第101話 試合前の波乱
カズマは『霊体化』で会場上空を浮遊して試合を観戦していた。
しかし、メイン試合が迫ってくると、いてもたってもいられず、対戦相手の控室に様子を窺いに行ってみた。
控室の対戦相手は帝都剣闘場最強の男、ソードスをはじめ、一緒に戦う二人が綿密な打ち合わせをしていた。
「──とにかく要注意は女仮面剣闘士アンだ。相手はトラブルで一人欠けているからな。この有利を活かし、うまく立ち回るんだ。皇帝陛下の御前試合、すぐに終わらせるなよ?」
「もちろんだ、ソードスさん。その辺は剣闘士として見せ場は作らないといけませんからね」
「ああ。打ち合わせ通り、女仮面剣闘士はソードスさんがとどめを刺し、仮面を剥ぎ取ってから勝利宣言、ですよね?」
ソードスを上に見ている二人は頭を低くして確認する。
え? 一人欠けてるという事は、三対二で戦うのでござるか!?
カズマはこの会話に驚く。
最初からその予定だったのか、それとも母セイラの強さに警戒して急遽一人減らしたのかわからないが、不利なのは確かであった。
「ああ。あっちは犯罪奴隷上がりの剣闘士、容赦はいらないが、皇帝陛下に楽しんでもらうのが一番だからな。すぐに終わらせて機嫌を損ねられると俺達も今後、推してもらえなくなるから気をつけるぞ」
ソードスが二人に念を押す。
相手がいかに弱くても、激戦に見せるのがプロの剣闘士の見せ所という事だろう。
かと言って、負傷しないように立ち回らなければならない。
怪我をすれば治るまで収入がなくなるからだ。
その点、ソードスは帝都最強の剣闘士だけあって、うまく返り血を浴びてそれっぽく見せる技術も兼ね備えている。
それがまた、お客にウケるのだ。
「もちろんです。今日もうまい勝ち方をすれば、ソードスさんは人気、実力ともに帝都一から、帝国最強の座につく事になるでしょ? そして、その下にいる俺達も自ずと二番手、三番手になりますしね!」
「ソードスさんは元々伝説の剣聖カーズマン一振斎の弟子だったんですから、勝てる奴はいませんよ!」
二人はソードスをヨイショする事を忘れない。
なにしろ二人の指摘通り、ソードスはこの試合でその地位を確固たるものにするだろうから、ご機嫌は取っておかないと今後の剣闘士業界で生き残れないだろうからだ。
「当然だ。当時いた弟子の中でも俺に勝てたのは、破門されたサシムの兄弟子だけだったからな。そのサシムも今の俺には勝てないだろうよ」
ソードスは自信から不敵な笑みを浮かべる。
サシムって、父上、母上の命を狙った武芸者サシムの事でござるか!?
カズマは改めて驚いた。
サシムはカズマのゴーストサムライのスキル発動のきっかけとなった男だ。
あの男にお腹を斬られたのだから、忘れようがない。
そして、あのサシムは父ランスロットも母セイラも苦戦した相手である。
その男と互角かそれ以上だとすると、三対二でただでさえ不利なのに、母セイラがさらに危機に立たされる。
だが、その為の対応を考えている暇もない。
この後試合だからだ。
カズマはどうしたものかと、腕を組んで考え込むのであったが、一つの答えしか出てこない。
その時であった。
「ソードス殿、時間です。前室に移動してください」
という声が、係の者からかかった。
「二人とも、帝国最強の座を取りに行くぞ!」
ソードスはそう宣言すると、立ち上がる。
「「おお!」」
連れの二人も気合を入れると、前室へ向かうのであった。
「それでは、皇帝陛下誕生祭、特別大会のメイン試合を行います! ──まずは、挑戦者の入場!」
皇帝の席の傍にいる剣闘場の司会進行を行っている男が、そう宣言し、挑戦者、つまり女性仮面剣闘士アンこと母セイラと同じく地方から呼ばれた剣闘士が呼ばれる。
二人は別々の扉から入場してきた。
そして、お互い味方が一人しかいない事に困惑する。
観客席もその事に気づいてざわついた。
司会進行役はそれを気にせず、
「それでは、帝都剣闘場最強の剣闘士ソードスと、その仲間の入場です!」
と紹介する。
すると、やはりホームというところか大きな歓声が上がった。
ソードスを先頭に二人も一緒に一つの扉が出てくる。
そして、観客に手を振って歓声に応える。
「さあ、お気づきの方もいらっしゃるでしょう! 今回のメイン試合は、三対三のチーム戦です。しかし、挑戦者側の一人が病気で試合を放棄した為、二人しかいないのです。そこで、残念ですが、三対二の変則試合を行う事になりました。もし、この観客席の中に、帝都最強剣闘士ソードスのチームと戦って華々しく散りたい勇者がいたら挙手をお願いします!」
司会進行役は無茶なフリを観客に投げかける。
観客はほとんどが試合観戦を楽しむだけの素人だ。
進んで死を希望する者はいないだろう。
「……いらっしゃいませんか? ──陛下、三対二の変則試合でよろしいでしょうか?」
司会進行はシーンと静まり返った観客席に挙手する者が誰もいない事を確認すると、皇帝に確認する。
皇帝は無言で軽く手を挙げる。
OKという事だろう。
「ちょ、ちょっと待て! 俺はそんな話聞いていないぞ! 冗談じゃない。三対二で勝てるものか! 俺はこの試合、放棄するぞ! ──おい、扉を開けろ!」
母セシルと組んで戦うはずの剣闘士が、剣と盾を地面に放り出すと、自分が出てきた閉ざされた扉を叩く。
「その扉は勝敗を決した者にしか開かれない事はご存じでしょう?」
司会進行役がそう警告する。
「うるせぇ! こっちは犯罪奴隷の立場だったのを、帝国民権を得られると言われて、承諾したんだぞ! それも死んだら意味がない! 御前試合だか何だか知らないが、こんなバカげた試合やってられるか!」
男はそう言うと、扉が無理なら壁を伝って観客席のある所まで這い登ろうとする。
「これはいけない! 皇帝陛下を侮辱する者には死の制裁を! ──よろしいですか、陛下?」
司会進行役は大袈裟にこの発言を批判すると、皇帝に確認を取った。
皇帝は無言でこぶしを突き出し、その親指を下に向ける。
すると、会場の警備にあたっていた兵士達から矢が放たれ、剣闘士の男はハリネズミのようになって、地面に落ちて息絶えた。
「さあ、これは一大事だ。挑戦者がまさかの一人に! 観客のみなさんの中にこの女性仮面剣闘士アンに助力しようと思う猛者はいらっしゃいませんか!」
司会進行役はまたしても大袈裟に、参加者を募る。
だが、いるわけがない。
この皇帝誕生祭で敗者が死なないでいられるわけがない。
この大会において敗者は皇帝に慈悲を問わないといけないのだが、これまでの試合、全て親指を下に向けられている。
つまり「死」だ。
そんな大会で帝都最強の剣闘士相手の試合に挙手する者など、剣闘士の中にもいないだろう。
「「僕(私)が出る(わ)!」」
歓声にいつも包まれている剣闘場に異様な静寂が続いている中、それを切り裂くように男女の声が会場に響くのであった。
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