第27話 鍛錬開始

 ミルと話をしながら宿に向かって街を歩いていると、少し細い路地の先に緑があるのが見えた。


『ミル、あっちに植物が見えるから行ってみようか』

『本当ですね。では行きましょう』


 路地に入り少し進んだ先にあったのは、小さいながらも子供たちがたくさん遊んでいる広場だった。公園というほど大層なものではなく、ただ無造作に草が生えていてそれが踏み固められている感じだ。

 ここいいかもしれない。ベンチとかがあるような綺麗な公園だと鍛練しづらいし。


『中に入ってみよう』

『はい!』


 ミルは広場に入ると嬉しそうに尻尾を振って、走り回りたそうにうずうずしている。やっぱりミルは石畳よりも土とか草が好きみたいだ。

 でもこの広場はミルが走り回れるほどの広さはないかなぁ。子供たちもいるし危ないだろう。


 そんなことを考えながら広場をぐるりと見回していると、遊んでいた子供たちが俺とミルに気がついたのか、一斉に近づいてきた。そして少し遠くで立ち止まって口を開く。


「お兄ちゃん! その子お兄ちゃんの従魔なの?」

「そうだよ。大人しいから近づいても大丈夫だよ」

「本当!?」


 子供たちは俺が許可を出すと一斉に駆け寄ってきてミルを取り囲んだ。


『ミル大人気だ』

『嬉しいです!』


 ミルは色んな人に撫でてもらうのが嬉しいみたいで、尻尾がぶんぶん振られている。やっぱりミルは可愛いなぁ。


「お兄ちゃん、この子のお名前は?」

「ミルって言うんだ」

「そーなんだ! ミルちゃん、初めまして」


 一人の女の子がミルにニコッと笑いかけて、恐る恐るミルの頭を撫でている。ミルはその女の子の手にすりっと顔を擦り付けた。女の子はそんなミルにメロメロだ。

 ミル、罪な子だな。


「きゃ〜可愛い! ミルちゃん可愛い!」

「すっごくふわふわだよ!」

「真っ白できれい!」


 子供たちは口々にミルを誉めて撫でまくっている。ミルは少し得意気だ。


 俺はそれから子供達が満足するまで少し待ち、皆が落ち着いてきたところで口を開いた。


「皆に聞きたいことがあるんだけどいい?」

「なぁに?」

「ここの広場って誰でも自由に使っていいのかな? 誰かの土地だったりする?」

「うーん、よくわかんないけど皆使ってるからいいんじゃない? この辺の人は誰でも使ってるよ」

「そうなんだ、ありがとう。じゃあこれから毎日お兄ちゃんも使っていいかな?」

「いいと思うよ!」


 それならここの広場を鍛練場所にしよう。一日の仕事を終えたらここに来てストレッチして、それから街中をしばらく走ってここに戻ってきて次は筋トレ。それが終わったらストレッチして宿に帰る。そのスケジュールでいこう。


「教えてくれてありがとう」

「うん!」


 話を終えると、子供たちはまた遊びに戻っていった。子供って元気だよな……


『俺は早速ストレッチするから、ミルは自由にしてて』

『分かりました。ですがトーゴ様の近くにいます!』

『ありがと』


 俺は広場の端に向かい、そこに腰を下ろしてストレッチを始めた。サムエル教官が、怪我をしないためにとにかくストレッチはしっかりしろって言ってたから、手を抜かずにやる。ストレッチだけでじんわりと汗をかくぐらいが理想らしい。

 ついでに柔軟性を高められるとより怪我をしないらしいから、そこも重点的にやる。


『ミル、背中押して〜』

『はい! こんな感じですか?』

『うぅ……痛い……』

『大丈夫ですか?』

『うん、このぐらいなら……』


 そうしてミルにも手伝ってもらいつつしっかりとストレッチをした。体はかなり温まって完璧だ。


『よしっ、次は走りに行こうか。さっきストレッチしながらマップを確認してたんだけど、ここに戻ってくるのにちょうど良さそうな道を決めておいたから今日はそこを走ってみるよ。走ってみてあまりにも急坂とかだったら道を変えようかな』


 マップはかなり便利なんだけど、高低差があまりわからないところが不便なんだ。階段があるとかはわかるんだけど、坂道がわからない。まあこんな不満を言ってたら贅沢すぎるけどな。


 あれ……? なんかマップの表示がいつもと違う?


『分かりました。では僕も一緒に走りますね!』

『ミル、ちょっと待って。なんかマップが変かも?』

『……どのように変なのですか?』

『走るコースに人がたくさんいたら大変だと思って、人の表示も映るようにしたんだけど……青い点の人がいる』


 この街に来てから気づいたんだけど、このマップには生命体の反応もリアルタイムで映せるのだ。まだ試してないけど、多分街の外では魔物の位置とかもマップでわかると思う。

 だけど街の中では人が映りすぎてマップが見えづらいから、いつもその機能は切っていた。それで今久しぶりに映してみたら……その中に青色で示された人がいたのだ。


 このマップ、俺とミルは赤い点で映されて、それ以外の人間は緑色。でも今マップには青い色の人がいる。どういうことなんだろう……何か特別な人とか? 

 というか、この一番近い青色ってこの公園の中じゃないか?


 俺はそう思ってマップを公園にズームしていくと、さっきミルにメロメロだった女の子が青色だということが分かった。


『ミル、さっきの女の子が青みたい』

『他の人と何が違うのでしょうか……?』

『うーん、ミルに触ったのなら他の子もそうだし……』

『この街で他にも青色の人はいますか?』

『うん。何人かいるみたい。青の人は目立つようになってるからすぐ分かるんだ。……これは冒険者ギルドかな? そこに五人いる』


 俺たちの知り合いとかなのかな? でもそれだったら宿にも青の人がいていいはずだ。今の宿には緑色の人しかいない。

 うーん、情報が少なすぎるな。


『とりあえずこれからもマップには人が映るようにして、誰が青色なのか確認していくことにするよ。冒険者ギルドにいる人ならこれから会うこともあるだろうし』

『そうですね』

『じゃあ今はとにかく走ろうか』

『はい!』


 そうしてマップの機能に少しだけ疑問を持ちながらも、俺とミルは広場から出て街中を走り始めた。できる限り広い道路を選んでコースを決めたから、普通に走りやすくて問題はない。坂道も凄く負担になるほどではなくて大丈夫そうだ。


『ミル、疲れてない?』

『はい。僕は全然大丈夫です!』

『そっか。やっぱりミルは凄いな』


 今は決めたコースの半分ほどのところだ。俺はかなり疲れてきているけどミルは余裕そう。はぁ……俺も最初から強い体にしておきたかった。

 努力すれば強くなれるのはありがたいけど、結構辛いよ……


 そんなことを考えつつ、でも途中でリタイアすることなく走り切った。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

『トーゴ様、大丈夫ですか?』


 広場に戻ってきてかなり息が上がっている俺に、ミルが心配そうに問いかける。


『うん、大丈夫』


 かなり疲れたけどちょっと休めば回復する程度だ。

 それにしても喉が渇いたな。俺はウォーターを使いまずは手を綺麗に洗って、それから手のひらに水を出してそれを飲み干した。

 ごくっごくっ……ぷはぁ〜。運動の後の冷たい水、生き返る。


『ミルも水飲む? まだコップやお皿とか何もないから手からになっちゃうんだけど』

『飲みたいです!』

『じゃあどうぞ』

『ありがとうございます』


 俺は手のひらにたくさんの水を出しミルの口元に近づけた。ミルはその水をペロペロと少しずつ飲んでいく。

 や、……やばい、くすぐったい。ミルの舌が手に触れてかなりくすぐったい。


「ははっ……はははっ」

『どうしましたか?』

『ちょっとくすぐったかっただけだから、気にしなくていいよ』

『ではもう少し飲みますね』

『うん。好きなだけ飲んで。脱水は危ないから』


 それからはくすぐったいのを我慢してミルに水を飲んでもらい、少し休憩をして筋トレを開始した。

 サムエル教官に教えてもらったメニューをなんとかこなし、辺りが暗くなってきたところで最後のストレッチまでを終えることができた。


『これで終わりっ』

『お疲れ様です』

『本当に疲れたよ〜』


 仕事して鍛練してってハードスケジュールすぎる。でももう少し慣れれば楽になるだろうし、どんどん体力もついてくるだろうから、ここまで辛いのは最初だけだろう。

 そう考えたらやる気出てきたかも。明日からも頑張ろう。


『じゃあミル、宿に帰ろうか』

『はい!』


 そうして俺とミルは仲良く並んで宿までの道を歩いた。体は疲れていたけれど達成感があって、そよ風が気持ちいい帰り道だった。

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