第25話 一日の終わり

「リュイサちゃんお待たせ」

「あっ、りんごだ! おやつ?」

「違うよ。これで勉強をしようと思って」

「これでお勉強するの……?」

「そう、俺とお店屋さんごっこをしよう。リュイサちゃんはりんご屋さんで俺がお客さん」

「それ楽しそう!」


 リュイサちゃんは瞳をキラキラと輝かせてかなり乗り気だ。うん、これはいけそう。


「じゃあその前に、リュイサちゃんはお金を使ったことある?」

「うーん、あんまりないかなぁ」


 イサークさんはあの感じで過保護なのかな。お金は使ってれば覚えるのに。


「じゃあお金の勉強をまずしようか。はいこれ、何のお金ですか?」


 俺はそう言って袋から小銅貨を一枚取り出した。


「小銅貨!」

「正解。じゃあこっちは?」

「うーん、銅貨?」

「そう、大正解。じゃあ小銅貨は何枚集まると銅貨と同じ価値になるのかわかる?」

「うーん、知らない」

「そっか。小銅貨は十枚集まると銅貨と同じ価値になるんだ。例えばだけど、このリンゴは一つ銅貨一枚です。だから銅貨を一枚出せば買えるんだけど、小銅貨を十枚出しても買えるんだ」


 俺はりんごを二つ机の上に置いて、それぞれの前に銅貨を一枚と小銅貨を十枚置いた。


「銅貨一枚はりんご一個の価値があるんだ。そして小銅貨十枚もりんご一個の価値がある。ここまではわかる?」

「うん! りんごは銅貨一枚で買えて、小銅貨十枚でも買えるんでしょ?」

「そう。リュイサちゃん凄いよ」

「えへへ」

「じゃあ銅貨一枚と小銅貨十枚は?」

「同じ?」

「そう! この二つは同じ価値なんだ。じゃあここで問題です。小銅貨がここに十五枚あります。ここから銅貨一枚を引くと残りはどうなる?」


 俺は小銅貨を新たに十五枚取り出して机に並べた。


「うーん、ここから銅貨一枚を引くの?」

「そう。これを参考にしてね」


 さっき並べたりんごとお金を指し示すと、リュイサちゃんは真剣な表情で考え始めた。そしてしばらくして、パァと表情を明るくする。


「えっと……銅貨一枚と小銅貨十枚が同じだから。十五から十を引くの!」


 リュイサちゃんはそう言って、しっかりと数えながら小銅貨を取り除いた。


「引けたよ!」

「凄いね。じゃあ残りは?」

「うーんと、五枚!」

「大正解! リュイサちゃん凄いよ」


 リュイサちゃん頭良いんじゃないか? きっかけがなかっただけで、一つ理解できたら全部が繋がったって感じかも。


「やった〜」

「じゃあお店屋さんごっこをしようか? はい、これはリュイサちゃんに」

「うん!」


 俺はリュイサちゃんにりんごが入った籠を手渡した。リュイサちゃんはそれを受け取ると、机の上に綺麗に並べ始める。


「いらっしゃいませ〜!」


 リュイサちゃんはノリノリで店員さんを始めた。


「おっ、美味しそうなりんごだ。五つ欲しいな」

「ありがとうございます! 一つ小銅貨一枚です!」

「じゃあ五つもらおうかな?」

「えっと、小銅貨一枚が五個だから……小銅貨五枚!」


 凄い! これかけ算の考え方だよな。リュイサちゃん天才だ。


「じゃあこれで」

「一、二………五。ぴったりです! ありがとうございます!」


 凄い、リュイサちゃん完璧だよ! あとはこれで数を変えたりお釣りを作ってみたりすれば良いだろう。

 これで足し算引き算にお金の使い方まで覚えられるな。一度覚えちゃえばあとは桁が増えるだけだし楽だろう。



 そうしてそれからもお店屋さんごっこで遊びながら計算をしていると、一時間経ったのかイサークさんが戻ってきた。イサークさんは机の上の状況を見て眉を顰めている。


「遊んでいるのか?」

「お父さん! お兄ちゃんとお店屋さんごっこしてたの」

「トーゴ、どういうことだ? 真面目にやらないのならば次からは別の者に代えてもらうが……」


 イサークさんはジロリと俺を睨みながらそう言った。怖い、怖すぎる。でもここはちゃんと真実を伝えないと。


「いえ、これは遊びながら勉強をしていたのです。じゃあリュイサちゃん、この紙の上から五問解いてくれる?」

「えぇ〜、五問も?」

「今のリュイサちゃんなら簡単に解けるから」

「……お兄ちゃんがそう言うなら、やってみる」


 リュイサちゃんは少し嫌そうにしながらも、上から問題を解き始めた。躓かずにスラスラ解いてるみたいだ。うん、完璧だな。


「あれ、解けた……?」

「リュイサちゃん、全部合ってるよ」

「本当!? やった〜!」


 イサークさんはその結果に呆然として言葉が出ない様子だ。


「イサークさん、どうでしょうか?」

「き、君は、何をしたんだ?」

「楽しく学んでもらっただけです。子供はつまらないと思うといくら言っても覚えてくれませんから。あとはりんごを使ったり紙を使ったり、具体例を出すと覚えやすいんです」

「凄いな……」


 これはいけるか……仕事ゲットかな?


「トーゴ、ぜひリュイサを頼む! これから毎日、今日と同じ時間で家庭教師をしてくれないか? 期間はそうだな、とりあえず一ヶ月でどうだ?」


 イサークさんは途端に前のめりにそう言ってきた。やったー、お仕事ゲット! この仕事は楽しいし俺にとっても最高だ。


「是非よろしくお願いします!」

「報酬は一時間で銀貨二枚にする。冒険者ギルドに指名依頼として出しておくから受けてくれ」


 指名依頼ってなんだろう? 説明聞いてない気がする。まあ冒険者ギルドで聞けば良いか。


「かしこまりました。これからよろしくお願いします。リュイサちゃん、一ヶ月俺が先生をやるからよろしくね」

「本当!? やった〜!」


 そうして最後には最高の結果で今日一日の仕事は全て終わった。思い返せば朝早くの肉の配達から畑仕事、それから家庭教師、俺めちゃくちゃ頑張ったよ……

 でもこれで一日で銀貨三枚と銅貨一枚稼げることになった。一日で必要なのは銀貨一枚と銅貨五枚だから、銀貨一枚と銅貨六枚貯金できる!

 凄い、これは凄い。やっと生活の目処が立ってきたな。



 それから俺は宿屋を後にして、ミルと共に冒険者ギルドまでの道を歩いている。今日このあとは報酬をもらって指名依頼のことを聞いて、そしたら宿に帰ろう。


 もう疲れた……色々と欲しいものはあるけど、まだお金もそんなにないし後回しだ。とりあえず明日の報酬をもらったら服は一着買おうかな。そして宿屋のお金も追加で払わないとだ。


『ミル、これからの生活何とかなりそうだよ〜』

『良かったです! トーゴ様、大丈夫ですか? お疲れではありませんか?』

『うん、すっごく疲れてる。今日は鍛練をやめて帰ることにするよ。明日からはちゃんとやるから。多分明日になれば少しは慣れて体力も余ると思うし』

『無理しないでくださいね……』


 ミル、そんなに俺の心配をしてくれるなんて……! なんで可愛いやつなんだ。


『もうミルが可愛すぎる』

『トーゴ様にそう言っていただけると嬉しいです』

『本当!? いくらでも言うよ。もう二十四時間言うよ』

『それはちょっと多いです……』

『ふふっ、さすがにそうか。でも二十四時間そう思ってるから』


 ミルとそんな馬鹿みたいな会話をしながら歩いていたら、少しだけ回復してきた。やっぱりミルは凄い、心強いな。俺はミルがいなかったら孤独で泣いてた気がする。


 冒険者ギルドに着いて中に入ると、今日はリタさんがいたのでそこの受付に向かう。


「これをお願いします」


 依頼票をリタさんに渡すと、リタさんは笑顔で受け取ってくれた。


「トーゴさんお疲れ様です。少々お待ちください」


 それから少し待っていると、リタさんは報酬を持って戻ってきてくれた。


「こちら報酬ですのでご確認ください。それからこちらの依頼票は一ヶ月継続ですので、最終日まではトーゴさんがお持ちください。報酬は依頼票をお見せいただければ毎日お支払いいたします。」

「わかりました。報酬も合ってます」

「良かったです。では依頼達成ありがとうございました」


 この時間はかなり忙しいのか、リタさんは必要最低限のことだけを話して次の人を呼ぼうとした。でもその前に俺が口を開く。


「リタさん、ひとつだけ聞きたいことがあるのですが良いでしょうか?」

「はい。構いませんよ」

「実は本日受けた家庭教師の依頼なのですが、継続して一ヶ月依頼を出したいと言っていただきまして、指名依頼を出しておくと言われたのですが指名依頼とはなんでしょうか?」

「もう指名依頼とは凄いですね。指名依頼はその名の通り、冒険者を指定して依頼を出せるものです。冒険者は自由に断ることができますが、指名依頼は基本的に報酬が高いですし、殆どの方が依頼を受けられます。指名依頼があった場合は、その冒険者がギルドを訪れた際に直接伝えることになっています」


 そんな仕組みなのか。指名依頼がたくさんもらえるような冒険者になりたいな。報酬が高いのは魅力だ。


「明日の朝ギルドに来た時に、その依頼を受注すれば良いでしょうか?」

「はい。そうしていただけるとありがたいです」

「分かりました。忙しい時間にすみません」

「いえ、気になさらないでください。ありがとうございます」


 冒険者ギルドの受付って大変だよな。力が強い人が多いから怖さもあるだろうし、さらに事務能力も求められる。リタさん凄いな。


『じゃあミル、宿に帰ろうか』

『はい!』


 そうして俺は長い一日を終えて、宿に帰った。

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