第13話 緊急事態

 夕食後部屋に戻り、俺は今後どうするかで少し悩んでいた。一旦神界に戻るかこのまま下界にいるか。

 思いの外下界の居心地がいいのだ。でも一旦帰ったほうがいいかな……


「ミル、一旦神界に戻りたい?」

「僕はどちらでもいいですよ」

「そうなの? でもずっと小さくなってるの大変じゃない? この部屋じゃ流石に大きくなれないし……」

「……確かに大きくなれたらスッキリはします」

「じゃあ一度戻ろうか。そしてまた明日の朝帰ってこよう」

「いいのですか?」

「もちろん。一度帰ろうか迷ってたんだ」

「では帰りましょう!」


 ちゃんと戻れるかも確認しないとだし、一旦戻るのもありだよね。俺はそう決めて座っていたベッドから立ち上がった。

 確か戻るには神石を二回叩いて、神界に戻るって唱えればいいんだったはず。そう思い出しつつアイテムボックスから神石を取り出した。


「じゃあミル、戻るよ?」

「はい!」


 神石をしっかりと二回タップして……


「神界に戻る!」


 そう唱えた。…………あれ、何も起きない。


「ミル、手順間違えてた?」

「いえ、合っていたと思いますが」


 なんでだろう。二回タップできてなかったのかな? そう考えてもう一度同じことを繰り返す。


「神界に戻る!」


 何も起きない。え、何で? 何か間違えてる!?


「神界に戻る! 神界へ戻る! 神界へと戻る!」


 叩く回数を変えたり唱える言葉を変えても戻れない。何で、どうして。俺は血の気が引いて手が冷たくなるのを感じた。

 どうしよう。今すごく焦ってる。だって神界に戻れなかったらどうしようもない。下界からじゃ何もできないし、一生戻れないことにもなるんじゃ……


「ミル、どうしよう! 戻れない!」

「トーゴ様、一度落ち着かれてください。もう一度思い出してみましょう。神石を二回タップして、神界に戻ると唱えるのですよね。他に何か設定はしませんでしたか?」


 ミルにそう言われて少しだけ落ち着いた。でも何回思い出してもその二つしか設定してないはずだ。


「ミル、その二つしか設定してないよ……」


 俺がそう呟くと、ミルも困ったような顔をした。


「では、なぜ戻れないのでしょうか? 下界からウインドウを見ることはできないのですよね?」

「うん。下界からはマップしか見れないんだ」


 何でこんなことになってるんだ。やばい、今大混乱中だ。だって普通にいつでも戻れると思ってたのに。


「ミル、このまま戻れなかったらどうなるんだろ……」

「そうですね……、トーゴ様と僕は不老ですので、誰かの攻撃などで死ぬまでは下界で生き続けることになるかと」


 マジか……そんなの嫌だ。まだまだ神界も楽しみ尽くしてないのに! それに神界に戻れなかったらこの世界の調節もできない。

 せっかく神になったのに、このまま下界で一人の人間として生きていかないといけないなんて、そんなの嫌だ。しかも不老の人間なんて絶対に気味悪がられるし……


「ミル、どうしよう……」


 俺は泣きそうになりながらミルに抱きついた。するとミルは慰めるように俺の顔をぺろぺろと舐めてくれる。


「トーゴ様……」



 そうして俺もミルもどうすればいいのか分からず途方に暮れていると、急に頭の中に誰かの声が聞こえてきた。


『ふははははっ! 神城東吾、お前の世界は俺様がもらった。ふふっふははははっ! 暫くぶりに気分がいいぞ。神城東吾、感謝する』


 何この声……念話? それに世界はもらったって、こいつのせいで俺は帰れないのか? 俺はそう認識したらこの声の主に怒りが湧いてきた。


『お前は誰だ? 俺が神界に戻れないのと関係があるのか!?』

『お〜怖い怖い。そんなに怒るなよ。神台には俺の神石を置かせてもらったから、お前の神石が戻ることはないぞ。よってお前も神界に戻ることはない。ぎゃははははっ!』


 ……どういうこと? 今この世界の神界には誰かがいて、そいつが神石を俺の神台に置いたから俺が戻れなくなってるってこと? でも何で俺の世界の神界に知らないやつがいるんだよ。それにそれだけで帰れなくなっちゃうの?


 というかそもそも、それぞれの浮島って出入り自由だったのか。……その辺全く考えてなかった。

 でも侵入者の可能性なんて本にも一切書かれてなかったはずだけど……


『お前は誰だ?』


 俺は少しでも情報を得ようと冷静を装いそう問いかけた。


『俺か? 俺はアルダリティエフ様だ!』

『アルダリティエフだな。お前は何で俺の浮島にいるんだ? 自分の世界はどうした?』


 俺がそう問いかけた瞬間、アルダリティエフは怒りを露わにした。


『あいつが……あの世界の根源とかいう奴が、俺の浮島を奪い取りやがったんだ! それで変な木に磔にされて、気が遠くなるほどの時間あの場所にいた。あいつは、絶対に許さねぇ!』


 ……もしかしてこいつ、邪神なのかもしれない。

 確か世界の根源が、邪神は神の木に捕らえてあって絶対に逃げ出せないようにしてるって言ってたはず。こいつはそこから、逃げ出したのかな……?

 それでちょうど神界に人がいなかった俺の浮島に隠れて、俺から世界を奪ったってこと?


『お前、邪神なのか?』

『あいつにはそう呼ばれたな。だが、俺はアルダリティエフ様だ! 邪神なんかじゃねぇ。ちょっと世界を壊しただけで邪神呼ばわりとは、酷い話だろ?』


 いや、それが普通だから。世界壊してんじゃん! 

 というか待って、もしかしてだけど、神石を置いたら別の神でも世界を弄れるなんてことないよな……?

 せっかく頑張ってここまで作り上げたのに! 壊されるなんてたまったもんじゃない!


『アルダリティエフ、お前は俺から世界を奪って何がしたいんだ?』

『もちろん、また世界を壊したいに決まってんだろ! あの快感は忘れられねぇ。せいぜい下界で世界が壊れていく様をみてるんだな。ふははははっ!』


 ……やばい。これは本当にやばい。どうにかできないのか。というか、なんでこんなことになってるんだ。世界の根源は邪神が逃げたことには気づいてないのか!?


『そうそう、世界の根源の助けを当てにしても無駄だぜ。あいつはついさっき別の邪神を消滅させたところだ。一度力を使うとしばらく眠りにつくからな。そのタイミングで俺の木の力が弱ったみたいでよ、運良く逃げ出せたんだ。俺様天才だな』


 マジか……しばらくってどのぐらいだろう。神界でのしばらくだと、この世界では何千年とか普通にありそうな話だ。本当にどうすればいいんだ……


『まあ、あの忌々しい木に力を吸い取られ続けていたからな、俺様の力が戻るまで少しかかる。それまで精々下界での生活を楽しむんだな! ふはははっ!』

『おいっ、待て! まだ話は終わってない!』


 俺がそう呼びかけても、もうアルダリティエフに念話が通じることはなかった。


「どうしよう……」


 何でこんなことになったんだ。俺の頭は更に大混乱となっている。だって、マジで帰れないってことだよな……


 ダメだ落ち込むな。まずは情報を整理した方がいい。まずはあのアルダリティエフってやつが、何らかの方法を使ったのか運が良かったのか、神の木から逃げ出したってことだ。

 そしてちょうど目についたのか知らないけど、俺の島を隠れ家として選び、島の主人が帰って来れないように神台に自分の神石を置いて、俺が帰れないようにした。


 まずそんなことできるのかよ! 他人の世界を奪うなんて、そんなことが可能だなんて書いてなかったのに!

 というかあれだな。今まで邪神が逃げ出したなんて事件が起きたことないから、想定もされてないのかも。うわぁ〜、俺はなんて運が悪いんだ。


 多分あいつの神力は今の段階ではほぼゼロなのだろうから、これから世界を壊すとしても神台に神力を注いで自分のものにして、それからまた世界を壊すためにかなりの神力を消費することになるだろう。そう考えたら、多分何十年かは安全だと思う。


 その何十年の間に何とかできればいいんだけど……下界からなんて何もできないよな。もう諦めて下界で生きていくしかないのか……


 でも諦めたくない。どうすれば……

 そうして俺が悩みまくっていたら、ミルが顔をぺろっと舐めてくれた。


「トーゴ様、大丈夫ですか?」

「ミル……うん、大丈夫。大丈夫だよ。絶対何とかするから」


 俺はミルに勇気付けられてまた真剣に考え始める。この数ヶ月いろんな設定をしたけど、その中で何かしら突破口となるものはないだろうか。何かあるはず、何か……


 …………あっ!! 待って、一つだけあるかも!!


「ミル! 最後のダンジョンのクリアボーナスを神界への招待にしたよね!?」

「…………確かに、しました! それを使えば神界に戻れます!!」


 この世界にはいくつものダンジョンがあるんだけど、その中でも難易度が高いダンジョンが五つあって、そのクリアボーナスとして宝玉がもらえるんだ。そしてその宝玉を五つ集めて、ある大陸にある最難関ダンジョンに行くとダンジョンの入り口が開く。そしてその最奥にいる敵を倒すとクリアボーナスがもらえて、それを神界への招待にしたんだ。

 俺がそこをクリアすれば神界に行ける。神界に行けば体は依代じゃなくて神の体に戻るだろうから、邪神を倒す事も可能だろう。


 それだ、その方法しかない! 俺は少し希望が見えてきたことに気持ちが前向きになった。

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