第36話 初めての戦闘

 屋台で美味しそうな串焼きを三本ずつとパンを買い、俺とミルは街の外にやってきた。場所はいつもの草原だ。


「うぅ〜ん! やっぱり外は気持ちいいな」

「そうですね」

「走り回りたい?」

「……走り回りたいですが、トーゴ様の戦いも見たいので我慢します」

「じゃあ早めに魔物を見つけて俺の剣を試したら、その後で散歩しようか」

「はいっ!」


 街の外に出てからずっと頭の中に広げているマップを見てみると、一番近い魔物はここから東の方向に五分ぐらい進んだところにいるみたいだ。


「そういえばミル、大きくならなくてもいいの?」

「そうですね……最近は大きくならなくても気にならないので、このままで大丈夫です。トーゴ様を乗せる時だけ大きくなりますね」


 そういえば、中型犬サイズで馴染んだって言ってたな。


「この姿でも十分戦えますし、問題ありません」

「頼もしいよ。じゃあ行こうか」


 そうしてミルと共に魔物がいる方向へ極力音を立てずに歩いていくと、遠くに魔物が目視できた。


『ミル、カウみたいだ』


 魔物に気づかれないように念話で話す。


『みたいですね。トーゴ様がお一人で行かれますか?』

『うん、そうしてみるよ。もし俺が危なそうって思ったら助けてくれる?』

『分かりました。お任せください!』


 ミルは頼もしい顔で頷いてくれる。ミルがカウを瞬殺するところは見ているし、本当に心強い。


『じゃあ行ってくる』


 この草原はそこまで背の高い草もなくて木がまばらに生えているぐらいなので、体を隠すところがあまりない。なので俺はカウの周りを気づかれないようにぐるっと回り、カウの後ろ側の位置につけた。


 そしてゆっくりとカウに近づいていく。距離はあと五十メートルぐらいだ。もう剣を出して駆け出してもいいか? いや、まだ距離があるからカウに気づかれたら不意打ちにならないかもしれない。


 そんなことを考えて葛藤しつつ近づいていくと、あと三十メートルぐらいのところで突然カウが「グルルッ」と低いうめき声のようなものをあげて俺の方に振り返った。


 気づかれたっ! 音は立ててなかったはずなのに、何か魔物には別の感覚器官とかあるの!?

 そんなことを考えているうちにもカウは俺を敵と定めたのか、角を向けて突進してくる。俺はその突進を咄嗟に横に跳んで躱した。


「……っ!! いったぁ」


 危なかった。カウの突進速い! 俺は転んでいろんなところが痛いけど、とりあえず全てを無視してすぐに起き上がり、またカウに対峙した。

 カウは一度避けられたことで少し警戒しているのか、またすぐには突進してこない。今度は俺から仕掛けてやる。


 そう思って俺はカウに向かって一直線に近づき、剣の間合いに入るか入らないかのところで、アイテムボックスから剣を取り出して首元を斬りつけた。


 カウは俺が剣を持っていないことに油断してたのか、避けられることなく攻撃は当たり、その場に倒れた。

 かなりの血が流れているから倒せただろう。はぁ〜、良かった。やっぱり実戦って緊張するし思い通りにいかないな。


 でも剣をアイテムボックスに隠しておいて直前で取り出すのはありだな。相手を油断させられるし、剣の重さもないから身軽に動ける。


「トーゴ様、お見事です!」

「ありがとう。でも最初は気づかれちゃったよ。何で気づかれたんだろう? 音はほとんど出してなかったはずなんだけど」

「多分ですが、匂いだと思います。トーゴ様が風上でしたので」


 匂いか……それは考えてなかった。そういえば動物って嗅覚が凄いんだった。これからは風向きも考えて魔物に近づかないだとな。一つ勉強になった。


「次は風下から近づくようにしてみるよ。ミルのおかげで勉強になった、ありがとう」

「良かったです!」


 ちょっとドヤ顔のミルが可愛い。


「それにしてもこの剣は完璧だな。切れ味も抜群だし、何よりやっぱり振りやすい」

「良い剣があって良かったですね」

「うん。これからしばらくはこいつが相棒かな」


 まだまだ俺は強くないし、しばらくはこの初心者用の剣で問題ないだろう。次の目標はこの剣を買い替えたいと思うほど剣の実力を上げることかな。頑張ろう。


「よしっ、じゃあカウを仕舞って散歩に行こうか」

「はいっ! では大きくなりますね」


 そうして俺はカウをアイテムボックスに仕舞い、その中で解体を済ませて大きくなったミルに乗った。やっぱりミルの上は景色が良くて気持ちがいい。


「トーゴ様、あちらに見える丘には誰かいますか?」

「あの遠くに見える丘?」

「はい」

「ちょっと待って。うーん、遠すぎてわからないかも。あそこ一キロ以上遠いみたい」

「では近づいたらまた確認するとして、あそこまで行ってみてもいいですか?」

「行きたいの?」

「高いところでお昼ご飯を食べたら気持ちがいいと思いませんか?」


 確かに丘の上って景色が良くて気持ちいいイメージだ。登ってみるのもありかもしれないな。


「じゃあ行ってみよう。マップで人がいたら止まってって言うから、その時はよろしく」

「かしこまりました。では行きます!」



 そこからミルの背中に乗って、景色や自然の香りを楽しみながら丘に向かって進むこと一時間ほど、ついに丘の麓まで辿り着いた。マップで確認すると誰も人はいないみたいだ。魔物もほとんどいない。


「ミル、誰もいないから登っていいよ」

「かしこまりました!」


 見た目よりも急斜面だな。ちゃんとミルの毛を掴んでいないと後ろに落とされそうだ。でも筋トレの成果でこの程度なら全く問題はない。



 そうしてミルにしがみつくこと数分程度で丘の上に辿り着いた。なんかこの丘不思議な形だな……丘の上はかなり広く平らな土地になっていて、丘の上部分が消滅したような感じだ。

 そこには背の低い草が生えている程度で、木などは一本も生えていない。そして真ん中に石造りの何だろう、何かがある。


「ミル、あの真ん中の何かな?」

「祭壇、とかでしょうか?」


 確かに。真ん中に石の台座みたいなものがあって、その周り四方に石柱がある。祭壇と見えなくもないかも。いずれにせよ人工物だ。


 警戒しつつミルに乗ったまま近づいてみると、真ん中にある石の台座はかなり黒ずんで汚れていた。それに蔦などが巻き付いているので、しばらく放置されているのだろう。


 昔に使われてたけど今はもう使われてなくて風化してるのだろうか。地球だったらこういうのって考古学者とかそういう人が調べるんだろうけど、この世界では放置みたいだ。


「ずっと昔に使われていた何かみたい」

「ですね。この石柱の上に登ればずっと遠くまで見渡せそうです! 登ってもいいですか?」

「いいけど気をつけて」

「はい!」


 ミルは元気よく返事をすると、ひょいっと軽く石柱の上に乗った。俺を背中に乗せたままなのに身軽だ。


「うわぁ……凄い」


 かなり遠くまで見渡せる。ナルシーナの街も見えるし、森も奥深くまで見渡せる。


「凄い景色ですね」

「風も気持ちいいし、最高の気分だよ」


 ここに来て良かったかも。神界から下界を眺めるのってこんな感じなのかな。神界に戻ったら確かめよう。


 それからしばらくは無言で、ミルと一緒に雄大な自然を眺めていた。沈黙を破ったのはミルのお腹の音だ。ぐぅぅ〜と盛大な音が響き渡る。


「ははっ、お腹空いた?」

「……はい。とても空きました」

「じゃあお昼にしよっか」

「はい!」


 俺達は石柱から降りて、丘の上から雄大な景色を楽しみながらお昼ご飯を食べた。そして食休みをしてから、ゆっくりと街まで戻った。

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