第29話 ミルの散歩
それから数日間は毎日仕事に精を出し、その後に鍛練をするという生活を続けた。そのおかげでお金にも少し余裕ができ、日常に必要なものは最低限購入することができた。
よって今日の午前中は、肉屋の荷運びの仕事を休んでミルと外に散歩へ行くことにした。本当は俺がもっと強くなるまでは街の中にいる予定だったんだけど、流石にミルがうずうずして可哀想だったので予定を早めたのだ。
依頼を受けるわけでもないし、安全な場所だけなら大丈夫だろう。俺も体力がついてきたし。
「トーゴ様、今日は外に行くのですよね!」
「そう。朝ご飯を食べてから行こうか」
ミルは外に行くことを決めてからずっとそわそわしていて、朝起きてからは尻尾が振られっぱなしだ。凄く可愛いけど、そこまで我慢させてたってことに申し訳なさもある。
「今まで我慢させててごめん。今日は思いっきり走っていいし、人がいないところでは大きくなってもいいから」
「ありがとうございます! 楽しみです!」
「じゃあ早く行けるようにもう下に行こうか」
そうして俺はかなりテンション高いミルと朝ご飯を食べ、いつもは冒険者ギルドに向かうところを門に向かった。
朝早いけど門の近くには屋台がいくつも出ていて、外に出かける人に向けて軽食などを売っているみたいだ。
『ミル、お昼ご飯をここで買って外で食べることにしない?』
『それいいですね!』
『じゃあそうしよう。何がいい? アイテムボックスがあるからなんでも買えるけど』
『うーん、あっ、あの屋台のパンが美味しそうです!』
『あの若いお姉さんがやってる屋台?』
『はい!』
『じゃあ、あそこに行こうか』
尻尾を振り回しているミルと一緒に屋台へ向かうと、お姉さんがこちらに気づいたのか声をかけてくれた。
「いらっしゃい! うちのサンドウィッチは美味しいよ」
「いくつか種類があるの?」
「挟む野菜と肉の種類を選べるんだ。あとソースもいくつかあるよ」
「へぇ〜美味しそう。一ついくら?」
「銅貨三枚で葉で包むと追加で小銅貨五枚」
それならそこまで高くないな。ミルもここがいいみたいだし買っちゃうか。
「じゃあお姉さんのおすすめの組み合わせで二つお願い」
「ありがとね! ちょっと待ってて」
お姉さんは小さめのフランスパンみたいなやつに切れ目を入れて開き、そこにソースを塗っていく。一つは黄色いソースでもう一つは白っぽいソースだった。そしてその上に野菜を乗せて最後に肉を乗せた。
「完成だよ。包む?」
「ううん、アイテムボックスが使えるから大丈夫」
「それは便利でいいね。じゃあ銅貨六枚だよ」
「はい、これで」
「ちょうどだね、ありがとう。また買いに来てねー」
笑顔のお姉さんに見送られ、俺達はお昼ご飯のサンドウィッチを手に入れた。ちょっとピクニックみたいで楽しいかも。
『じゃあミル、行こうか』
『はい!』
門は中に入る時は色々と確認が必要だけど、外に出る時は特に確認もなく出ることができる。
うぅ〜ん、久しぶりの外だ。畑側には毎日出てるんだけど、こっち側は街に来てから一度も出てないから久しぶりな気がする。
『ミル、もう少し進んだところで周りに人がいないか確認して、それから思いっきり走り回ろう。もうちょっと待って』
『分かりました!』
それからしばらくは街道をそわそわしたミルと早足で歩き、途中で草原に入ってしばらく歩いた先にあった木の下で立ち止まった。
「ここまで来れば誰もいないかな」
「大きくなってもいいですか!」
「ちょっと待って。マップで確認するから」
もう我慢できないと俺の周りを走り回っているミルを何とか宥めて、ミルにも見えるようにマップをウインドウで開いた。
するとこの周辺に緑色の点はない。でも……黒い点がいくつかあるみたいだ。
「ミル、マップに黒い点があるんだけど何だと思う? 街では見なかったんだけど……」
俺が真剣な声音でそう言うと、ミルも興奮が落ち着いたのか大人しくなりマップを覗き込んでくれた。
「本当ですね。結構いくつもありますけど……ここにはかなりの数がまとまってますよ?」
「そうなんだよ……人間じゃなさそうかな。魔物とか?」
「魔物も表示されるのでしょうか?」
植物や虫ならもっと数が多いだろうし、この感じは魔物の予感がする。
「魔物と人間だけが表示されるのかな……」
「確かにそうですね。そう考えるのが良い気がします」
この世界って人間と魔物は魔力を持ってるけど植物と虫は基本的には魔力を持ってないから、魔力を持ってる生命体が映るのかもしれない。
虫と魔物の区別はずばり魔力があるかないかだ。虫型の魔物もいるけど、そっちは魔力があるから魔物の分類になる。
「一番近い黒の点に向かってみますか?」
「そうしてみようか。じゃあもう少しだけ大きくなるのは我慢してくれる?」
「もちろんです。では行きましょう」
俺とミルは一番近い黒の点に向かって進んだ。その場所までは徒歩で五分ほど、近づくと段々と何がいるのか見えてくる。
俺は魔物にバレないように念話でミルに話しかけた。
『ミル、ホーンラビットだよ。やっぱり黒い点は魔物みたい』
『では黒は魔物、赤は僕達、緑は大多数の人、青は好意的な人ってことでしょうか?』
『多分そうだろうね』
これってかなり使える能力だよな。魔物の居場所がわかるのって相当強いだろう。
マップにはこんな機能を付けた記憶はないんだけど……多分俺の中のイメージで作られたんだと思う。どんな機能があるのか分からないのが不便だけど、かなり有能だからありがたい。
『トーゴ様、ホーンラビットはどうしますか?』
『確か討伐依頼があったはずだよ。納品は肉と角だったかな』
『そうなのですね。トーゴ様が受けられるのですか?』
『うん。Eランクだったから受けることはできるかな。それにアイテムボックスに入れておけばいくらでも保つし』
『確かにそうですね。では狩ってきてもいいでしょうか!』
『危なくない……?』
『はい。何となくですが、大丈夫だと思います』
その感覚は当てになるのだろうか。まあホーンラビットはEランクの依頼だし、弱いんだろうけど……ここは行かせても大丈夫かな。
『絶対に無理しないこと。その約束は守って欲しい』
『もちろんです!』
ミルは俺の言葉に元気よく返事をすると、その場で大きくなりホーンラビットに向かって凄い勢いで走っていった。
そしてミルがホーンラビットの横を通り過ぎたかな? と思った時には、すでにホーンラビットが血を流して倒れていた。
……もう倒したのか。予想以上の実力差だ。
『トーゴ様、倒しました!』
ミルからの念話が来る。離れていても通じるのは便利だな。
『ミル凄いよ。じゃあ俺も行くからちょっと待ってて』
ホーンラビットのところに近づくと、ホーンラビットは俺の腰ほどの背丈だった。予想以上に大きい。それに角もかなり立派だ。
そんなホーンラビットは、首から血を流して完全に絶命している。こうして改めて生き物の死を目の当たりにすると、この世界が現実なんだなと実感するな。
俺はこの光景に目を逸らしたかったけれど、この世界でこれから生きていくなら乗り越えなければいけない壁だと思い、腹を括ってホーンラビットに対峙した。
「まずは血を抜いた方がいいのかな?」
そういえば魔物の解体について全く聞いてなかった。でも納品してる人は皆解体したものを納品してたし、多分この世界では解体ができることは当たり前なんだろう。
「そうなのでしょうか?」
「解体の方法とか聞いた方が良かったかも。それまではアイテムボックスに入れておこうか」
「そうですね!」
俺は今度解体をちゃんと学ぼうと決意し、今はホーンラビットをアイテムボックスに仕舞うことにした。アイテムボックスに仕舞うには触れなければいけないので、ホーンラビットの背中付近にそっと触れる。
……まだ温かいんだ。
そんな事実に何ともいえない気持ちになりながら、アイテムボックスにホーンラビットを仕舞った。するとリストに未解体のホーンラビットが一体と表示される。これで大丈夫だな。
……え、待って、あれ? なにこの表示? ホーンラビットのところを意識すると、解体しますかって表示が出てくる。もしかしてだけど、アイテムボックスって解体までしてくれるの!?
「ミル! アイテムボックスに入れると解体しますか? って出てくるんだけどできるのかな!?」
「それは凄いですね。一度やってみてはどうですか?」
「そっか、じゃあやってみるよ」
俺は「はい」「いいえ」と表示されているうちの「はい」の方に意識を向けてみた。するとさっきまで未解体のホーンラビットとなっていたところが、それぞれの部位ごとに分けて表示された。
その中からホーンラビットの角を選び、アイテムボックスから取り出してみる。すると……先ほどのホーンラビットの額についていた角そのものだった。本当に解体までしてくれるんだ。
さすが神様仕様! 凄すぎる! 時間停止に容量無限だけじゃなくてこんな機能まであったなんて。普通のアイテムボックスと同じ魔法だとは思えないな。
普通の闇魔法で使えるアイテムボックスは、魔力量が多い人で一部屋分ぐらいの容量で時間停止もない。
このチート能力がバレないように気をつけよう。
「ミル、できたみたい! これで解体の心配もいらなくなったかも」
「良かったですね。それではいくらでも狩れますか?」
「うん。いくらでも良いよ」
「ではこの草原を走り回って魔物を狩ることにします! トーゴ様は背中に乗ってください」
そうしてテンションが上がったミルの背中に俺が乗ると、ミルは「行きます!」と一言告げて勢いよく走り始めた。
――ミ、ミル、ちょっと、もうちょっと、速度を緩めてほしいんだけどっ!
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