第102話 チーム戦開始
カズマとアンは、母セイラの危機に、迷うことなく声を上げた。
カズマは観客の視線が皇帝に向けられている間に、剣闘場の舞台に『霊体化』を解いて姿を現していたし、アンは観客席から挙手すると、最前列まで駆けていき、下に飛び降りる。
これには観客も盛り上がりそうなものだが、挙手したのがまだ子供のカズマとその声から、まだうら若い女性のようだとわかって、歓声よりもどよめきの反応が大きかった。
それに、子供カズマに関しては、いつの間に剣闘場内に入り込んだのか誰も気づいていなかったから、さらにどよめく。
「ガキの方はいつの間に下に移動したんだ?」
「皇帝陛下に気を取られて俺も気づかなかったが、観客席から飛び降りたんだろう?」
「そうなのか? ……いや、そういう事だよな?」
観客達はカズマの急な出現にそう自分を納得させる。
それは皇帝とその取り巻きも一緒で、「どこから現れた?」という雰囲気になったが、皇帝がそれを口にしないので、誰もその事に言及しなかった。
そこでやっと、司会の男が、自分の仕事を思い出したように、
「おーっと! ここで、無謀な挑戦者が二人現れたぞ! これで三対三の試合が行えることになりました! ──皇帝陛下、これでよろしいでしょうか?」
と進行して、皇帝に確認を取る。
皇帝が、軽く手を挙げたのを合図に、観客席からようやく歓声が上がった。
「それでは、新たな参戦者二名の準備を待って、試合開始といたしましょう!」
司会進行が、そう告げる。
だが、すでにカズマの手には二本の槍が握られており、それを砂地の地面に突き刺す。
そして、武器収納から、刀を出して見せる。
アンも魔法収納から、自分の剣を取り出す。
「おっと、これは、珍しい能力持ちですね! 素人ではないようなので一安心です!」
司会進行の男は、カズマとアンが見かけによらず、準備万端なので素人ではないようだと解釈した。
対戦相手であるソードス達も楽勝ムードが漂っていたが、この二人の参戦で表情から笑みが消える。
「二人とも……。──久しぶりの再会もゆっくりできないのは残念だけど、協力して頂戴」
母セイラはカズマとアンの行動を咎める事なく、そう告げる。
「「うん!」」
カズマとアンは力強く頷くのであった。
「それでは、飛び入りの二人も準備万端のようですので、試合を開始したいと思います。──それでは、皇帝陛下誕生祭大会、メイン試合……、──始め!」
司会進行の男は、いつもなら試合を盛り上げる為に言う長い前口上も言わず、すぐに試合を開始した。
皇帝が早く結果を観たいという風に前のめりになっていたからである。
帝都最強の剣闘士ソードス・チームと女性仮面剣闘士アンチームの戦いはこうして火ぶたが切って落とされた。
お互い、開始と同時に斬りかかる愚は犯さない。
ソードスは自然と母セイラと向き合い、残りの二人はカズマとアンに対した。
二人は剣と盾というオーソドックスな装備である。
ソードスはそれに対して長めの片手剣一本だけ。
つまり、攻撃重視であとは動きで魅せるタイプのようである。
それは帝都の観客達はよくわかっているだろうが、帝都に来たばかりの母セイラとカズマは知らない。
ただし、この帝都の剣闘士のデビュー戦で試合中逃亡したアンは、ソードスの噂は聞いていたから、二人に情報をすぐに告げた。
アンはフードを深めに被ったままの姿なので、今のところ関係者には気づかれていないようだ。
お互いのにらみ合いは、観客の怒声によって破られた。
「早く斬り合え!」
「皇帝陛下が観戦されているんだぞ!」
「とっとと殺しあえ!」
その言葉に、ソードス陣営は敏感に反応すると、三人ともタイミングよく相手に斬りかかる。
カズマ達もそれに対して対応するが、三者とも違う行動になった。
母セイラはソードスの鋭い攻撃に剣で撃ち合いながら時に盾で受け流す。
アンは身軽に動き、相手の攻撃を躱しながら隙を見つけたら斬りかかるという感じだ。
そして、カズマは獲物である刀を下段に構え、上段から斬りかかる相手の剣を払いあげた。
この中で一番高級な武器を使用しているのはカズマであったのだが、その刀の質に違わぬ腕も備えつつあったから、その一閃のみで相手の剣は半分に折れてしまった。
「な!?」
カズマの相手だった男は、自分が一番楽な相手だと思っていたから、この太刀筋に驚いて背後に飛び退る。
そこに母セイラと斬り合うソードスが、魔法収納持ちなのか、武器収納持ちなのかとっさに剣を一本空間から取りだして、見向きもせずに剣を失った男に投げて渡す。
「助かりました!」
男はソードスに感謝すると、チャンスとばかりに距離を詰めて迫ってくるカズマにまた、斬りかかる。
カズマは武器を得てしまった相手にひるむことなく、また、刀を一閃させた。
しかし、今度は、火花を散らし大きな音をたてただけだ。
「さっきは安物の剣だったが、これはソードスさんの予備の剣。そう簡単に折れるかよ!」
男はそう言うと、斬りかかる。
さすがに、武器の差以外では相手もやはり、最強の剣闘士ソードスが選んだ仲間だ。
剣の腕は優れていた。
カズマは優位性を失って互角の戦いにもつれ込む。
その間、母セイラは最強の剣闘士ソードスの一振りが重い攻撃によく耐えていた。
「さすが、というべきなのかしら」
母セイラはそうつぶやくと、隙を見て反撃を試みる。
だが、それもソードスにとっては計算内であった。
いや、魅せる試合をする為に、あえて反撃の隙を見せていると言った方が正しいかもしれない。
それは母セイラも理解していたのか、その与えられた反撃のチャンスに奥の手を見せた。
「火炎剣!」
そう、魔力を込めた必殺剣だ。
相手が、油断している間に畳みかけようと繰り出したのである。
ソードスは目を剥いたがそれも一瞬で、ひと振り目をギリギリで躱し、
「面白くなってきたな!」
とニヤリと笑みを浮かべると、その手にした剣からも大きな火を噴いて、また斬りかかってきた母セイラの必殺剣を受け止めてみせた。
「俺のは火焔剣だ!」
ソードスは技名をそう告げると、今度は受けの立場から反撃に移るのであった。
そしてアンは、と言うと形勢不利に見えた。
相手は帝都でも指折りの剣闘士である。
アンは母セイラの下でカズマと一緒に剣の腕を磨いたが、スキルは『旅芸人』だ。
純粋な剣の腕ではかなうわけがない。
しかし、その差を埋める戦い方をアンは心得ていた。
それが暗器の使用である。
アンは右手に剣、空いた左手は忙しく動いて相手に何かしら投げつけていた。
それがただの小石で躱す必要もないと思いきや、その陰から投げナイフが飛んできたりする。
相手はギリギリで躱せたが、アンが油断のならない対戦相手である事は理解できた。
対戦相手の男はこの予想不能な戦い方をするアンにイライラする戦いを強いられる事になるのであった。
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