第77話 一日目の朝

 朝起きると、ミルが小型犬サイズになって俺の隣でお腹を出して寝ていた。お腹を指先でくすぐると、くすぐったそうに少し動いてパチっと目を覚ます。


「ミル、おはよ」

「ふわぁ〜、トーゴ様おはようございます」

「このベッド寝心地良いよね」

「はい! ふかふかで最高です」


 ベッドから降りて窓の外を見てみると、今までと景色が違ってワクワクと心躍る。ナルシーナの街より朝から賑やかだな。


「朝ご飯を食べに行きますか?」

「そうしようか。お腹空いたなぁ」

「僕もです!」


 ミルが中型犬サイズに戻ったのを確認してから部屋のドアを開けると、ちょうどミレイアも部屋から出てきたところだった。


「トーゴ、ミルちゃん、おはよう」

「ミレイアおはよう」

「わんっ!」

「ふふっ、ミルちゃんは朝から可愛いねぇ」


 ミルはミレイアにぎゅっと抱きつかれてご満悦だ。


「ウィリーは下かな?」

「多分そうだと思う。ドアが閉まる音がしたから」

「じゃあ行こうか」


 階段を降りると、昨日の夜に夕食を食べた席でウィリーがイレーネさんと話をしていた。


「おうっ、皆来たか!」

「ウィリー、イレーネさん、おはよう。何の話をしてたの?」

「もちろん朝食の話に決まってるだろ! 今日はオムレツらしいぞ!」


 オムレツか……想像するだけでお腹が空くな。俺は中に色々と具材が入ったやつが好きなんだ。


「すぐ持ってくるからちょっと待っててな」

「イレーネさん、ありがとう」


 それから数十秒後に給仕されたお皿には、山盛りのポテトサラダと大きなオムレツが載っていた。さらに籠にはたくさんのパンが入れられている。


「凄く美味しそう」

「めっちゃ良い匂いだな!」

「お腹が空くね。オムレツが凄く綺麗」

『幸せな香りがします!』


 食前の祈りをしてからさっそくスプーンでオムレツを掬うと、熱々の湯気が立ち昇る。中には細かい肉や野菜がたくさん入っていた。俺が好きなタイプのやつだな。

 上にかかってる赤いソースと一緒に口に入れると……


「うわっ、めっちゃ美味い」


 口の中に幸せな美味しさが広がった。上に掛かってる赤いソースはケチャップよりも複雑な味だ。トマトベースだけどいろんな香辛料が入れられてるみたいで、凄く美味しい。本当にこの世界の料理は美味いな。


『トーゴ様、神界で食べたオムレツより美味しいかもしれません!』

『それ分かる』


 俺は苦笑しつつミルの念話に返事をした。神界で再現できるのは俺が地球で食べた記憶がある料理だけだから、よく覚えてるのはコンビニやファミレスの料理ばっかりで、凄く美味しい絶品料理って感じではなかったのだ。

 全部が一定の美味しさだからそれはそれで凄いんだけど、やっぱりより美味しいものを追求するとなると下界の料理に分配が上がる。

 

「本当に美味いな! もうおかわりしたい!」

「ウィリーはもう少しゆっくり食べなよ。美味しいのは分かるけどね」


 ミレイアのそんな言葉に、ウィリーは口の中にオムレツを詰めながら頷いた。そんなウィリーにミレイアは苦笑いだ。


「ウィリーは実家にいる時ってどうしてたの? 一人前で食べるのを止めてた?」

「ああ、一人前より少ないぐらいの時もあったな」

「それでも活動に支障はないんだ」

「そうだな……でもすっごく腹減ってたぞ」


 あの村の、さらにあの家族の状況では、ウィリーのお腹を満たすのなんて無理だったのだろう。だからあんまり筋肉がついてないっていうのもあったのかもしれないな。最近のウィリーは前よりもガタイが良くなった気がするし。


「イレーネさん! オムレツっておかわりできるか?」

「有料でいいならもちろんできるさ! どうする?」

「じゃあ二つ頼む!」


 ウィリーは俺達がまだ半分も食べ切ってない段階でオムレツを食べきり、一気に二つも追加で頼んでいる。本当に、この量のご飯がどこに入ってるのか不思議だ。


「ミルちゃん、美味しいね」

「わんっ!」



 そうして俺達は朝から賑やかな朝食を済ませ、少しだけ食休みをしてから宿を出た。路地を進んで大通りに出ると、大通りには朝から大勢の人達が行き交っていた。


「アーネストの街は凄いな」

「本当だよね。見てるだけで楽しいよ」

「屋台から良い匂いがしてくるな!」


 子供達だけで歩いてるグループもいくつかあるし、明るい時間なら治安もそこまで悪いわけではなさそうだ。


「まずは冒険者ギルドに行こう」

「おうっ! こっちだよな?」


 ウィリーが張り切って先頭を歩いていくのにミルが付いていき、その後に俺とミレイアが続く。


「この時間なら混んでないかなぁ」

「ちょっと遅い時間にしたし、そんなに混んでないはずだけど、初めての場所だから分からないよね」

「話を聞くのなら空いてないと大変だし、もし混んでたら空いてる時間を聞いて出直そうか」


 そんな会話をしながら歩いていると、すぐに冒険者ギルドに到着した。宿からは普通に歩いて十分ぐらいみたいだ。あの宿、立地面でも本当に当たりだったな。

 ナルシーナの街でもそうだったけど、路地に入ったところにある宿の方が思わぬ良い宿があるのかもしれない。


「じゃあ開けるぞ?」

「うん。お願い」


 ウィリーが少しだけ緊張したような面持ちでドアに手をかけ、意を決した様子でドアを開いた。すると中は……何人か冒険者はいるけど、昨日とは比べ物にならないほど空いていた。


「おおっ、このギルドってこんなに広かったんだな」

「ほんとだ……」


 昨日は人が多すぎて、もっと狭いと思っていた。ナルシーナの街の冒険者ギルドよりも一回りは確実にデカそうだ。

 皆で中に入ると、併設の食堂で食事中の冒険者グループに、興味深げな視線を向けられる。俺達は全員が冒険者の割に細身なので、逆にここでは目立つのだろう。ただほとんどの人がミルを見て視線を逸らすので、変な人に絡まれないのはミルのおかげなんだろうな。


「情報を聞くのって仕事受付?」

「多分そうじゃないかな……昨日の人がいるし、とりあえず行ってみようか」

「そうだね」


 そうして俺達は、少しだけ注目されながらも仕事受付に向かった。昨日手続きをしてくれた女性は俺達のことを覚えていてくれたみたいで、口元に微笑を浮かべて挨拶をしてくれる。


「皆様おはようございます。おすすめした宿は問題なかったでしょうか?」

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