一章 初級冒険者編

第6話 自分の世界

 気づいた時には、草原の真ん中にぽつんと立っていた。凄いな……風が吹いている。土の匂い、草の匂い、自然の匂いがする。これが本当に俺が作った世界なのか。考えられない。

 上を見上げるとどこまでも続くような広い空があり、白い雲がぷかぷかと浮かんでいる。


 なんだか……、懐かしいな。


 俺はさまざまな感情が胸に湧き上がってくるのを感じ、それからしばらくその場に立ち尽くしていた。


 そして時間にして数十分も経っただろうか。その頃にやっと満足して、大きく息を吸って吐き出した。隣を見るとミルが静かに待ってくれている。


「ここが俺が作った世界だなんて、信じられないよ」

「ここは正真正銘トーゴ様の世界です! 本当に美しくて綺麗な所です。いくらでも走り回れますね!」

「ははっ、そうだね。じゃあ早速この世界を見て回ろうか。まずここはどこだろう?」


 俺はそうして、やっと周りを意図的に見回した。人工物や人間がいる痕跡を見つけようと思ったのだ。

 実はこの世界に降りる時、自分では場所を指定せずに人間の住む場所に近い人目につかないところ、という条件で下界に来た。

 だからここがどこなのか一切わからない。


「トーゴ様、その前に能力の確認をした方が良いのでは?」

「そうだった。忘れてたよ」


 ミルにそう言われて、俺は目の前にウインドウを表示した。

 俺が下界に降りる時に自分の能力を決める際、この世界を楽しむためにもあまりチートな能力はつけないようにしたのだ。しかし死んでしまっては楽しめなくなってしまう。そこで便利だろう最低限の能力は付与した。


 その一つがこのウインドウだ。このウインドウには、マップの機能が付いている。この世界の詳細を全て知ることができるのだ。あまり使いたくはないけど、かなり便利だと思う。

 それからアイテムボックスの魔法も使えるようにした。この世界の魔法に要領無限時間停止なんてアイテムボックスはないんだけど、そこは神様特権だ。

 あとは魔力を人間が持てる最大限にして、身体能力を最大にしてある。しかし身体能力は成長限界が最大なだけで、今の俺が強いわけではない。


 うん、だから今の俺は結構危険な状態なのだ。危なくなったらすぐに戻ればいいんだけど、できればそれはしたくないし。


 ウインドウもアイテムボックスも問題なく使えることを確認して、そのどちらもを閉じた。


「よしっ、じゃあ街道でも探してみようか。とりあえずマップには頼らずに自力で頑張るよ。ミルも手伝ってくれる?」

「もちろんです! ではどちらに行きますか?」


 どっちに行こうか。後ろには森が広がってるからダメだろう。他の方向はどこも草原が広がっているだけで終わりが見えない。

 こういう時は、やっぱり前だな!


「ミル、前に行こうか」

「かしこまりました! では僕に乗りますか?」

「うん、乗せてもらおうかな。周りを見ながらだからゆっくりお願い」


 そうして俺はミルの背中に乗り、草原を進み始めた。ミルの背中に乗って遠くまで眺めてみても、人工物のようなものは見つからない。でも進んでいけばいつかはどこかにぶつかるだろう。そんな呑気な考えで自分が作った世界を十分に味わう。


「風が気持ちいいな」

「はい! 気温もちょうど良いです」


 この世界はかなり暑い地域も氷に閉ざされた地域もあるはずだけど、俺が降りた場所は良いところだったみたいだ。でもそうだろう、人間の居住地の近くに降りたんだから、過酷な場所よりは住みやすい場所に住むのが普通だ。


「そうだ。この世界ではお腹も空くし喉も乾くから食事のことを考えないと」


 俺とミルは不老だけど不死ではないので、下界では栄養失調でも死ぬし脱水でも死ぬだろう。アイテムボックスは神界のものと繋がってないから今は何も入ってないし、食料確保はかなり重要になる。


「もし人のいる場所まで辿り着けなければ、一旦神界に戻りますか?」

「うーん……わざわざ苦しむ必要はないからそうしようか。数時間経ってもダメなら一回戻ろう」

「かしこまりました! では、少しスピードを上げても良いでしょうか?」

「うん。よろしくね」

「はい!」


 それからはかなり張り切ったミルが凄いスピードで草原を駆け抜けたことによって、数十分で街道らしきものが見えるところまできた。


「ミル、止まって!」


 俺がそう言うと、ぎゅっと急ブレーキをするようにミルが突然止まる。俺はその反動で草原に投げ出されそうになるのをなんとか耐えた。


「ミル、止まる時はだんだんとゆっくり止まって欲しい」

「はい!」


 本当にわかってる? そう思ったけど、とりあえず説教をするのは辞めておいた。今は街道が先だ。


「ミル、ここからは人がいるかもしれないから話す時は念話でね。後は大きさも小さめにしてくれる?」

「分かりました。どの程度のサイズが良いでしょうか?」


 どうしようか。この世界には普通の動物はいなくて、基本的には魔力を持つ動物である魔物ばかりなんだ。ゲームで覚えてた敵キャラとかをとにかくたくさん詰め込んでみた。大きいサイズのミルだと伝説の魔獣として作ったフェンリルみたいだけど、中型犬サイズぐらいになれば魔物として作った白狼だと思われるだろう。

 問題は魔物を人が従えることがあるのかってことなんだけど、一応魔物とも仲良くなれるようにスキルにテイムなどを作っておいたし、多分大丈夫だと思う。


 そう、この世界にはスキルがあるのだ。ただそのスキルをこの世界に住む人が知ることはできない。スキルというよりも、生まれ持った才能という感じかな。

 例えば剣術のスキルを持った人は剣の上達スピードが他の人より速いとか、テイムのスキルを持っていたら魔物となんとなく意思疎通ができるとか、その程度のものだ。

 この世界にはレベルも作らなかったしステータスもないので、スキルに気づくことはないだろう。なんとなく得意なものが皆分かれているって感じだ。


 思考が逸れたけど、魔物とも仲良くなれるスキルは存在しているから、ミルを連れた俺が凄く目立つってことはないと思う。


「ミル、俺の腰ぐらいまでの大きさになれる?」

「はい! ……この程度でしょうか?」

「うん。完璧! ミルは下界にいる時は白狼ってことでいい?」

「白狼ですね。分かりました!」

「ありがとう。じゃあ街道まで行こうか」


 そうして中型犬サイズに姿を変えたミルと共に、街道までのんびりと歩いていく。街道に着くとちょうど少し先を歩いている三人の男性が見えた。


『あの三人に話しかけるから、これから念話でお願い』

『かしこまりました』


 念話でミルに注意をして、俺は三人を早足で追いかけた。そして少し遠くから声をかける。

 三人は革鎧のようなものを着て腰に剣を差しているように見える。この国は帯剣してもいいんだな。騎士とかだろうか? でも、それにしてはくたびれた格好だ。


「あの! そこの三人、ちょっと待って!」


 俺がそう声をかけると、三人は警戒したような様子で剣に手をかけて俺の方を振り返った。しかし俺の姿を見た途端に警戒を緩める。


「坊主、こんなところに一人でどうしたんだ? ここはたまに魔物も出るし危ないぞ?」


 良かった、言葉は通じるみたいだ。言語も神様特権で理解できるようにしてある。もちろん読み書きもだ。

 基本的には思念をお互いの使っている言語に自動で翻訳するようにしてあるから、違和感があることはほとんどないと思う。

 

 例えばこの世界にリンゴがあって、テスハって名前だったとする。そしてこっちの人がテスハってリンゴを思い浮かべて口にしたら、俺にはリンゴって聞こえるのだ。

 要するに思念を読み取って俺が理解できる言語や名称に訳してくれる。これ、現代日本で欲しい能力だったよな。俺が話す言葉も同じように相手にとってわかる言語に訳される。

 問題は共通の思念がない時なんだけど、その場合は基本的にそのままの発音が聞こえて来る。まあ、この世界は俺が作ったから俺がわからないものはほとんどないだろう。


「実は、山奥の村から出てきたばっかりなんだ」


 事前に考えていた設定を話す。俺は山奥の田舎の村から都会に憧れて出てきた青年だ。年齢は十五歳程度の見た目にしてあるのでこれで通ると思う。


「もしかして坊主、口減らしにあったのか……?」

「最近多いんだよな〜」

「坊主何歳だ?」

「十五歳だよ」

「じゃあ成人までは育ててもらえて放り出されたってところか。まあ、子供の頃に売られるよりはマシだな」


 なんか凄く同情するような目で見られてるんだけど……口減らしって、お金がなくて育てられない子供を売ったり捨てたりすることだよな? それに成人ってことは、十五歳で成人なのか。これ、話に乗っておいた方がスムーズかな?


「そうなんだ。父ちゃんが出ていけって……幼い妹と弟もいるし……」


 俺は悲しげな表情を作りながら、少しだけ俯いてそう言った。すると三人の男性達は、驚くことに泣き始めてしまった。やばい、罪悪感が凄い……

 というか、めちゃくちゃいい人たちじゃん!


「うぅ、坊主、辛かったな。俺たちに任せとけ! 今後の生活の基盤は整えてやるよ」

「そうだ。安心しろよな。辛かったんだなぁ〜」

「う、うん。ありがとう」

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