第30話 ピクニック

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

「トーゴ様、すみません……」


 俺はテンションが上がったミルの背中でかなり振り回され、息も絶え絶えだ。とにかく落ちないようにしがみつくことで精一杯だった。ミルの全力は速すぎる。俺にはまだ筋力がないから捕まってるのが大変なんだ。


 ミルは俺のことを考えずに走り回ってしまったことをかなり反省しているようで、今は尻尾をしゅんと垂れ下がらせて、耳もへにょりとしている。そんなに落ち込まれるとすぐ許しちゃうな……


「ミル、俺はまだ筋力がないから配慮して欲しい」

「はい。本当にすみません……」

「もう謝らなくて良いよ。次から気を付けてくれればいいから」

「はい……」

「そんなに落ち込まないで。ミル、頭下げて」


 今のミルは大きくなっていて、座ってる状態だと背伸びをしないと頭まで届かないので、頼んで頭を下げてもらう。そしてミルの頭をよしよしと優しく撫でた。

 するとミルは撫でられるのが気持ちいいのか、俺の手に頭を擦り寄せてくる。うぅ……可愛すぎる。大きくなってるといつもよりもふもふ度が高いし。


「ミルは可愛いなぁ」

「本当ですか? 嫌いになってませんか?」


 ミルは捨てられた子犬のような瞳で下から俺を見上げてくる。もう、可愛すぎる!


「そんなことあるわけないでしょ! 俺はミルが大好きだよ」


 俺のその言葉を聞いて、ミルの顔が途端に明るくなった。わかりやすいやつだなぁ。そんなところにもほっこりする。


「僕もトーゴ様が大好きです!」

「ありがとう」


 それからしばらくミルをよしよししていると、ミルも落ち着いたのかまた走りたそうにうずうずし始めた。


「そろそろ散歩を再開しようか。今度はゆっくりだよ。ちょっと駆け足ぐらいで」

「はい! 魔物はどうしますか?」

「うーん、襲ってきたら狩るくらいにしよう」

「わかりました。では行きますね」

「よろしく。こっち方面に人間はいないから自由に行っていいよ」

「分かりました!」


 そうしてミルと散歩を再開だ。今度こそミルはかなり慎重に走ってくれているので、俺は景色や風を切る体感を楽しむほどの余裕がある。天気が良くて空気もちょうど良い暖かさ。うん、最高だな……


 そうして走っていると、ミルが突然減速した。


『トーゴ様、目の前に魔物がいます』

『あれは……カウかな?』


 カウは肉が美味しい魔物だ。確かいつでも需要があるから、結構いい値段で買い取ってもらえるんだ。


『倒しますか?』

『うん。お金になるし倒しておこうか』

『トーゴ様は一度降りますか?』

『そうするよ』


 俺はしゃがんでくれたミルの背中から慎重に降りた。ふぅ、やっぱり地面に足がつくと安心するな。


『では行ってきます』


 ミルはそう言うと、カウに向かって一直線に駆けていった。ここらの魔物は実力差があるからかもしれないけど、もうちょっと静かに近づくとか死角から攻撃するとか、しなくていいのかなと思ってしまう。


 凄い勢いで走るミルに気づいたカウは、ミルに向かって角を向けて突進してくる。その様子に一瞬だけひやりとしたけれど、ミルとカウがぶつかると思った時には、もうカウが倒れていた。

 うーん、確かに相手が弱すぎるのかなぁ。というよりもミルが強すぎる。爪を伸ばして硬化して首を切り裂くか、ウインドカッターで遠くから首を切り裂くか、どっちにしても一撃で決着がついている。


『トーゴ様、終わりました』

『行くから待ってて』

『はい!』


 俺がミルのところに歩いていくと、ミルはカウの隣におすわりをして褒めて褒めてと俺を待っている。

 可愛い……すっごく強いんだけどやっぱり可愛い。


「ミルありがとう」

「えへへ、頑張りました」

「うわっ、ちょっ、ちょっと……」


 ミルに顔中をベロベロ舐められた。大きいミルにやられると、顔中がベタベタになっちゃうんだよな……


「ミ、ミル、一回止まって!」

「はい」


 俺は水魔法のウォーターで顔をサッと流して、風魔法のウインドで乾かした。


「舐めてくれるのは嬉しいんだけど、大きいミルにやられると圧がというか……勢いが凄いから控えめにお願い」


 俺はミルが傷付かないように、遠回しにそう告げた。


「カウを仕舞ったらまた散歩に行こうか」

「そうしましょう」


 そしてまた散歩を再開して、お昼まで後少しという時間で俺達はご飯を食べることにした。


「ミル、どこかちょうどいい木の下とか、お昼ご飯を食べられるところに向かってくれる?」

「分かりました。あそこに見える木の下でいいですか?」


 ミルにそう言われてマップを確認すると、そこには魔物も人もいない。


「問題ないみたい」

「では行きますね」


 木の下は少しだけ草の伸びが悪いのか、他の場所よりも座りやすそうになっていた。そんな場所にまずはミルが伏せをする形で座り、俺もその隣に胡座で座る。


「そういえば、ミルってそのサイズの時も普通に一人前を食べるのでいいの? あんまり考えたことなかったんだけど……」

「僕はその時のサイズによって、どの程度食べなければいけないのかが決まるみたいです」

「そうなんだ。じゃあ食べてから大きくなったりしたら?」

「僕もよくわからないのですが、今日大きくなってもお腹が空いたりしませんでしたし、多分食べる時のサイズが関係しているのだと思います」


 それならミルは小さい時に食べてそのあと大きくなれば、少ない食事量で大きくなっても普通に栄養が足りてるってことか。なんか不思議だな。

 でも食事が足りない心配をしなくていいのはありがたい。


「じゃあいつものサイズに戻って食べる? 普通に一人分のお昼しかないから」

「確かにそうですね……ではもっと小さくなってみます!」


 ミルはそう言うと、久しぶりに俺が楽々抱っこできる小型犬サイズになった。小さいミル……可愛い!


「ミル、ギュってしていい?」

「もちろんです!」


 俺はミルの許可を得て抱き上げ、ギュッと優しく抱きしめた。この小ささも可愛すぎる……

 ミルやばい、本当にやばい。こんなに可愛かったら誘拐されちゃうよ。他の人がいるところで小さくなるのは禁止にしよう。


「トーゴ様、お腹空いたので食べませんか?」

「そうだった。じゃあ食べようか」


 俺はテラの葉を地面に一枚敷き、その上にミルのサンドウィッチを載せた。そして自分の分も取り出して手に持つ。


「神に祝福を、糧に感謝を」


 俺はもうお祈りが癖になっていて、しっかりと口にしてからサンドウィッチにかぶりついた。神に祝福してるけど神は俺だっていう面白い状況だ。


 うぅ〜ん、なにこれ美味しい! 俺の方が白いソースの方だったけど、これマヨネーズかな? それに少しのハーブ? なんにせよ絶品だ。お肉も柔らかい鶏肉って感じで味が付いていて旨味が凄い。


「美味しいですね!」

「本当に美味しいよ、びっくりした。……そうだ、ちょっと交換する? これ味が違うんだ」

「そうなのですか? では交換しましょう!」


 俺はミルのサンドウィッチの端を少しちぎって、俺のも少しちぎって交換した。


「食べてみて」

「……こっちも美味しいです! 味が違います」

「本当?」


 俺もミルの方をぱくっと食べてみる。うわぁ、こっちも美味しい! 全然味違うじゃん。

 こっちは少しピリッと辛味がくる。でもその後に甘みもあって……複雑な味だ。ハニーマスタードみたいな感じかな。めちゃくちゃ美味しい。それにこっちは豚肉っぽい食感の肉だ。そこもまた味が違って楽しい。


「ミルの方も美味しいよ」

「どっちも凄く美味しいですね」

「当たりの屋台だったかな。ミルのおかげだ」


 俺のその言葉に、ミルは少し得意げな顔をする。


「僕の鼻は美味しいものを見分けられますから!」

「じゃあこれからは、お店を選ぶのお願いするよ」

「任せてください!」


 俺が苦笑しつつお願いすると、ミルはやる気満々で頷いた。尻尾がぶんぶん振られている。



 そうしてミルと一緒に幸せな昼食を終えて、また街に戻った。大きくなった時に外した首輪代わりの布をつけるのを忘れていて、初めての門番さんに少し怖がられて怒られたのもご愛嬌だ。

 ミルの首輪、伸び縮みして苦しくない素材があったらいいんだけどな。そんなことを考えながら、俺とミルは畑に向かった。

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