第145話 六層の魔物
芋虫とは言っても俺の背丈ほどの体高で、長さは十メートルほどはあるように見える。色は真っ赤で、なんだか気持ちの悪い粘液が身体中にまとわりついているようだ。
「うわぁ……虫系の魔物か」
「この形はワームかな。でも大きいね」
「色が赤なので火魔法を使うのでしょうか?」
六層に他の冒険者はいないので、ミルが声に出してそんな考察をした。確かに赤色は火魔法を使える可能性が高いだろう。ただ粘液を分泌しているところを見るに、水魔法という線もある。
「とりあえず、素早く動けるわけじゃなさそうかな」
「そうだね。すぐに襲ってこないし」
「こっちから攻撃を仕掛けてみるか?」
「……そうしてみよう。でも慎重に」
「分かってるぜ。じゃあ行ってくるな。ミルも行くか?」
「もちろんです!」
俺とミレイアは二人が慎重にワーム型の魔物へと近づいていくのを見守りながら、いつでも援護できるように魔法などの発動準備を整えた。
「どこが顔なのかな?」
「こっちじゃなさそうだから、多分反対側だと思う。動き方的にも向こうに進んでるし」
「……確かにそうだね。まだ私たちに気づいてないのかな?」
「そんな感じに見えるよな……ワームって耳と鼻がないとか?」
ミレイアとそんな話をしていると、ウィリーとミルが魔物のすぐ近くまで迫ることに成功した。まずはウィリーが斧で攻撃を仕掛けるようで、思いっきり振り上げられた斧はワームを真っ二つにする……と思いきや、粘膜につるりと滑って地面に突き刺さった。
「ウォォォォォォ!!」
今の攻撃で魔物はこちらに気づいたのか、低い声を発しながらジタバタと体を動かす。そうしてこちらを向いた魔物の顔は……丸くて巨大な口が印象的な、ちょっと、いやかなり不気味なものだった。
「子供が見たら確実に泣くね」
「そうだな……俺でも夢に見そう」
「夢に出てきたら飛び起きるよ」
「ミル、次はお前だ!」
「はい!」
攻撃が全く通らなかったウィリーが悔しげに顔を歪めつつ斧を地面から抜き取り、ミルに声をかけた。するとミルはピンっと尻尾を立てて魔物に向かっていき、胴体に爪による攻撃を仕掛けた。
しかしミルの攻撃も粘膜に阻まれてしまったようで、魔物には全く傷が付いていない。
「トーゴ、ミレイア、このまま攻撃を通すのは無理そうだぞ! この滑ってるやつが邪魔するんだ!」
「りょーかい! じゃあ……全身を凍らせてみるから、その後に攻撃してみて!」
ウィリーにそう返答してから魔法を発動させると、狙い通りに魔物の胴体の一部がカチカチに凍りついた。それを見てウィリーとミルがほぼ同時に地面を蹴り、魔物に向かって攻撃を放つ。
すると今度は攻撃が滑ることなく、魔物の体に届いたようだ。赤い血のようなものがダラダラと垂れ、魔物は苦しそうにもがいている。
「グォォォォ……バッッ」
「うわっ!」
「結界!」
苦しそうにもがいていた魔物は、俺たちに顔を向けると予備動作なく何かを吐き出した。その攻撃はウィリーとミルに届く前にミレイアが結界で防いでくれたけど、結界にぶつかって地面に落ちた何かの液体は、草木をじゅうぅぅと溶かしている。
毒とか酸とか、そういうものを吐き出せるのかもしれない。
「ミレイアさん、ありがとうございます!」
「二人とも怪我はない?」
「大丈夫だ! トーゴ、もう一回凍らせてくれ!」
「了解! ……アイス!」
今度はさっきよりも魔力を込めて広範囲を凍らせると、ウィリーがその瞬間に魔物へと駆けていき、思いっきり斧を振り下ろした。
するとそれによって魔物の胴体は半分ほどまで分断され、暴れていた魔物は息絶えて静かになった。
「ふぅ、倒せたみたい」
マップに黒い点がなくなったことを確認してそう伝えると、皆は安心したように笑みを浮かべて倒した魔物に目を向けた。
「ちょっと苦戦したな」
「凄く強いっていうよりも、厄介な特性だね。この先はそういう魔物が多いのかな」
「そうかもしれないな……もしかしたら虫型の魔物が多いのかも。マップの端の方に映ってる魔物の群れが、数十匹の大規模なものなんだ。小さな虫型の魔物ならこの数もあり得ると思う」
「虫型の魔物……ちょっと嫌ですね」
ミルが呟いたその言葉に、俺は大きく頷いて同意を示した。このワームもそうだけど、虫型の魔物は見た目に嫌悪感を覚えるものばかりだと思う。
倒して回るのはまだ良いけど、ここで野営をするのがちょっと憂鬱だ。
「早めに先に進もうか」
「そうだな。でも今日は一回戻るんだろ?」
「うん。とりあえずどんな雰囲気かは分かったし、そろそろ上に戻ろう」
「ゴーレムが復活してるかも確認しないといけませんからね」
「そういえばそうだったな。……というか、復活してたらまた倒さないといけないのか?」
「倒さないと上に行けないのなら、そうするしかないかな」
さすがにそんな仕様にはなってないと思いたいけど、ここは五大ダンジョンだからあり得なくはない。
「戻ってみようか」
それから皆で五層に続く階段に戻って、ゆっくりと上って行くと……ゴーレムがいた広場には、まだ何の魔物もいなかった。
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