第33話 和解とエクスヒール
「あんたトーゴって言うのかい? 多分そろそろ生まれるから、生まれたらすぐ赤子にエクスヒールを掛けるんだ。そのあとは母親だよ」
「赤ちゃんが先なんですか?」
「そうだ。逆子は赤子の方が死にやすいからね」
「分かりました」
産婆さんは俺にそれだけ言うと、すぐに奥さんのほうに戻ってしまった。
「ほらもう少しだよ頑張りな。もうちょっと力を抜くんだよ。四回目だろう?」
「は、はい……」
「私が合図したら力を入れるんだ。エクスヒールを使える人がいる出産なんて贅沢だよ。助かるから心配しなさんな」
「ふふっ、そ、そうですね」
その言葉に奥さんも安心できたのか、少し体の力が抜けたようだ。
――それからしばらくの間は赤ちゃんが出てこなくてずっと待機していた。体感では何時間にも感じられたけど、多分数十分だろう。
そしてついにその時が来た。
「あ"あぁ……」
「ほらもう少しだよ頑張りな!」
「うぅぅぅ、い、いだい……」
「もう出てくるよ!」
今までにないほど奥さんが苦しそうでハラハラドキドキしていると、急に奥さんのうめき声が聞こえなくなった。
俺はその事実に、もしかして奥さんが危ないんじゃないかとひやひやしていたら、産婆さんが「産まれたよ!」と声を掛けてくれた。
「トーゴ、早くエクスヒールを!」
「は、はい!」
その言葉に従いとにかく魔法を使わなきゃと思って、産婆さんが抱く赤ちゃんにエクスヒールをかけた。
赤ちゃんは凄くちっちゃくて皺くちゃで、正直可愛いのかはよくわからなかったけど、それでも新しい命の誕生に感動した。
エクスヒールも練習していた甲斐あってしっかりと成功して、赤ちゃんはエクスヒールをかけ終わると小さく泣き出した。俺はその声を聞いて心から安堵した。
赤ちゃんはそれまで泣いていなかったのだ。俺が居なかったら本当に危なかったのかもしれない……
「もう赤子は大丈夫だね」
産婆さんはそう言って、赤ちゃんをイゴルさんのお母さんに手渡す。
「トーゴ、母親にもエクスヒールを頼むよ」
「分かりました」
奥さんはかなり青白い顔で出血も多そうだし、危ないのかもしれない。目を瞑っていて意識がなさそうだし……
俺は焦る気持ちを深呼吸で押さえ込み、奥さんに手を翳して丁寧にエクスヒールを使った。
エクスヒールがかけ終わると奥さんの顔色にはさっきまでよりも赤みが差していて、呼吸も安定しているみたいだ。魔法って本当に凄いな……
「もう大丈夫でしょうか?」
産婆さんの方を振り向いてそう聞くと、産婆さんは笑顔で頷いてくれる。良かった……
「本当にありがとうね。あんたがいなかったら母親は助かっても、子供は助からなかった可能性が高い」
「お役に立てて良かったです」
「じゃああんたは外に出てな。こっからは私の仕事だよ」
「分かりました。では失礼します」
「……トーゴさん、本当に、本当にありがとう」
部屋を出る直前にイゴルさんのお母さんは、泣き笑いの表情で俺にそう言った。腕には大切そうに赤ちゃんが抱かれている。
「助かって良かったです。では外で待ってますね」
そうして俺は部屋から外に出た。
外に出ると一気に緊張感から解放された気がして、身体中の力が抜けるのを感じた。自分で思ってるよりも緊張してたのかも。
「トーゴ、妻は、赤ちゃんは!」
イゴルさんはすぐに駆け寄ってきて俺にそう聞く。俺はイゴルさんを安心させてあげようと思って、にっこりと笑顔を作った。
「産婆さんが言うにはもう大丈夫だと言うことです。落ち着いて待ちましょう」
「ほ、本当か……」
「はい。エクスヒールもかけましたし大丈夫だと思います」
「本当に、本当にありがとう……」
イゴルさんは泣きながらその場にしゃがみ込んでしまった。イゴルさんもずっと気を張ってたんだな。
「……お父さんだいじょうぶ?」
イゴルさんの子供達も不穏な空気を感じ取っているみたいで、泣き崩れたお父さんの様子により不安感を強めているみたいだ。
「お父さんは安心して泣いてるだけだから大丈夫だよ。よしよしってしてあげればすぐ元気になるよ」
そう声をかけてあげると、子供達は座っていた椅子から降りてイゴルさんのところに駆け寄っていく。
「お父さん、いたいの?」
「違うよ。痛いんじゃなくて安心してるんだ」
「でも泣いてるよ?」
「嬉しい時も泣くんだよ」
「そうなの?」
子供達の会話が凄く微笑ましい。イゴルさんもそんな子供達に癒されたみたいで笑顔で子供達を抱きしめている。幸せな光景だなぁ。
俺はそんな光景を横目で眺めつつ、借りていた白い服を脱いで丁寧に畳んだ。
「おい、トーゴ……」
するとずっと椅子に座って無言だったお父さんに話しかけられた。
「なんでしょうか?」
「その……すまなかった。今までお前のことを信じてなくて、命を救ってくれてありがとう」
イゴルさんのお父さんは後悔しているのか、自分を責めるような表情を浮かべ俺に対して謝ってくれた。
「前の冒険者の話を聞けば信用できないのもわかりますし、俺は大丈夫ですよ。でもこれからは冒険者にもいろんな人がいるってことを知っていただけると嬉しいです。もちろん悪い人もいますけど、良い人もたくさんいますから」
「……分かった。胸に刻む」
「ありがとうございます」
お父さんとも和解できて良かった。俺はその事実が単純に嬉しくて顔が緩んだ。やっぱり悪意を向けられてるのって気持ちのいいものではないから。
あっそうだ、マップってどうなるんだろう……
そう思って頭の中に広げてみると、この家の中に黒い点はなかった。というよりも前までは緑だったのに数人が青色になっている。
やっぱりこの色ってリアルタイムで変化するんだな……本当にこのマップは使える。
そんなことを考えていたら寝室のドアが開き、お母さんと産婆さんが赤ちゃんを連れて出てきた。
「イゴル、赤ちゃんだよ」
「奥さんはまだ寝てるから休ませておやり」
「はい」
お母さんがゆっくりとイゴルさんの下まで歩き、イゴルさんの腕に赤ちゃんを渡す。こうして改めて見ると本当にちっちゃいな。でもそこにいるだけでこの家にいる人全員を笑顔にする、最強の存在だ。
「可愛いなぁ……」
イゴルさんは既にデレデレだ。イゴルさんって親バカで子煩悩な良いパパって感じだし、赤ちゃんのこともめちゃくちゃ可愛がるのだろう。
「さて、私はそろそろ帰るよ。次の仕事があるからね」
「はい。今日は本当にありがとうございました。妻と子供を助けてくださって感謝しています」
「感謝するのはそこにいるトーゴにだよ。正直トーゴがいなかったら子供は助からなかったね」
「……トーゴ、本当にありがとう。また改めてお礼をさせてほしい」
「気にしないでください。助けられて良かったです」
自分以外にエクスヒールを使ったのは初めてだったから、本当に助けられて良かった。
「では俺も帰りますね。今日は仕事もないでしょうし、流石に少し疲れたので」
「分かった。本当にありがとう。もし明日も体が辛かったらうちの仕事は休んで構わないよ」
「ありがとうございます。でも大丈夫だと思うので明日も頑張ります!」
「そうか、ありがとう。じゃあ明日も待ってるよ。でも無理はしないでくれ」
「わかりました。ではまた明日」
そうして俺は産婆さんと一緒にイゴルさんの家を後にした。玄関から外に出ると、ミルが玄関の横にちょこんと座って待っててくれている。
『ミル、待たせてごめん』
『大丈夫です。助けられましたか……?』
『うん。なんとか大丈夫だったよ』
『良かったです! お疲れ様です!』
ミルは嬉しそうに尻尾を振って、労うように俺の手を舐めてくれた。そんなミルが可愛いすぎて、思わずもふっと抱きつく。
「あんたの従魔かね?」
「はい。ミルって言います」
「随分と毛並みのいい魔物だね」
「ちゃんとケアしてるんです」
実際はもふもふっていうスキルの影響だけど。
「ケアするだけでここまでになるんだね。それに随分懐いてるようだ」
「ミルとは友達なんです。ねっ、ミル」
「ワオンッ」
「……それで、あんたは何者だい? 魔物使いでエクスヒールまで使えるなんて、こんな田舎に何でいるんだい?」
産婆さんに突然そう聞かれた。やっぱりそこ聞くよな……。イゴルさん達には恩もあるし、イゴルさんの様子からして俺の能力を言いふらしたりはしないと思うけど、この産婆さんは仕事で偶然居合わせただけだ。
「エクスヒールが使えたら普通はどこにいるんですか?」
「そりゃあ王都の治癒院さ。高待遇で就職できるだろう? それか貴族の専属だね」
エクスヒールが使えるだけでそんなになのか。エクスヒールって光属性が使えて、魔力量が人間の最大値の半分もあれば使えるはずなんだけどな。
人間の最大魔力量の俺で、三回目で魔力が空っぽになる感じだ。
「エクスヒールってそんなに珍しいですか?」
「珍しいさ。少なくともこんな田舎にいることはほとんどないよ。エクスヒールが使えればいいとこに就職できて豪華な生活ができるんだから、それを選ばない酔狂な者なんていないだろう? ここに一人いるみたいだがね」
「ははっ……俺は治癒院で働いたり貴族に雇われたりっていうのに魅力を感じないんです。ミルと一緒に自由に冒険者をやっていたいんですよ」
俺がそう言うと、産婆さんは少しだけ俺の顔を見つめた後にふっと顔を緩めた。
「まあ、人の生き方にあれこれ言わないよ。でも気をつけなね。エクスヒールを使えることを知られたら、いろんなところから勧誘されるよ」
「分かりました。出来るだけバレないように気をつけます」
これからは、魔力量が多いことはできる限り隠しつつ冒険者をやっていこう。貴族の勧誘とか面倒くさそうだし、断ったら断ったでまた面倒なことになりそうだし。
「じゃあね。今日はいいもの見せてもらったよ」
街に入ると産婆さんはそう言って足早に去っていってしまった。また会うことがあったら色々と教えてくれたお礼をしようかな。
『ミル、今日はお昼ご飯を食べられなかったら、奮発してどこかのお店で食べようか』
『はい!』
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