第132話 アグート子爵家
次の日の朝。早くから起きて準備を済ませた俺たちは、獣車に乗って貴族街に向かっている。
「ちょっと緊張するね」
「エレハルデ男爵様の紹介だから怖い貴族じゃないだろうけど……高い身分の人に変わりはないから、礼儀はちゃんとしよう」
「そうだね。ウィリー、ちゃんと挨拶してね。男爵様の時みたいにタメ口はダメだよ」
「おうっ! もう挨拶は覚えたから大丈夫だ」
ウィリーは御者席で自信満々にそう言った。本当に大丈夫なのか心配だな……ウィリーのことだ、美食の話になったら敬語のことなんて忘れそうで怖い。
「ウィリー、そこの道路を右に曲がってね」
「分かったぜ」
それからいくつか街の中にある門を通って中心部に向かい、紹介状を提示して貴族街に入った。貴族街に入ると途端に街並みが綺麗で洗練されたものになり、歩いている人も数もぐんと少なくなる。
『メイドや従者のような格好をしてる人が多いですね』
『本当に貴族のための街って感じだ』
『少し緊張しますね』
『分かる……あっ、そうだ。もしアグート子爵家に従魔は入れないって言われたら、ミルは獣車で待っててくれる? 多分大丈夫だと思うんだけど』
『はい。もしダメと言われたら、リーちゃんとミールくんと待っているので気にしないでください』
ミルが笑顔でそう言ったのを聞いて、俺は安心してミルの頭を撫でた。今までの街は従魔が店に入れないってことはなかったけど、王都では高級店だとたまに入れない店があるのだそうだ。
そういうお店は選ばなければ良いけど、さすがに貴族家は入れなければ良いってわけにはいかないからな。
「トーゴ、ミレイア、この辺じゃないか?」
「えっと……多分右側にある三つ先の屋敷だと思う。門番さんに声をかけてみて」
「分かったぜ」
ウィリーがゆっくりと獣車を進め、止まったのは予想以上に大きな屋敷の門前だ。子爵家はこのぐらいの大きさが普通なのか、アグート子爵家が裕福なのか、どっちなんだろう。
ただエレハルデ男爵家も裕福そうだったから、その友達となるとこの家も儲かってる可能性が高いのかな。
「エレハルデ男爵様から紹介状をいただいてやって来た、冒険者パーティー光の桜華です」
ウィリーが必死に覚えた言葉を口にすると、紹介状を確認した門番が「少しお待ちください」と口にして敷地内に入っていった。
「こんなに立派なお屋敷だなんて、緊張するね」
「ちょっと予想外だな。エレハルデ男爵様の別荘と同じぐらいを想像してたから……」
『その倍は大きいでしょうか』
獣車の中でそんな話をしながら待っていると、門番が戻ってきて問題なく敷地内に入れてもらうことができた。
屋敷の近くまで獣車をゆっくりと進めると、執事みたいな格好をした男性が俺たちを迎えてくれる。
「光の桜華の皆様、ようこそお越しくださいました。こちらで獣車をお預かりいたしますので、お降りいただけますでしょうか?」
「分かりました」
獣車から降りると屋敷の全貌を見ることができ、思わず右から左へと視線を動かしてしまった。近づくとより大きく感じるな。
ミルが獣車から降りるのを躊躇っているのを見て、俺は男性に声をかけた。
「あの、従魔がいるのですが中に入っても大丈夫でしょうか? 難しければ獣車で待っていてもらいますが……」
「いえ、従魔も中に入っていただけます」
「そうなのですね。ありがとうございます」
『ミル、良かったね』
『はい!』
ミルが降りたところでリーちゃんとミールくんを他の使用人に預けたら、俺たちは男性に連れられて正面玄関から中に入った。
「旦那様は数十分ほどで時間が空きますので、それまで応接室でお待ちいただけたらと思います」
「分かりました。急に来てしまってすみません。あの、エレハルデ男爵様から私たちのことは……」
伝言が来ているのか確認したくて聞いてみると、男性は当然だと言うように頷いてくれる。
「光の桜華の皆さんのことは、把握しておりますのでご安心ください。旦那様も知っておられます」
「そうなのですね。教えてくださってありがとうございます」
それから応接室に案内されて、豪華な内装に恐縮しつつ待機していると……予定よりも早く、十分ほど待つだけでアグート子爵が応接室にやってきた。
アグート子爵はエレハルデ男爵とは違って、細身な体つきだ。
「待たせたかな。すまないね」
「いえ、お時間をとってくださりありがとうございます」
皆で立ち上がって子爵を迎えると、にこやかな笑顔でソファーを勧めてくれた。エレハルデ男爵ほどフレンドリーではなさそうだけど、普通に優しそうな人だ。
「君たちのことは聞いているよ。とても有望な冒険者だとか。五大ダンジョンに挑戦したいんだよね?」
「はい。クリアを目指そうと思っています」
俺がそう答えると、アグート子爵は俺たちの顔をじっと見つめてから笑みを浮かべ、ソファーの背もたれに体を預けた。
「君たちなら何か凄いことをやってくれそうだね。楽しみにしているよ。とりあえず五大ダンジョンの近くにあるアレリルの街に、宿を準備したからそこに滞在すると良い。半年分の料金は支払ってあるから、腰を据えて攻略に挑んでくれ。それからアレリルにいる代官にも君たちのことは伝えてあるから、何かあったら代官邸に向かうと良い」
エレハルデ男爵様から紹介してもらっただけで、そんなに高待遇をしてくれるのか。
凄くありがたいけど……それと同時に成果を上げないといけないというプレッシャーも感じる。
でもそのぐらいの方が良いか。俺たちは五大ダンジョンを制覇しないといけないのだから。
「ありがとうございます。ダンジョンクリアを目指して頑張ります」
それからアグート子爵とはしばらく雑談をして、最後におすすめの美食をいくつかお土産にもらって屋敷を後にした。
アグート子爵と話をして、王都観光で浮き立っていた気持ちが落ち着いたな。そしてその代わりに、ダンジョンを絶対にクリアしてやるという意欲が湧いてきた。
「皆、地獄の門のクリア、絶対に達成しよう」
「そうだね」
「おうっ!」
『もちろんです!』
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