第75話 暁の双子亭
暁の双子亭、掲げられた看板に大きく書かれている。ここで合ってるみたいだ。
「そういえば、ナルシーナの街で泊まってた宿屋は名前なんてあったか?」
「確かなかったと思う。だから新鮮だよ、名前があるのって」
あの宿屋はサービスが良くて値段も高くないのにそこまで流行ってないのは、名前がなかったからっていうのも理由の一つなのかもしれない。
名前がないと人に薦めるのも、一段階は難易度が上がるだろうし。
「じゃあ入ろうか」
ミレイアがそう言って宿屋の扉を開くと……カランカランッと綺麗な鐘の音が響き、中から一人の女性が出てきてくれた。
「おかえり! ……と、違ったか。新規のお客さん?」
「うん。三人と従魔なんだけど、泊まれるかな?」
「もちろん泊まれるよ!」
ミレイアの問いかけに、パーカーのような服を腰で巻いているお姉さんが、弾ける笑顔で答えてくれた。二十代前半ぐらいの綺麗な人だ。
「皆、ここで決まりで良い?」
「俺は良いぜ。さっきから良い匂いするしな」
「うん。俺も良いと思う」
『僕もです!』
お姉さんの雰囲気は凄く良いし、建物も綺麗で問題はなさそうだ。とりあえず初見でここは止めようとはならない宿屋だな。
「ありがとな! じゃあこの宿帳に名前を書いてくれるか? 料金はそこに書いてある通りだ。読めなかったら読み上げるけどどうする?」
「読めるから大丈夫」
料金は二食付きで一泊銀貨一枚と銅貨五枚、さらに従魔は同じ部屋ならお金はかからないけど、食事が二食で銅貨五枚みたいだ。
ナルシーナの街と比べると、食事は同じ値段だけど宿泊料金が高いみたい。ただ街によって物価も少しは違うのだろうし、この宿が高いのかは分からないな。
「ソフィア、新しいお客さんだぞ〜」
お姉さんが奥にそう呼びかけると、廊下の先から別の女性が顔を出した。
「イレーネ、声が大きいわよ。皆さんようこそ、暁の双子亭へ」
最初に俺達を迎え入れてくれた、赤い髪をポニーテイルにしている女性がイレーネさん。そして後から来た、同じく赤い髪を肩あたりで切り揃えている人がソフィアさんみたいだ。
イレーネさんが活発な雰囲気なのに対し、ソフィアさんは凄く落ち着いた雰囲気だ。でも顔はめちゃくちゃ似てるんだよな……
「あの、ソフィアさんとイレーネさん? って双子?」
「おう、そうなんだ。一応私が妹でソフィアが姉だ」
ミレイアが質問してくれたことで、疑問が解消された。双子だからこんなに似てるんだな……宿の名前の双子亭ってそういうことだったのか。
「この宿は私達が二人でやってるのよ。だから女性がいるパーティーは大歓迎。是非長く利用してくれたら嬉しいわ」
「もちろん。気に入ったらこの街にいる間はずっと使わせてもらうね」
ミレイアは笑顔でそう答えている。完全にこの宿をというよりも、この二人を気に入ったみたいだ。これはずっとこの宿で決まりかな。
「とりあえず何泊にする?」
「うーん、トーゴどうする?」
「いったん三泊ぐらいで良いんじゃない? イレーネさん、延長っていつでもできる?」
「もちろんできるさ。最後に泊まった日の朝にでも言ってくれれば大丈夫だ」
それならあんまり長期のお金は払わない方が得だな。ダンジョンに入り始めたら、二日は戻らないとかありそうだし。その場合は宿を借りていても仕方がない。
「じゃあ三泊で」
「はいよ。従魔の食事も付けるか?」
「もちろん」
「それなら合計で銀貨十五枚だ」
お金はパーティーの資金から払って、正式に宿が決定だ。すんなりと決まって良かったな。
「食事はそこの食事スペースで食べて欲しい。時間は朝の鐘から二時間と夜の鐘から二時間だ。時間を過ぎると基本的には食べられないから気を付けてくれ。それから宿を出る時は鍵は預けて欲しい。あと風呂は自由に使ってもらって構わないけど、他の宿泊客と譲り合ってくれ。注意事項はそのぐらいかな……何か質問はあるか?」
「とりあえず大丈夫かな。また何かあったら聞くよ」
「おう、そうしてくれ。じゃあ部屋に案内するな」
「皆さん、あと少しで夕食が出来上がるから、部屋で少し休んだら降りて来てね」
ソフィアさんはそう言ってにっこりと綺麗な笑みを浮かべると、また廊下の先に消えていった。
「ソフィアさんが食事担当?」
「基本的にはな。ソフィアの方が料理が上手いんだ。皆の部屋は二階だからこの階段から二階に上がってくれ」
案内された部屋は角部屋から続きの三部屋だった。俺がミルと一緒なので角部屋をもらい、隣がミレイアでその隣がウィリーだ。
「じゃあ二人とも、十分後ぐらいに下に行こうか」
「了解」
「分かったぜ!」
いったん二人と別れて部屋に入ると……部屋の中はシンプルながらもかなり綺麗だった。ベッドは大きくて寝心地が良さそうだし、荷物を入れる棚までついている。さらに一番良いポイントは、魔道雷球が付いていることだ。
ナルシーナのホセの宿屋では各部屋に付いてたんだけど、あの宿は特殊だからここではランタンを使うのかと思っていた。
「かなり良い宿だったかも」
「そうですね。居心地が良さそうです。ソフィアさんとイレーネさんも良い人そうでした」
「分かる。ミレイアも気に入ってたみたいだし、ずっとこの宿になりそうだよ」
俺は部屋の隅にある小さなテーブルに備え付けられた椅子に座り、両手を広げてミルを呼んだ。
「ミル、おいで」
するとミルは嬉しそうに尻尾を振って、小型犬サイズに一瞬で姿を変えて俺の腕の中にダイブしてくれた。
やばい……癒しだ。どんなに疲れてても、ミルをぎゅっとすればとりあえず元気になれる。
「トーゴ様、これからが楽しみですね! 新しい街はやっぱり楽しいです!」
「分かる。ナルシーナを離れるのは寂しいと思ってたけど、やっぱり新しい街って良いなって思ってるよ」
それから俺は時間いっぱいまでミルに癒しをもらって、十分ちょうどのところで部屋から出た。するとミレイアとウィリーもちょうど廊下に出てきたところだった。
「凄く良い部屋だったよね」
「うん。ずっとここで良いかも」
「俺もそう思う! あとはご飯の美味さだな」
「ははっ、確かにそれは重要だ。じゃあ下に行こうか」
俺達は廊下に漂う美味しそうな食事の香りに食欲を刺激され、足早に一階へと降りていった。
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