第47話 結界の練習 後編

「ミレイア、まだ魔力は残ってる?」

「なんとなくしか分からないけど、まだたくさんあるかな」


 魔力をどのぐらい消費したのか、魔力があとどれぐらい残っているのかは感覚的なもので分かるのだ。ミレイアは今まで魔力を消費している自覚がなかったから気づかなかっただけで、ちゃんと認識して自分で結界を使うようになり、魔力の存在にも気づけるようになったのだろう。


「じゃあ沢山あるうちに魔物と戦ってみようか」

「え……もう戦うの?」


 ミレイアは途端に不安そうな表情を浮かべた。


「一度戦ったら慣れるだろうし早いほうが良いと思うよ。俺とミルがいるから心配はいらないし」

「そっか……。それなら頑張る」

「うん。じゃあ魔物の近くまで行こうか。できる限り物音を立てずに静かに付いてきて欲しい」

「分かった」

『ミル、基本的には俺が戦うけど、もし危なかったら加勢をお願いしてもいい?』

『もちろんです。お任せください』

『ありがとう。心強いよ』


 俺は隣を歩いているミルの頭を軽く撫でた。するとミルの尻尾がぶんぶんと振られ始める。本当に感情が丸わかりで可愛い……。ミレイアもそんなミルの様子に癒されてるみたいだ。


 それから歩くこと十分程、俺達は魔物を目視できるところまで近づいていた。


「ホーンラビットだ」

「いつも食べてるけど動いてるのは初めてみた……あんなに大きかったんだね」

「そうなんだよ、結構大きいんだ。凄い勢いで飛びかかってきてあの角で攻撃されるよ」

「怖いね……」

「大丈夫。何かあったら俺がすぐに倒すから。ミルでも俺でも一撃で倒せるよ」


 俺のその言葉にミレイアは力強く頷いてくれた。


「じゃあ今回は結界の効果を試したいから、ホーンラビットにわざと気づかれてこっちに攻撃してもらおう。そしてその攻撃をミレイアの結界で防ぐんだ。結界って今のところ、十メートルぐらいの範囲にしか出せないんだよね?」

「うん。そのぐらいが限界」

「じゃあその限界ギリギリの遠いところに出そうか。ホーンラビットに気づかれてから出せる?」

「うーん、まだ不安かも」

「じゃあ事前に結界を出しておいて、そっちにホーンラビットを誘導するよ」


 結界は透明だし目を凝らさないと見逃すぐらいだ。魔物がそれに気付けるのかも検証になるな。


「分かった。じゃあその先に結界を出すね」

「よろしく」

「結界」

 

 ミレイアが俺達とホーンラビットの間に結界を出現させたところで、俺はホーンラビットに気づいてもらうために弱めのウォーターボールを放った。

 そしてその攻撃は問題なくホーンラビットに命中する。やっぱり気づかれないように死角から魔法で攻撃するのが一番安全で強い。でも魔法は魔力量が限られてるから、無闇に使えないところが欠点だ。

 今度シャルム草から作られる魔力回復薬を試してみようかな……あれ高いんだけどお金も稼げるようになってきたし。


「トーゴ、来たっ!」

「うん。慌てなくて大丈夫」


 ホーンラビットは俺達を敵と認識したみたいで、一直線にこちらに駆けてきた。そしてジャンプして届く距離になったところで、後ろ足で地面を蹴り角を向けて弾丸のように飛んでくる。

 いつ見ても凄いスピードだし怖い。ミレイアはそのスピードに腰が引けているようだ。でも逃げ出すことも目を逸らすこともしないので、想像以上に強い子なのかもしれない。


 ホーンラビットは結界の存在に気づくことなくそのままのスピードで激突し、ガツンッと凄い音を響かせてその衝撃で倒れた。死んだのかな……?

 マップを確認してみるとまだホーンラビットの黒い点は存在していた。このマップには生きている魔物しか表示されないから、まだあのホーンラビットは死んでないみたいだ。


「今回は俺がとどめを刺してくるからここにいて」


 ミレイアがコクコクと首を振って頷いてくれたので、俺はアイテムボックスから剣を取り出してホーンラビットのところに向かった。そして気絶しているホーンラビットにとどめを刺す。

 やっぱり命を奪う行為はできればやりたくないけど、流石に慣れてきたかも。今度ミレイアにも体験させたほうがいいだろうな。


 というかミレイアも結界を使いつつ、自分の身を守れるように近接武器を持った方がいいのかもしれない。それか遠距離の武器で結界の後ろから援護する感じとか。

 そんなことを考えつつホーンラビットをアイテムボックスに仕舞いミレイアのところに戻った。呆然としているミレイアの側にミルが寄り添ってくれてるみたいだ。


「ミレイアお待たせ。初めての戦闘はどうだった?」

「トーゴ……私、魔物を倒せた? 役に立てた?」

「うん。ミレイアの結界で気絶してたから凄く楽だったよ」

「そっか……そっかぁ」


 ミレイアは凄く嬉しそうに笑み崩れた。俺はその様子にかなり驚く。初めての戦闘に魔物の怖さが後から襲ってくるとか、生き物を殺してしまったことによる落ち込みとか、そんな感じになると思ってたのに……


「目の前で魔物の死を見て、その……トラウマになったりは、大丈夫?」


 せっかく喜んでるんだし聞かないほうがいいかと思ったけど、思わず聞いてしまう。するとミレイアは不思議そうに首を傾げた。


「どういうこと……?」


 ……どういうことって聞かれるのめっちゃ困る。え、この世界では魔物を殺すことへの忌避感ってないの?


「魔物を殺すのは嫌じゃない?」

「うーん、自分を襲ってきた魔物は敵だから、別に嫌ではないかな。殺さないと自分が殺されちゃうよ? 襲われてないうちに攻撃するのはちょっと可哀想かなとも思うけど……自分達が生きていくために必要だったら仕方ないかな。皆そう言ってるよ」


 確かにそうか……この世界ってやっぱり日本とは違うなぁ。でも冒険者としては良い考え方だろう。


「それなら良かったよ。いざという時に躊躇って自分を危険に晒したら大変だから」

「うん。それは大丈夫」


 子供の頃から魔物に対する考え方を教えるんだろうな。この世界で生きていくためには大切だろう。


「じゃあ話は変わるけど、さっきの結界について話そうか」

「うん! 私の結界どうだった? あんなに強そうな魔物でも破れないなんて、自分でもびっくりしたの!」

「強度は問題なかったよ。ホーンラビットって強くない魔物なんだけど、角での攻撃力って点だけをみるとかなり上になるんだって。だからそれを防げるのは凄いと思う」


 ホーンラビットは一度飛んだらどこかにぶつかるまでは基本的に止まれないし方向転換できない、それに攻撃も一パターンしかない。だから弱い魔物って言われてるんだけど、攻撃力だけをみると結構高い方なんだ。だからそれが防げたバリアはかなり使えるだろう。


「そーなんだ! 私の能力が役に立つなんて……本当に嬉しい」

「ミレイアの能力は冒険者なら誰でも欲しがる凄いものだよ。勧誘が沢山来るぐらい。高ランクパーティーからも来るかも」

「そんなになんだ……ねぇトーゴ、私を仲間にしてくれないかな。お願いしますっ」


 ミレイアは真剣な表情で俺にそう告げた。


「俺は凄く嬉しいけど……いいの?」

「うん! 私の能力が役に立つことが凄く嬉しいから、これからもこの能力を最大限活用できる仕事をしたいと思って。それには冒険者が一番でしょ? それで冒険者をやるならトーゴとがいい。トーゴが私の世界を広げてくれたから、だから今度は私が助けになりたいの。……ダメ?」


 全然ダメじゃないんだけど……罪悪感がある。だってミレイアの元の状態を作り出したのは神である俺で、それを救ったからってそんなに感謝されるようなことじゃない。

 でもそれでミレイアを突き放すのも違うよな。罪悪感は俺への罰としてずっと抱えて、その上でミレイアがこれから先の人生を楽しく過ごせるように手助けをしよう。ミレイアが俺と一緒に来てくれるその時までは。


「ううん、凄く嬉しいよ。ありがとう」


 そう返事をして笑かけると、ミレイアはぱぁっと顔を明るくして俺に抱きついた。そして「ありがと!」と叫んだら今度はミルに抱きつく。


「ミルちゃん。これからは私も仲間になったの。よろしくね!」

「ワオンッ」


 ミルもミレイアを歓迎しているみたいだ。これからは三人で頑張っていこう。

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