第127話 挨拶
俺達がエレハルデ男爵家の屋敷を後にしたのは、屋敷を訪れてから三時間後のことだった。その間に何をやってたかというと……ひたすら美食の品評会だ。
エレハルデ男爵様はかなりお金を持っている男爵みたいで、この国だけじゃなくて他国の美食や珍味なども大量に出してもらえた。
楽しかったけど……ウィリーがタメ口で男爵様に話しかけるのが、許されているとは聞いても心臓に悪く、なんだか疲れた。
「トーゴ様、大丈夫ですか?」
「うん、なんとか……」
「めちゃくちゃ楽しかったな!」
獣車で宿に送り届けてもらった俺達は、さすがにお腹がいっぱいなので昼食を食べるのはやめて俺の部屋に集まっている。これからのことを話し合わないといけないのだ。
「できる限り早く行ってあげてほしいって最後に念を押されたけど、どうする?」
そう発言したのは疲れた顔のミレイアだ。ミレイアも礼儀作法をしっかりと理解してるからこそ、今日の男爵家での数時間は無駄に疲れたんだろうな。
「……あんなふうに言われて紹介状を持たされたら、明日には出発したほうが良いかなぁ」
「獣車も明日の朝には準備できるって言われたもんね」
「しかも宿の近くまで届けてくれるって。そんなの……そのまま出発しろってことと同義だよ」
王都に行くにしてもあと何日かはここでゆっくりしたかったんだけど……仕方ないか。
「明日出発にしよう。それで良い?」
「私は良いよ」
「俺も良いぜ!」
「僕もです。ただ皆さんに挨拶はしたいです!」
そうだよな。さすがにお世話になった人達に挨拶なしは避けたい。となると……これから回るしかないかな。
「ビクトルさんとモニカさん、それからイレーネさん達ぐらいかな」
「そうだね。イレーネさん達は今日の夜に伝えれば良いとして、とりあえずギルドに行ってみようか」
「そうだな。さっそく行こうぜ」
そう決めた俺達は、宿を出てギルドに向かって通い慣れた道を歩いた。この道を歩くのも最後か。予定ではアーネストの街に数ヶ月はいる予定だったんだけど、たった数週間とは予想外すぎる。
「そうだ、獣車をもらえるのなら、一角獣の餌も買わないとじゃない?」
「確かに。あとブラッシングしてあげるブラシとか、色々と必要なものがあるかも」
「仲間が一人増えるようなものだよな。名前も考えないとじゃないか? 一角獣の名前」
一角獣の名前か……俺はウィリーのその言葉を聞いて、頭の中に一角獣を思い浮かべる。一角獣だからいっくんとか? それともいっちゃんとか?
うーん、なんかセンスないな。そうだ、こういうのはミレイアがセンスあるんだった。俺はあんまり口出ししないようにしよう。
「あとで決めようか。会ったらピンとくる名前があるかもしれないし」
「確かにな。明日会うのが楽しみだなぁ」
そんな話で盛り上がっていると、すぐ冒険者ギルドに到着した。ギルドに入ると……中は閑散としていて、受付にはちょうどモニカさんがいた。
「光の桜華の皆さん、こんにちは」
「こんにちは」
「本日はお早いお帰りですか?」
「いえ、今日は依頼を受けているんじゃなくて、モニカさんとビクトルさんにご挨拶にと思って来ました。実は……明日この街を出ようと思っています」
俺のその言葉を聞いて、モニカさんは少しだけ寂しそうにしながらもにっこりと笑みを浮かべてくれた。やっぱり冒険者の受付はこういうことにも慣れてるんだろう。
「そうでしたか。短い間でしたが、アーネストの街へのお力添えをありがとうございました。光の桜華の皆さんのますますのご活躍を楽しみにしています」
「こちらこそ、色々と相談に乗っていただきありがとうございました」
「ギルドマスターは現在二階におりますので、案内させていただきます」
そうして案内された応接室には、ビクトルさんがソファーに座って俺達を待っていた。
「男爵様の屋敷への訪問は問題なく終わったか?」
「はい。褒美として獣車と、五大ダンジョンがある街を治める貴族への紹介状をもらいました。なので明日には王都に向けて出発します」
「それはまた急だな〜。まあお前達の実力ならやっていけるだろう。頑張れよ」
「ありがとうございます。せっかくなのでこの機会を活かして、五大ダンジョンに挑戦してみます」
俺のその言葉を聞いて、ビクトルさんは満足そうな笑みを浮かべた。
「ギルドマスターとして、最後にお前達みたいな有望な冒険者と知り合えて良かった。俺は多分責任を取って辞職することになるからな」
「そうなのですね……ではもし暇になったら王都に来てください。ご飯でも食べましょう」
俺のその言葉に、ビクトルさんは嬉しそうに笑って頷いてくれた。
それから冒険者ギルドを後にして宿に戻った俺たちは、イレーネさんとソフィアさんに明日の朝にはこの街を離れることを伝え、豪華な夕食をご馳走してもらって幸せな時間を過ごした。
短い期間しか滞在できなかったけど、この街にも良い縁ができて良かったな。また近くに来たらここに寄ろう。
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