈夫だと思うぞ」
俺がそう言うと、パブロはまんざらでもないような表情を浮かべて立ち上がった。すぐに乗せられるのもどうかと思うぞ……
「じゃあ、俺行ってくるかな。お前達より先に結婚しちまったらごめんな! それでも俺は冒険者を続けるからよ」
パブロはそう言って俺の部屋から出ていった。
「サージ、パブロは上手くいくと思うか?」
「無理だな」
「だよな……」
でもこれ、パブロだけじゃなくて俺達にとっても深刻な問題なんだよな。もう俺達は普通なら結婚して子供もいるような年齢だ。なのに彼女すらいないなんて……
このままだと一生独り身で寂しく暮らしていくことになる。
「サージ、どうやったら結婚できるんだろうな」
「マテオならいくらでもできる。ただマテオは理想が高すぎるんだ。お前は誠実でしっかり者でいいやつだ。読み書きもできる。今は冒険者だとしても引退した後に別の仕事もすぐに見つかるだろう。だから結婚してくれる女はいくらでもいる」
「俺はそこまで理想高くないぞ?」
「この前食堂の給仕女に告白されていたじゃないか」
「ああ、あれか……」
「何で断ったんだ?」
「……好みじゃなかった」
俺は背が高くてガタイが良くて強い女が好きなんだ。この前のあの子は、小さくて小柄で子供みたいだった。
「それを理想が高いって言うんだ。マテオの好みは背が高くて強い女だったか? そんなものはほとんどいない」
「冒険者にはいるだろ……」
「かなり数は少ない。それにそういう女は基本的に自分よりも強い奴が好きなんだ。マテオは……まあ普通だろう?」
「それを言うなよ……」
俺たちは良くも悪くも普通なんだよな。冒険者としてやっていけるほどの実力はあるが、才能があるわけでもない。
これから先、こうして三人でダラダラと冒険者を続けて、引退したら田舎にでも隠居すんのかな。ダメだ、こんなこと考えてたら悲しくなってくる。
「サージはどんな女が好みなんだ? 全然聞かないが」
「俺は女は好きじゃない」
「なんだよ。じゃあ男が好きなのか?」
「男も好きじゃない」
「……じゃあ、誰が好きなんだよ?」
「俺は恋愛や結婚には興味がない。人に縛られるのは面倒くさいだろう? 今の生活に満足している」
サージはそういうタイプか。確かに積極的に人と関わるタイプじゃないからな……このパーティーにも俺が無理に誘ったようなもんだし。
「夜の星に入って後悔はしてないか?」
「それはない」
「それなら良かったよ」
俺はそうしてサージと取り止めもない話をして、今日の集まりは解散となった。パブロは既にいなかったけどな。
俺達はこれからも三人でこうして冒険者やっていくんだろう。でもそんな人生もいいのかもしれない。俺はそんなことを考えながら眠りについた。
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