第126話 エレハルデ男爵
獣車は俺達がいつも暮らしている場所から高級店が立ち並ぶ通りへ向かい、そこも通り越して街の奥に向かった。そして辿り着いたのは……かなり大きな屋敷だ。縦にも横にも大きいその屋敷は、一体何十部屋あるのだろうと圧倒されてしまう。
これが別荘とか……貴族って規格外だな。というか、別荘にこの大きさはいらないだろ。金の無駄遣いだ。
「皆様、こちらへどうぞ」
獣車から降りると、使用人の男性に屋敷の中へ案内された。ミルも一緒で良いようで、いつもより少し緊張した様子のミルは俺の隣にぴたりとくっついている。
そうして案内されたのは……豪華な応接室だった。
「こちらでお待ちください。旦那様を呼んで参ります」
「分かりました」
部屋の中に俺達だけになったところで、「はぁ」と大きく息を吐き出して緊張を少しでも解こうと努力する。
「トーゴ、大丈夫?」
「なんとか……ミレイアは?」
「かなり緊張してる。でも、頑張るよ」
「お、俺は、とにかく、黙ってるな」
ウィリーも相当緊張しているようで、いつもの威勢はどこへやら。借りてきた猫のようにカチコチに固まってソファーに腰掛けている。
そうして皆で良いのか悪いのか緊張を共有していると、部屋の扉が開かれて……豪華な衣装を見に纏った中年の男性が応接室に入ってきた。かなり太っていて、機嫌が良さそうに好々爺然とした笑みを浮かべている。
「光の桜華の皆さんかな? よく来てくれたね」
「こ、こちらこそ。お招きありがとうございます」
「そんなに緊張しなくとも良い。座ってくれ」
「ありがとうございます」
エレハルデ男爵はイメージとかなり違った。平民を見下してる感じの人か、かなり厳しい怖い感じの人か、良くてにこやかだけどこちらを試すようなタイプの人か、そう思ってたのに――
――その辺にいるめちゃくちゃ親切な、お喋り好きのおじさんって感じだ。ニコニコと笑みを浮かべている様子は、とても演技だとは思えない。
「今回は本当に助かったよ。君達がロドリゴの正体を暴いてくれて。私は人を見る目がなくてね。簡単に信用しすぎるのがいけないと言われるんだけど、皆を疑っていたら誰とも仲良くなれないだろう? 君もそう思わないか?」
「は、はぁ、確かに……疑うのは大変ですね」
俺がなんとかそう返すと、エレハルデ男爵は「そうだろうそうだろう?」と嬉しそうに笑った。
この人って……もしかして、めちゃくちゃ貴族が向いてないんじゃないか? さっきから思ってることが全て顔に出てるし、人を信用しすぎるって貴族としたら致命的な気がする。
「だから君達には本当に感謝してるんだ。褒美を用意したから受け取ってくれると嬉しい」
男爵はそう言うと、後ろにいる従者なのか執事なのか、そんな感じの男性に合図を送った。するとその男性は俺に目録みたいなものを手渡してくれる。
「そこに書いてあるんだけど、まず君達には獣車をあげようと思うんだ。まだ持ってないって聞いたんだけど、どうかな?」
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
獣車をもらえるなんて……思わぬ幸運だ。いつかは買いたいと思ってたんだよな。
俺が欲しいものをピンポイントでもらえる嬉しさに思わず頬を緩めると、エレハルデ男爵も嬉しそうに笑った。
「喜んでもらえると嬉しいよ。ではもう一つの褒美なんだけど、次の項目を見てくれるかい? 君達はとても実力がある冒険者だと聞いてね。さらに五大ダンジョンに行くことを目標にしているんだろう? それならと思って、五大ダンジョンがある領地を治める貴族へ、紹介状を書いたんだ。ちょうど私の美食仲間なんだけどね、今は王都にいるみたいだから一度会いに行くと良いよ。ダンジョン都市で便宜を図ってもらえるはずだよ」
そう言ったエレハルデ男爵はこの褒美も喜んでもらえると疑っていないようで、ニコニコと満面の笑みだ。俺はこの雰囲気で貴族への紹介は要らないですなんて言えず、にっこりと笑みを浮かべて感謝を述べた。
「ありがとうございます。とても助かります」
「そうかい? 良かったよ。君達に会うことを楽しみにしているらしいから、早く行ってあげてね」
早くって……貴族にそんなこと言われたら、すぐ出発しないとだ。
まあここのダンジョンはクリアしたし良いけどさ……上級ダンジョンは、スキップして五大ダンジョンに行ってみようかな。行ってみてダメだったら、その時にまた考えよう。
「かしこまりました」
「じゃあ難しい話は終わりにして、今日は君達と友好を深めようと思うんだ。せっかくの縁だからね。私おすすめの美味しい食事をご馳走するよ」
「それ、本当か!?」
ウィリーは黙ってるって言ってたのに、美味しい食事って言葉に我慢ができなかったらしい。さすがにタメ口は不敬すぎると慌てたけど、エレハルデ男爵は何も気にせず嬉しそうに口を開いた。
「もちろん本当だよ。とびっきり美味しいものを準備してるんだ」
「男爵様! 凄いな!」
「喜んでもらえると嬉しいよ。では一緒に食堂へ行こうじゃないか」
「おうっ!」
そうして俺とミレイアが不敬だと顔色を悪くして慌てている間に、エレハルデ男爵様とウィリーは意気投合して応接室を出て行ってしまった。
「ミレイア……大丈夫、なのかな?」
「わ、分からない……」
「申し訳ございません。旦那様は貴族様の中では自由なお方でして……ただ不敬だなどと罰することは絶対にありませんのでご安心ください。皆様も食堂へご案内いたします」
応接室の中にいる使用人の男性が苦笑しつつそう言ってくれたので、俺たちは少し安心してソファーから立ち上がった。
とりあえず……ウィリーにはエレハルデ男爵様がめちゃくちゃ特殊だってことは、伝えておかないとダメだな。あの感じで他の貴族に話しかけたら、命がいくつあっても足りない。
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