第11話 宿

「きゃ〜、なにこのもふもふ感。ミルちゃん可愛いすぎる。連れて帰りたい。ずっと撫でていたい」


 リタさんキャラが崩壊中です。俺の手続きが終わったら他に人がいなかったからか、カウンターから出てきてミルを撫でまくってる。


『ミル、しばらく撫でられててくれる? ごめんね』

『大丈夫です! この方撫でるの上手いです』

『それなら良かったよ』


 ミルはたまにサービスで顔を擦り付けたり尻尾をパタパタ振ったりしている。サービス精神旺盛だ。うん、ミル可愛い。


「トーゴはこれから行くところ決まってないよな?」


 俺がミルとリタさんのふれあいを眺めていたら、マテオにそう聞かれた。確かにそうだった。今日これから行く場所がないよ。それにお金もない。


「決まってないや。これからでも依頼って受けられるかな?」

「いや、流石に無理だろう。あと数時間で日が暮れる」

「やっぱりそうだよね……」

「金の心配をしてるのか? それなら心配いらないぞ。金なら貸してやる」

「でも、流石にそこまでお世話になるのは……」

「トーゴ、なに今更遠慮してんだよ。俺が貸してやるって!」


 パブロが俺の肩に手を回しながらそう言ってくれた。本当にありがたいな……


「じゃあ、お言葉に甘えてもいいかな……?」

「おう! おすすめの宿に連れてってやるよ」

「本当にありがとう。そういえば三人はどこに住んでるの? 家を借りてるとか?」

「俺達は宿住まいだ。家を借りるのもいいんだが依頼で数日家に帰らないこともあるし、結局宿屋の方が安く済む。飯も出るしな」

「そうなんだ」


 宿屋の方が安くなるって不思議だな。それだけ家を借りるのが高いのか宿が安いのか。まだ物価なども全くわかっていない。冒険者登録の銀貨一枚もどの程度の価値なのだろうか。

 でもさっきのカレーとパンが四人で銅貨八枚ぐらいだったし、登録料はそこまで高くないのかも。いや、銅貨が何枚で銀貨になるのかもわからないか……


「そういえばトーゴ、初心者講習受けたいんじゃなかったか?」

「そういえばそうだった。どこで受けられる? 手続きとか必要?」

「トーゴさん初心者講習受けられるのですか? それでしたら私が受付いたします」


 リタさんは俺達の話を聞いてまた仕事モードに戻ったらしく、カウンターの中に戻っていった。


『ミルお疲れ様』

『ちょっと疲れました……』

『神界に帰ったら大きくなっていっぱい遊ぼうか』

『はい!』

「トーゴさん、どちらの初心者講習を受けられますか?」


 リタさんがそう言って一枚の紙を渡してくれる。そこには読み書き、魔法、礼儀、敬語、基礎知識、戦いなど様々な項目があった。うーん、俺はとりあえず戦いかな。魔法は初心者講習より本が欲しい。それはお金を貯めてからだろう。


「戦いでお願いします」

「かしこまりました。受講日はいつが良いでしょうか? 基本的に受講者が一人でもいれば毎日行っています」

「それなら明日でお願いします」

「では明日の午前九時からです。遅れずに来てください。あっ、時計は読めますか?」

「少しはわかりますけど、俺の村には基本的に時計はなくて……」

「田舎の村ではそうですよね。街は時計の時間で動いているので覚えておいた方が良いと思います。あちらに時計があってその下の紙に読み方が書いてありますので、ご確認ください」

「ありがとうございます」

「ではまた明日、お待ちしております」

「はい。遅れずに来ます」



 そうして初心者講習の手続きも終えて、俺はカウンターから離れた。


「皆、時計を見てから宿に行くのでもいい?」

「おう、もちろんだぜ。俺達はあっちに座って待ってるから覚えたら声かけてくれよ」

「分かった。ありがと!」


 パブロとそう話をしてマテオとサージも頷いてくれたので、俺は時計がある場所に向かう。

 冒険者ギルドに置いてある時計は、かなり大きめの振り子時計みたいなやつだ。近くで見てみると日本にあった時計と変わらないもので、一日は二十四時間だった。まあ、俺がそうなるように設定したから当たり前なんだけど。


『ミル、ちゃんと一日が二十四時間になってるみたい』

『良かったですね』


 あとは持ち運べる時計があったら楽だな。懐中時計とか売ってるだろうか。お金を貯めたらそれも買いたい。


『トーゴ様、カレンダーもありますよ!』

『え! 本当?』

『はい! こちらです』


 本当だ、日本のものとは少し違うけどカレンダーだ。これによると今は四月みたい。今この国はちょうど過ごしやすい感じの気温だから、四月というのは俺にとっても違和感がない。

 でもこのあと寒くなるのかも暑くなるのかも、それとも季節がないのかもわからないけど。その辺もだんだん分かってくるだろう。



 俺はとりあえず時計とカレンダーを見て色々と確認したところで、皆のところに戻った。


「トーゴ、時計は読めたか?」

「うん。村でもたまに見る機会があったから大丈夫みたい」

「そりゃあ良かった。じゃあ宿に行くか」


 そうして皆と冒険者ギルドを出る。ギルドに入った時はまだ昼って感じだったけど、外に出るとすでに夕方の雰囲気が漂っていた。少し肌寒いぐらいだ。


「そういえばトーゴの村では鐘が鳴ってたか?」

「鐘? 鳴ってなかったけど」

「やっぱりそうか。基本的に街では鐘が鳴るからその音で時間がわかるようになってるんだ。朝六時と昼の十二時、夜の六時の三回鳴るから覚えておくといい」

「そうなんだ。覚えておくよ」


 それは凄く便利だな。朝起きられるのか心配だったんだけど、鐘が聞こえるなら大丈夫だろう。……多分。


 そうして話しながら歩くこと十分ほど。大通りから少し路地に入ってしばらく進んだところに目的の宿屋はあった。中に入るとまだ八歳ぐらいに見える女の子が迎えてくれる。


「いらっしゃいませ。あっ、夜の星の皆おかえりー!」

「アナちゃんただいま〜」


 パブロが親しげに手を振ってそう返した。この女の子はアナちゃんって言うのか。この宿屋の子なのかな。


「あれ? その人新しいメンバー? それに従魔も!」

「そうじゃないんだが、新しく冒険者になった後輩だ。まだ宿が決まってないからここをおすすめしようと思ってな。従魔も一緒に泊まれるよな?」

「そうなんだ。もちろん従魔も一緒に泊まれるよ! お兄さんお名前は?」

「トーゴだよ。この子はミル」

「トーゴとミルちゃんね! じゃあここにお名前書いてくれる?」

「分かった。ここね」


 宿帳があるみたいだ。俺はそこに丁寧に名前を書いていく。

 まだ小さい女の子が仕事をしてるなんて凄いな。この世界は学校とかないのだろうか。皆の話を聞いてる限り読み書きをできない人も結構いるみたいだし、少なくとも義務教育などはなさそうだ。


「はい。これでいい?」

「うん! トーゴは何泊するの? 一泊食事なしで銅貨五枚、朝夜の食事付きで銀貨一枚だよ。従魔は同じ部屋なら無料だけど、食事は朝夜で銅貨五枚。お金は前払いだからね!」


 カレーとパンと比べると予想以上に安いな……いまいち物価が掴み切れない。でも日本と比べることもできないだろうし、この世界で暮らしてるうちに慣れるだろう。


 それよりも今の問題は前払いってことだ。お金持ってないし、とりあえず一泊食事なしにして明日お金が入ったらまた考えようかな。あっ、でも明日初心者講習で仕事できないかな? それなら二泊食事なしにしてもらうか……


「とりあえず三泊食事付きで頼む。従魔の食事も一緒に」


 そうして俺が悩んでいたら、マテオが横からそう口にした。


「えっ、前払いだよ? いいの?」

「問題ない。俺達もそこまで金欠ってわけじゃないからな」

「……本当にありがとう」


 最初にマテオ達に会えたのが奇跡だ。俺が作った世界でこうして良い人がいると凄く嬉しい。


「じゃあ三泊食事付きで銀貨三枚と従魔のご飯で銅貨十五枚だから……えっと、銅貨十枚で銀貨一枚だから、うーんと、合わせて……銀貨四枚と銅貨五枚だよ!」


 アナちゃんは一生懸命指を使って、計算して答えを導き出した。仕事で使う読み書きや計算はできる人が多いのかも。でも八歳ほどでできるのはかなり凄い。

 そしてアナちゃんのおかげで銅貨が十枚で銀貨一枚だと分かった。アナちゃんありがとう。


「銀貨四枚と銅貨五枚だ」

「一、二、三、四…………うん、合ってる。ありがと! お風呂とトイレは一階の奥にあるから使ってね」


 え、お風呂あるの!? この世界って予想以上に発展してるのかも。

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