第92話 幻光華
宝箱に入っていたお皿をアイテムボックスに仕舞った俺達は、放置していたキラーアントも収納し、もう一度隠し部屋の中を見回した。
「他には何もなさそうだね」
「そうだな。岩の壁しか見えないぞ」
「マップで見ても他には何もないみたい」
「気になる匂いもしないです」
この隠し部屋は宝箱とそれを守る魔物がいるって作りなんだろう。大体こういう隠し部屋はしばらくすると中身が復活するらしいけど、どのぐらいの時間がかかるんだろうか。
「とりあえず外に出てみようか」
「そうだね」
そうして俺達は、薄暗い地面の中から明るい森の中に戻ってきた。隠し部屋を出てからマップを確認してみると、まだ罠は復活してないようだ。とりあえず、すぐに中身が復活するということはなさそうだな。
「うぅ〜ん、やっぱり広いところの方が良いね」
ミレイアが大きく伸びをしながらそう言うと、ミルも可愛く前足を伸ばしながら伸びをして『分かります!』と尻尾を振った。
「じゃあ、また幻光華を探しに行くか〜」
「そうだね。全然見つからなくてちょっと嫌になってたけど、隠し部屋でリフレッシュできたしやる気十分だよ!」
そう言って拳を握りしめたミレイアは、言葉の通り顔を輝かせている。キラーアント十匹と薄暗い地下で戦ってリフレッシュになるって……逞しいな。冒険者としてはめちゃくちゃ頼もしい仲間だ。
「もう十層に行ってみる?」
『確かにそれはありかもしれませんね。行きでは気付かなかったものに、帰りでは視点が変わって気付く可能性はあると思います。十層から幻光華を見つけながら上に向かうことにしますか?』
俺がミルのその言葉を二人に伝えると、ミレイアは満面の笑みを浮かべながらミルの体を撫でた。
「確かにそれありかも。ミルちゃんは賢いね!」
『えへへ、ありがとうございますっ』
ミルはミレイアに褒められて嬉しそうだ。本当にミルは可愛いよな……見てるだけでとりあえず癒される。もう宇宙一可愛いのはミルだと思う、異論は認めない。
「じゃあ、十層に行くか!」
それから俺達はマップを駆使して、最短距離で十層に向かった。階段を下りて十層に降り立つと……そこには九層とほとんど変わらない景色が広がっている。
「このダンジョンは五層ごとにしか環境が変わらないから、ちゃんと数えてないと今何層にいるのか分からなくなるね」
「確かに。俺はマップですぐに分かるけど、他の人達は数えるしかないのか」
「デカい立て札でも建てとけば良いのにな」
「魔物に壊されちゃうんじゃないの?」
「それもそうか」
そんな会話をしつつも周囲を確認していると、数人の冒険者がこちらに向かってくるのが見える。そろそろ午後も後半になって来ているので、地上に帰るのだろう。
「俺達も遅くならないように頑張って探そうか」
「おう!」
それにしても、こんなに見つからないとは予想外だったな。もう少し簡単に見つけられると思っていたのだ。日当たりの良い場所の定義が俺が思ってるのと違うのかな……いや、さすがにそれはないか。
「そういえばフロアボスとも出会ってないよな?」
「そういえばそうだね。確かフロアボスはボスロックモンキーだっけ?」
「そうだよ。何匹ものロックモンキーを従えてるって」
フロアボスを倒すと宝箱がドロップするし、できれば幻光華と両方見つけたいな。でもまずは依頼の品だし幻光華だ。
『ミル、何か気になる匂いとかない?』
探し物にはミルの鼻が頼りになると思ってそう聞くと、ミルは申し訳なさそうに首を横に振った。ミルの鼻はかなり性能が良いから、何か今までと違うものがあったら分かると思うんだよな……となると、数キロ圏内にはないのかもしれない。
幻光華は魔物が嫌う匂いを発していて、成分を抽出すると魔物除けの香水になる植物なのだ。だから匂いが弱くて分からないってことはないと思う。
――確か一部の薬屋と調香屋で魔物除けの香水を売ってるって話だったし、それを買ってミルに匂いを嗅いでもらってリベンジするのもありかな。でも香水は他の植物も混ぜてるらしいから、それだとミルでも幻光華を判別できるのかは微妙だろう。
「トーゴ、マップで気になるところはない? 例えば冒険者があんまり行かなそうなところとか。他の冒険者がいたら、採取されちゃってる可能性もあるかなって思ったんだけど」
「確かに。ちょっと見てみるよ」
立ち止まってじっくりと十層を隅々まで調べると、階段とは一番遠いところにある左奥の岩壁に、登れるところがあるのが分かった。岩壁の中腹あたりに広いスペースがあるのだ。ここなら日当たりは抜群だし、可能性があるかもしれない。
その場所を皆に伝えるとすぐに行こうということになったので、俺達は魔物を極力避けつつその場所に向かった。
そして数十分で目的地に到着すると、周りに冒険者は全くいなく、少なくとも採取されてしまっているということはなさそうな場所だった。
「思ってたよりも高いなぁ」
「でも向こうからなら、かなり細い道だけど登れそうじゃない?」
「だけど……相当危険だぞ? ちょっとでもバランスを崩したら落ちそうだ」
見た限り、足場に続く道は両足を並べられる幅はないほどに狭そうだ。風魔法を使って壁の方に体を押し付けて登ればいけるかな……
「皆さん、僕が行ってきます!」
「ミルちゃんが? 危なくない?」
「はい。あの程度の広さならば僕には問題ありません」
確かに……ミルの身体能力なら問題はないか。俺は今までのミルの動きを思い出して、心配ないと判断してミルにお願いすることにした。
「ミル、頼んでも良い?」
「もちろんです! では行ってきます」
ミルは道が重さで崩れることを懸念したのか、体を小さくして尻尾をピンと立て、キリッとした表情で駆けていった。
やばい……小型犬ミルがキリッとしてるの可愛すぎる。ミレイアとウィリーも同じことを思ったのか、ミルを見て頬を緩めている。
そんな可愛いミルは全く危なげなく上まで登りきり、広い足場に辿り着いたようだ。
『トーゴ様、幻光華がありますよ!』
『本当!? 採取をお願いしても良い?』
『もちろんです!』
やっと見つけたな……こんな場所にあるなんて、難易度が高い依頼だった。まあもっと採取しやすい場所にもあるんだろうけど、そういうところの幻光華は他の冒険者に取られちゃっていたのだろう。
これから俺達にはこの場所があるし、幻光華の依頼はいつでも達成できそうだ。
それから二人にも幻光華があったことを伝えてミルを待ち、数分でミルは口に幻光華の束を加えて岩場から駆け降りてきた。
「お待たせいたしました!」
俺が差し出した手の上に幻光華を載せると、ミルは少し得意げにそう宣言する。うぅ……ドヤ顔の小型犬ミルが可愛すぎて辛い。俺は幻光華の確認は後回しにしてアイテムボックスに収納し、とりあえず小さなミルを抱き上げた。
「ミル、お疲れ様。ありがと」
「お役に立てて良かったです!」
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