第39話 不思議な女の子
今日の朝はいつもより早くにシャキッと目覚めた。なぜなら今日からは街の外の依頼を受けるのだ!
俺はやる気十分で早く依頼を受けたくて、ワクワクして目覚めてしまった。
「ミル〜、おはよう!」
まだ寝ているミルにぎゅっと抱きつきミルを起こす。
「……トーゴ、さま? まだ、鐘は鳴ってませんよね?」
「でも目が覚めちゃったんだ。街の外の依頼を受けるんだよ? ワクワクしない?」
「……確かにわかりますが、もう少し寝たいです……」
ミルはそう言って、また寝る態勢を整える。さすがに朝が早すぎたか……
「また寝ちゃう?」
「だって、起きても朝ご飯食べられないですよ?」
「確かにそっか」
「ふわぁ……もう少し寝ます」
ミルはそこまで会話をすると、スゥと寝に入ってしまった。小さく丸まって寝ているミルは可愛いけど、俺も一緒に寝ようとはもう思えない。もう完全に目が覚めてしまったのだ。
こういう時にスマホとかあったら時間が潰せるんだけど、この世界ではやることがないんだよな。そのうち本とか手に入れたい。
う〜ん、朝の散歩でも行こうかな。少しだけ明るくなってきてるし良いだろう。それにこの街は治安もそこまで悪くないし、俺も強くなったから。
俺はそう決めて、ミルを起こさないようにそーっと部屋から出て宿の外に向かった。まだ早朝の今は空気が冷たくて少し肌寒い。でも清廉な空気で気持ちがいいな……
思いっきり深呼吸をして少し体をほぐすと、あてもなく歩き始める。まだどのお店も閉まっていて静かだ。いつもの街と全然違ってまた楽しいかも。
しばらく歩みを進めていると、パンのいい匂いが漂ってきた。もうパンを焼き始めてるんだな……やばい、お腹が空いてくる。
お店の方に行っても食べられないけど匂いだけでも……そう思って匂いを辿り路地を進んでいくと、匂いの発生源であるパン屋を見つけた。かなり古びた感じのパン屋だ。でも清潔感はあって昔からこの辺の人たちに愛されてるって感じ。
でもやっぱりまだお店は開いてないし買えそうにない。それを確認してからまた別の場所に向かおうとしたその時、パン屋の横にある路地に、俺より少し歳下ぐらいの女の子がいるのが見えた。路地にしゃがみ込んで何かをしている……のかな? それとも具合でも悪いのだろうか。
俺はその女の子が少し気になり、路地に一歩だけ足を踏み入れて声をかけてみることにした。
「君、大丈夫? 体調悪いとか?」
俺がそう声をかけた瞬間、女の子がビクッと体を震わせて俺の方を見た。そしてその瞬間に俺は何かよくわからないものに突き飛ばされる。
「いたた……」
えっと……今の何? 何に突き飛ばされたんだろう。全く見えなかったというか、透明な何かに突き飛ばされた感じ?
「あ、お、お兄さん大丈夫!? 私、またやっちゃった。ごめんなさい……」
女の子は瞳に涙を浮かべて俺の方に駆け寄ってきた。今にも泣きそうな表情だ。
「えっと、大丈夫だけど……さっきのは何?」
「私、何かに驚いたり怖いって思ったりすると、周りにいる人が吹き飛んじゃうの。だからいつもは人と会わないようにずっと家の中にいるんだけど、朝早いから誰もいないと思って外に出てて……本当にごめんなさい!」
何その特殊体質みたいなやつ。驚くと周りの人が吹き飛ぶって、何かの波動でも出せるとか?
「……それって昔から?」
「お母さんが言うには小さな頃はなかったって。六歳ぐらいからこの現象が始まって、歳をとるごとに増えていったの。前は一日に一回だったのに、最近は何回も……」
女の子はそう言って泣き出してしまう。ちょ、ちょっと、俺が泣かせたみたいなんだけど……
「泣かないで。俺は大丈夫だから」
「私、何かに取り憑かれてるのかな……」
「そんなことはないと思うけど……」
でも身の危険を感じたら見えない何かが助けてくれるって感じだよな。それって……幽霊とか? こ、怖っ!!
……いや待って。透明な何かが自分を守ってくれるってことだよな? 俺そんなスキルに一つ心当たりあるんだけど。もしかして、この女の子って結界のスキルを持ってるんじゃない!?
めちゃくちゃレアスキルだ。いたらパーティーに勧誘したいなと思ってたやつ。
さっき六歳ぐらいから現象が始まって、歳をとるごとに回数が増えたって言ってたよな。魔力は生まれつきで最大容量は決まってるけど、幼少期はほとんど魔力がないのだ。そして成長するにつれて魔力の保有量が増えていき、体の成長が止まる頃に最大容量まで溜まるようになる。
だからこの子は成長と共に、結界が発動する回数が増えたんじゃないかな。結界を作るには魔力を消費するから。
「あのさ、あっ、名前教えてくれる? 俺はトーゴ」
「……私はミレイアだよ」
「ミレイアね。ミレイアは魔法って使える?」
「ううん、私は使えないの」
魔法が使えない! これは結界のスキルを持つ可能性が高くなってきた。結界のスキルを持つと魔力が多いのに魔法が使えないのだ。
「そっか。魔力の存在はわかる?」
「私は魔法を使えないから、魔力はないよ?」
この国だと魔法が使えないと魔力がないってことになってるのか……本当は魔力は誰でも等しく持ってるものなんだけど。ただ量が少ない人は魔法を使えないってだけで。
でもそうか、魔法を使えなければ魔力を感じることなんてないよな。
ミレイアは魔法が使えないから魔力を認識することがなくて、魔力を消費してるつもりなんてないのに勝手に結界が作り出されてるって感じなのかもしれない。
この世界の魔法や結界のようなスキルは、基本的には呪文を口にしないと発動しないんだけど、魔力効率がかなり悪ければ強いイメージだけでも発動するのだ。だからミレイアの怖いから自分を守りたいって気持ちで発動してるのかも……
うわぁ、結界のスキルって有能だけど欠陥だらけだったのか? かなりのレアだから周りに同じスキルを持つ人なんていないだろうし、何なら同じ時代に同じスキルを持つ人はいないレベルだろうし、それだと強い能力だってことには気づけないよな。
他の魔法みたいに使える人が多ければ呪文もどんどん決まっていって、誰でも簡単に発動させられるんだろうけど、結界の呪文なんて知る術はないだろうし……
この世界の魔法って例えば水魔法で水を出現させたかったら、ウォーターって呪文を唱えれば水が発生する。でもこの呪文だけじゃなくて、『水よ来れ』とか他にも似たような意味の呪文でも魔法は発生するのだ。
重要なのはイメージで、例えば魔法で水を発生させるには水が発生するというイメージを持ち、さらにそれと関連のある言葉を口にして、その人が魔法発動に必要な魔力を保有し、さらに水属性に適性がある。これら全ての条件を満たした時に発動する。
そして呪文はできる限り短く端的に、出現させたい現象を表した方が魔力消費量は減る。
八つの属性の魔法は使える人も多いから、今までの歴史の中で呪文が開発されて効率の良い呪文が残っていったのだと思う。でも結界を使える人はほとんどいないから、呪文も分かっていないんだな。
とりあえずミレイアに、一度意識して結界を使ってもらったらいいのかも。
「ミレイア、君のその現象の原因が分かったかもしれないから、今から俺が言う通りにしてみてくれる?」
「え……原因がわかったの!?」
「うん、コントロールできるようになると思うよ」
「本当!? お願い教えて!」
ミレイアはもう必死だ。俺の肩を掴んで泣きそうな瞳で俺の顔を覗き込んでくる。
「ちょっと落ち着いて、近いから」
「あっ……ごめんなさい。この悪夢から解放されると思ったらつい」
めちゃくちゃ有能なスキルなのに悪夢呼ばわりなんて。でもミレイアからしたら厄介なだけの能力だったんだろう。俺の設定が微妙なばっかりに、本当にごめん……
俺は心の中で謝りつつ立ち上がった。
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