第45話 困惑する使者

 カズマはオーモス侯爵の城館に宿泊して以来の、高級な部屋に尻込みしていた。


 正直、オーモス侯爵の城館よりも高級感がある。


 上級貴族相手の宿泊施設だから高級であっておかしくはないのだが、いくら手元の札がオーモス侯爵直筆のものとはいえ、かなりの特別扱いに、自分が泊まって良いものかと思う。


「……さすがに縮こまってしまうでござる……」


 カズマは大きな部屋の隅にあるソファーの一番端に座ると、リュックを置いて、荷物を広げる。


「ここでヘビン辺境伯に書状を渡して説得が出来れば、あとは他の中立寄りの貴族もツヨカーン侯爵を中心に一つになれるはず……。そして僕は王都に上り、中立派勢力貴族の書状を王家に届け、王家を支持する勢力として認めてもらえば、アークサイ公爵、ホーンム侯爵両勢力も下手な動きが出来なくなるんだよね?」


 カズマは自分にそう言い聞かせながら、イヒトーダ伯爵が描いた両勢力の争いを止める策がもうすぐ現実になると思うと少し心配にもなる。


 その立役者に自分がなっているのを言葉にしてみると、現実味に欠けたのだ。


 自分がやっている事の中心は安全に書状を運ぶ事である。


 確かに子供なりに活躍する場面も時折あったと自負するが、こんな活躍は前々世でもした事がないから不思議であった。


「……とにかく明日、ヘビン辺境伯に会う予約を取って書状を渡そう。全てはそれからだ」


 カズマは自分に言い聞かせて気合を入れるのであったが、ソファーの据わり心地が思いの外良かったのか、ベッドに辿り着く事なくそこで眠りに落ちてしまうのであった。



 こんこん。


 ソファーで一晩寝ていたカズマは、扉をノックする音で目が覚めた。


「カズマ様、お目覚めでしょうか? 申し訳ありません。今、ヘビン辺境伯様のご使者が参っておりまして、カズマ様への面会を求められています」


「……ん?……え?はい……?……!?──ちょ、ちょっと待ってください!」


 カズマはよだれを垂らして寝ていたので、慌ててそれを拭き、さらには旅装のままだったから、下着だけでもと着替え始めた。


 カズマはそれらを短時間で済ませると、隣の部屋にある応接室に向かった。


「お待たせしました。先程まで寝ていたので何も準備が出来ていなくて……」


 カズマは、申し訳なさそうに言いながら、応接室に入った。


 そこには、使者がすでに待機しており、カズマの姿を見て驚いている。


 まさか、七歳の子供とは思っていなかったようだ。


「……おほん。ヘビン辺境伯が貴殿に話を聞きたいという事で、城館までお越し頂きたいそうです」


 使者は一旦咳き込んで落ち着くと、用件を告げた。


「?それは構わないのですが、僕が誰か知っているのですか?」


「?──この宿屋に宿泊される方の事は事前に領主様に報告が行くようになっています。今回は最高級スイートにオーモス侯爵直筆の札を提示して宿泊された人物という事で領主様が興味を持たれた形ですが……、何か他にも事情がおありですか?」


「あ、そういう事ですか……!何も言っていないのに、使者の方が来られたので困惑しました。僕も、丁度、ヘビン辺境伯にはお会いして渡したいものがありましたので良かったです」


 カズマはようやく話に合点がいって納得した。


 これまで、これほど早い反応を示した領主などいなかったから、意味が分からなかったのだ。


「渡したいもの?一応、そう言ったものは事前に報告してもらいたいのですが」


「あ、ツヨカーン侯爵、オーモス侯爵からの書状なので直接お渡しします」


「……え!?──ツヨカーン、オーモス両侯爵の書状ですか!?」


 使者も思わぬ名前に驚いた。


 高級宿に泊まる人物だから、それなりの人物だとは思っていたが、それが七歳の子供で内心困惑させられ、さらにその口からさらに予想の上をいく名前が飛び出すとは思っていなかったから、当然である。


「はい。僕は両侯爵の使者として参りました。それでは少し支度しますので、それからヘビン辺境伯のところまで案内をお願いします」


 カズマはようやく寝起きから自分のペースを取り戻すと、使者に案内をお願いする。


「わ、わかりました。それでは表に馬車を待たせていますので、支度が済みましたら、そちらによろしくお願いします」


 使者も困惑から抜け出せぬまま立ち上がると、一足先に馬車のある表に戻るのであった。



 カズマは使者の用意した馬車に大きなリュックを背負った旅装姿で搭乗した。


「……カズマ殿は、ツヨカーン侯爵とはどのような関係で?」


 使者はカズマが隣領のオーモス侯爵の使者であるだけでも驚きなのに、遠く離れたツヨカーン侯爵の書状も持参しているという発言に、待っている間、話が結びつかずにいた。


「僕は元々イヒトーダ伯爵の使者でして……」


「はい!?」


 使者は増々困惑した。


 イヒトーダ伯爵といえば、ここからはツヨカーン侯爵領以上に遠く離れた僻地の領主だ。


 そんな遠くから七歳の子供が使者として、ツヨカーン侯爵、オーモス侯爵の書状を持参している意味が分からない。


「驚くのも仕方がないですよね。僕も何でこうなったと、前日、思いましたから」


 カズマは苦笑して使者の驚きに共感した。


「……わ、わかりました。いえ、全くわかりませんが、領主様にはどのようにお伝えすれば良いでしょうか?」


 使者もカズマをどのように扱い、紹介していいのかわからない。


「書状はツヨカーン侯爵、オーモス侯爵のものしかないので、その両者の使者である事をお伝えください」


 カズマも自分で言っていて相当変だなと思いつつ答えた。


「は、はぁ……。了解しました。それではそのようにお伝えしますが、詳しくは自らの言葉でお伝えください。私も理解出来ないのでそれ以上は説明出来そうにありません……」


 使者はカズマの存在に理解が追いつかないまま城館に到着し、馬車を降りてカズマを一旦応接室に案内すると、ヘビン辺境伯の元に到着を知らせに行くのであった。

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