第24話 授業をする相手

「トーゴだったかな? 依頼を受けてくれて感謝する。私はイサーク、今回依頼を出した者だ。この宿の経営者でもある」

「トーゴです。よろしくお願いします。こちらは従魔のミルです」


 この人が経営者ってことは、さっきの初老の男性は従業員だったのか。今も二人を連れてきたらカウンターに戻っていっちゃったし。


「君は敬語を使えるのだな。敬語を募集用件にすると途端に依頼を受けてくれる者が少なくなるので今回はしなかったのだが、運が良かった。君に受けてもらえて良かったよ」


 イサークさんは真面目で結構厳しそうな雰囲気だけど、ちゃんと仕事をする人に対しては正当な評価をしてくれそうだ。この仕事頑張ろう。


「そう言っていただけて良かったです」

「だが一応計算能力の確認をしてもいいか? 冒険者ギルドを信じていないわけではないのだが……」

「もちろん構いません」

「ありがとう。ではこの三問を解いてみてくれ」


 そうしてイサークさんが俺に渡してくれた紙には、極々簡単な算数の問題が載っていた。俺は一瞬で暗算してその答えを告げる。


「えっと……、十二、五十六、三ですね」

「……凄く計算が早いんだな」


 イサークさんは瞳を見開いて驚いている様子だ。この程度の計算ならかなりの人ができると思うけど……そうか、冒険者だと珍しいのかも。


「計算は得意なんです」

「本当に君に受けてもらえて良かった。では早速本題だが、私の娘リュイサに計算を教えて欲しいんだ。頼めるだろうか?」

「もちろんです」

「ありがとう。ではリュイサ、挨拶を」

「うん! リュイサです。お兄ちゃんよろしくね!」


 リュイサちゃんはまだ大人しく座ってられないのか、イサークさんの隣で足をぶらぶらとさせていたけれど、話を振られるとにっこりと笑って元気に挨拶をしてくれた。

 可愛くていい子じゃないか。でもイサークさんは顰めっ面をしてるからこれじゃあダメなんだろうな。多分この宿屋の娘じゃなかったらこれでいいんだろうけど……


「リュイサは全然勉強をしないんだ。敬語もあまり覚えないし計算さえ全くできない。この歳で宿屋の娘としてそれはまずい。だからせめて計算だけでもできるようにと依頼を出したんだ。頼めるか? 今日一時間やってみて、これからの依頼についても話し合いたい」

「もちろん精一杯やらせていただきます。……しかし一つ聞いても良いでしょうか? なぜ冒険者ギルドに依頼を?」


 冒険者ギルドに家庭教師を依頼するのは普通かとも思ったんだけど、他にはそんな依頼なかったし、多分普通じゃないのだろうと思いそう聞いてみた。


「ああ、前は家庭教師組合から派遣してもらっていたんだ。しかし全くダメでな。リュイサにどうやったら勉強をしてくれるのか聞いたら、冒険者からなら学ぶと言うから依頼を出した」

「そういう事情だったのですね。かしこまりました。ではお引き受けいたします」

「ありがとう。もしリュイサが真剣に勉強をするようになったら報酬も増やそう。よろしく頼む」


 マジで!? それは頑張らなきゃ!


「ありがとうございます。お任せください!」


 そうして話を終えると、イサークさんは忙しそうにカウンターの方に行ってしまった。残されたのは俺とミルとリュイサちゃん。


「リュイサちゃん、改めてトーゴです。これから俺が勉強を教えることになるからよろしくね」

「うん。よろしくね!」

「リュイサちゃんは、なんで冒険者が好きなの?」


 俺はまず苦手な勉強の話ではなく、好きな冒険者の話からすることにした。


「あのね、私が小さいときにここに泊まった冒険者の人が、すっごく強くてカッコよかったの! 私もあんなふうになりたい!」

「そうなんだ! 女の人? 男の人?」

「女の人! 綺麗で優しくて、でも強いんだよ!」

「そっか。それは憧れるね〜。じゃあリュイサちゃんは冒険者になりたいのかな? この宿屋でお仕事はしたくない?」


 俺がそう聞くとリュイサちゃんは少しだけ暗い顔をした。


「この宿屋は大好きなの。でも冒険者にもなりたいから……」

「そっか。確かにどっちも魅力的だよね」

「そうなの! お兄ちゃん分かってくれる?」

「もちろん。俺も色々やりたいことあるから、どれにしようかな〜って悩んだことは沢山あるよ」

「リュイサも沢山やりたいことあるんだ! お友達とも遊びたいし、お買い物も大好きだし、近所のおばあちゃんの所にお話にも行きたいし……」


 リュイサちゃんは他に楽しいことが沢山あるから、勉強したくないって感じなのかもしれない。それなら楽しみつつ勉強をやって貰えばいいのか。

 楽しんでもらえる方法を考えよう。


「リュイサちゃん、勉強は楽しくない?」

「うん、つまんない……」

「じゃあ楽しかったら勉強もする?」

「でも、全然楽しくないよ?」

「今まではどんな勉強をしてたの?」

「これ!」


 リュイサちゃんは一緒に持ってきていた鞄から、紙の束を取り出した。見てみると足し算の練習をするための紙のようだ。確かにこういうのだと嫌になるよな……


「これは大変そうだ……じゃあ一問だけやってみてくれる? この一番上のやつだけでいいよ」

「一問でいいの?」

「うん」

「分かった!」


 一番上にあるのは繰上げの足し算だ。四+八で答えは十二。リュイサちゃんは指を使って一生懸命計算しようとしてるけど、かなり苦戦してるみたいだ。


「うーん、四十八! 合ってる!?」


 うん、リュイサちゃん全く理解してないな。


「違うかな〜」

「何でー?」

「うーん、そうだな。じゃあ四って数字はわかる? この紙を四枚手に持ってみてくれる?」


 俺はそう言ってさっきの紙の束を示した。


「それならできるよ! 一、二、三、四!」

「大正解。じゃあこの四枚は俺がもらうね。次は残った紙から八枚手に持ってみて」

「一、二、三…………八!」

「うん、完璧だよ」

「えへへ。数は数えられるんだよ」

「凄いなぁ。じゃあ今俺が持ってる四枚とリュイサちゃんが持ってる八枚。合わせると何枚になる? 数えてみて」


 俺はさっきもらった四枚をリュイサちゃんに手渡した。これでリュイサちゃんの手には十二枚の紙がある。


「一、二、三…………十二!」

「正解! 何枚と何枚を足したら十二枚になった?」

「うーんと、四枚と八枚?」

「そう。四枚と八枚を足したら十二枚だったよね。じゃあさっきの紙の一番上の問題もできるんじゃないかな?」


 俺はまたさっきの問題の紙をリュイサちゃんに見せる。


「四と八を足すから……答えは十二?」

「そう、大正解!」

「本当? やった〜!」


 リュイサちゃんは凄く嬉しそうだ。こうして正解できると算数って楽しくなるんだよな。


「じゃあその次の問題もやってみようか。次は八一三だって」

「じゃあ、八枚から三枚を引くから……五枚!」

「正解! リュイサちゃん凄いよ」


 リュイサちゃん普通に頭が良い子じゃないか。何で今までダメだったんだろう。苦手意識が強すぎたのかな。

 やっぱり楽しくが一番だ。イサークさんだと、とにかく真面目な家庭教師を選びそうだし……


 これからもっと楽しく学んでもらうためには、お店屋さんごっことかしたらいいかもしれない。でもそのためには商品となるものが何もないんだけど……後はお金も欲しいな。


「リュイサちゃん、ちょっと待ってて。ミルと一緒に休憩してて」

『ミル、リュイサちゃんをよろしくね』

『はい』

「撫でていいの!?」

「うん。優しく撫でてあげて」

「やった〜。ミルちゃん、初めまして」


 そうしてリュイサちゃんがミルに夢中になっているうちに、俺はカウンターまで行き最初に迎え入れてくれた男性に話しかける。


「すみません。計算の勉強に使いたいのですが、果物や小さなお菓子など数が沢山あるものはないでしょうか? それから小銅貨を何十枚かと、銅貨を数枚借りても良いでしょうか?」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 男性はそう告げるとカウンターの裏にあるドアの向こうに行き、すぐに戻ってきた。手にはカゴに入った小さな果物がある。


「こちら小さな種類のりんごです。二十個ありますがこちらで良いでしょうか?」

「はい。ありがとうございます!」

「それからこちらの袋にお金が入っております」

「ありがとうございます。本当に助かります」


 計算の勉強には最適な果物だ。俺はその籠と袋を受け取りリュイサちゃんのところに戻った。

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