第156話 お礼の品
ダンジョンから戻ってきて数日後の昼頃。俺たちは明後日からまたダンジョンに潜ることになっているけど、その前にグロリアさんとマリベルさんがお礼をしたいということで、二人を宿に招待していた。
宿のエントランスで二人を待っていると……従業員に連れられて、緊張している様子の二人がこちらにやってくる。
「おっ、来たぞ」
「本当だ。今日はわざわざ来てくださってありがとうございます」
「お礼なんて良かったのに、すみません」
「い、いや、礼をするのは当然で、こちらから出向くのも当然なのだが……この宿は、なんだ?」
グロリアさんがなんとか発したその言葉に俺は苦笑を浮かべつつ、まずはソファーを勧めた。
「座ってください。二人にもお茶とお菓子をお願いしても良いですか?」
「もちろんでございます。少々お待ちくださいませ」
二人は下がっていく従業員を同じ動きで見届けてから、俺たちに視線を戻した。
俺たちも最初はこのぐらい緊張してたんだよな……もう完全に慣れてしまって、なんだかこういう反応を見ると新鮮だ。
「もしかして、三人は凄い人、なの……ですか?」
「ふふっ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。私たちは凄い人……なのかな? ちょっと貴族様と関わりがあるだけなんです」
ミレイアのその説明を聞いて、二人はビシッと背筋を伸ばした。
「ミレイア、その説明はより緊張させるだけかも」
「あっ、そうかな。すみません。本当に私たちは普通の冒険者なので、緊張しなくても大丈夫ですよ」
「そうだぜ! この宿も最初はびっくりしたけど、めっちゃ快適で良いところだぞ。この菓子も最高に美味しいんだ」
「わんっ!」
ウィリーの言葉と尻尾を振った可愛いミルのおかげで、少しだけ緊張が解れたらしい。そんな二人の下に、お茶とたくさんのお菓子が運ばれてくる。
最近はウィリーのありえない胃袋を理解してくれているのか、俺たちに出してもらえる食べ物の量は基本的に三、四倍が常だ。
本当にありがたくて、感謝の気持ちを込めて食材だったり宿で使えそうな素材を渡している。お金は受け取ってもらえなかったので、現物でのお礼しかできないのだ。
「ごゆっくりとお寛ぎください」
「ありがとう、ございます」
「ではまた何かございましたら、お声がけいただけたらと思います」
「はい。いつもありがとうございます」
従業員が下がって二人がお茶を一口飲んだところで、さっそく本題に入るために俺から話を振った。
「今日はお礼をとのことですが」
「そ、そうだった。我らクラン全員の命を助けてくれた恩人とあっては、礼をしないわけにはいかない。ささやかなものだが受け取ってほしい」
「こっちもぜひ。皆さんにとっては些細なものだと思いますが、感謝の気持ちはこもっています」
グロリアさんから渡されたのはお金が入っているだろう布袋で、マリベルさんが渡してくれたのは軽めの木箱だった。
「ありがとうございます。ではありがたく受け取らせていただきます」
布袋はお金なので中は確認せずそのままアイテムボックスに収納して、木箱の方は二人の了承を得て開けさせてもらう。
すると中に入っていたのは……紙束だった。しかもパッと見た感じ、レシピが書かれているようだ。
「なんだこれ!」
レシピに一番に反応したのは予想通りウィリーで、瞳を輝かせて内容を確認した。
「そのレシピは私たちのクランで研究した、野営でも美味しい料理が作れるレシピと、さらにはメンバーの実家の食堂秘伝のタレや、スパイスの調合方法などが書いてあります。皆さんは食べることが好きだと聞いて、このお礼を考えたのですが……」
「なんだそれ! マジか……! グロリア、マリベル、ありがとな!」
ウィリーは満面の笑みを浮かべて大興奮で、レシピが書かれた紙束を両手で持って抱えた。ウィリーはどんな大金よりも、このお礼が一番喜ぶだろうな。
グロリアさんとマリベルさん、ウィリーのことを考えてのお礼の品かは分からないけど、ここを突いてくるのは凄い。
「ありがとうございます。俺たちは美味しいものには目がないので、とても嬉しいです」
「ミルちゃんも美味しいものが大好きなんですよ」
「それならば良かったです」
「このお礼はマリベルが発案者なんだ。うちのメンバーは優秀だろう?」
「はい、とても」
相手の一番欲しいものを見極める力って、実際かなり大切だよな。色々な場面で役に立つし、人間関係が円滑に進む。
「今度ダンジョン内で作ってみますね。これからはダンジョンクリアを目指す予定なので、野営をすることが増えるんです」
「クリアを……光の桜華ならやってくれるかもしれないと思えるな」
「皆さん、応援しています」
「ただ私たちもすぐに追いかけるからな」
それからも俺たちはグロリアさん、マリベルさんと色々な話をして、今後は互いに協力していこうと仲を深めたところで、グロリアさんが椅子から立ち上がった。
「では我々はそろそろ失礼する。今日は時間をとってくれてありがとう」
「いえ、こちらこそお礼をありがとうございます」
宿の外まで二人を見送ったところで、ウィリーがレシピを改めて懐から出し、真剣に熟読を始めた。
「トーゴ、この材料って全部あるか?」
「いや、ないものもあるよ」
「じゃあ今から買いに行こう! 夕飯まで少し時間あるよな」
ウィリーのその言葉でこのまま出掛けることが決まり、俺たちは夕暮れの街並みを市場に向かって歩き出した。
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