第100話 親子の作戦

 カズマは、母セイラに槍を贈る事が出来ないまま、アンのもとへ戻る事にした。


 そして一連の話をアンにする。


「……セイラおばさんが必要だというなら、必要なのよ。明日までは時間があるわ。何か送り届ける方法を考えましょう」


 アンはそう言うとカズマを励ます。


「……いや、最終手段はすでにあるよ。僕が『霊体化』して当日試合会場でお母さんに直接渡せばいいんだ」


「それだと、カズマの身も危険になるわ!」


 アンは『霊体化』を人前で行う事によって、カズマが満員の大衆達に知られる事になるのを心配した。


「お母さんはもっと危険な立場だからね。僕も腹をくくらないと」


 カズマは真剣な表情で決意を口にする。


「……わかったわ。でも、おばさんは槍使いではないよね? つまり別の使い方を考えているという事でしょ?」


「そうでもないよ。お母さんはほとんどの武器を使いこなせる人だから。──でも、アンの指摘通り、違う使い方を考えているとは思う……」


 カズマは一番ありえない最悪な場合を想像していた。


 それは自分も思いついた作戦だったからだ。


「どう使うつもりだと思うの、教えて? 私もそれに合わせて動くから!」


 アンはカズマの想像を問いただす。


「……多分、だよ? 多分……、皇帝暗殺だと思う」


 リューは王都郊外の近くに家がない森の中で、警戒からか声を落としてそう答える。


「!」


 アンは対戦する剣闘士チーム相手に奇襲か何かで使用すると思っていたから、想像を超える答えに返す言葉が出ないほど驚いた。


「……多分だから。……でも、槍を二本となると、そうとしか……」


「……なんで槍二本なら皇帝暗殺になるの?」


 アンは疑問だらけの答えに再度聞き返す。


「皇帝の特別席は、強い結界が張られているんだ。僕の『霊体化』でも、入れないような。さらに、物理防御結界も張ってあるから、槍を一本投じたところで結界に阻まれるのがオチだと思う。でも、お母さんの魔力を込めた一本目で結界を破壊できれば、二本目が皇帝まで届く可能性があると思うんだ」


 カズマはこの数日、試合会場である剣闘場をくまなく調べ、得ていた情報からその答えを出していた。


 皇帝を暗殺する事で、帝都を混乱させ、その間に南部でイヒトーダ領の人々が一斉蜂起して王国との国境を目指す。


 もちろん、帝都から南部まで距離があるから、連携しても意味がないように思えるが、帝都が混乱で動けなければ、敵の援軍はないという事だ。


 南部の帝国軍だけなら、国境を超えられる希望がまだあるというのが母セイラの読みだろう。


 それでも成功する可能性は低いのだが、カズマは南部で蜂起予定の仲間達の間を取り持ってきたから、それでもこちらで何ができるかを考えると、やはり、皇帝暗殺による混乱なのであった。


「……わかったわ。私も皇帝の特別席に近寄れそうな場所を確保しておくわね」


 アンも皇帝暗殺計画に参加する発言をする。


「ちょっと待って。アンは僕達が逃げ延びる為の準備をお願い。お母さんともし一緒に逃げる事になった時、安全な道の確保とか──」


「カズマ! ……はぁ。それ、私を巻き込まない為の方便でしょ? そのくらい私にもわかるわ。どれだけの時間を一緒に過ごしたと思っているの」


 アンはため息をつくと、カズマの嘘を見抜いて指摘する。


「……でも、捕まったら僕達、確実に極刑だからね? アンには無事、国境を越えてほしい」


「悲しい事言わないで。私はあの戦いで家族を殺されて、今はもう、カズマ達しかいないのよ? 私がどれだけ、あの時無力感に苛まれたかわかっているでしょ……? 二度とそんなことを言わないで!」


 アンは涙を浮かべて、カズマを叱責する。


「……ごめん。そうだね、ここまで一緒だったんだ、最後まで一緒だ……!──それじゃあ、アン。魔法収納に梯子を入れておいて。あの高い塀に覆われた剣闘場からお母さんがすぐに脱出できるようにね」


「わかったわ!」


 アンは涙を拭うと笑顔で承諾する。


 二人は死を覚悟した作戦を成功させる為、翌日に控えた母セイラの試合までにできる準備をするのであった。



 母セイラの試合当日。


 皇帝誕生を祝うこの大会もいよいよクライマックスという事で、この日の剣闘場は立見席までぎゅうぎゅう詰めとなる満席である。


 カズマは槍を二本手にしたまま、『霊体化』して会場の上で浮遊して様子をうかがっている。


 アンは予約席でフードを目深に被って本当は観ても楽しくない試合を観戦していた。


 とにかく今は、メインである試合まで我慢だ。


 アンは自分にそう言い聞かせてどこかに『霊体化』で浮遊しているであろうカズマを近くに感じながらひたすら試合が終わるのを眺めているのであった。



「……槍の贈り物が結局届かなかった……。それはつまり、カズマに何かあった、もしくは邪魔が入ったか……」


 母セイラは控室でそんな事を考え、カズマ達の心配をしながら自分の出番を待っていた。


 今回のメインである母セイラは対戦相手である皇帝最推しの剣闘士チームと三対三の対戦である。


 こちらは地方から集められた三人で顔を合わせる事なく今日になっていた。


 つまり、打ち合わせもできていないから、チームワークは皆無である。


 対戦相手はこの帝都の剣闘場で最強を誇る戦士達だ。


 日頃から顔を合わせているし、お互いをよく知っているから、チームワークもかなりいいはずである。


 それらを想像したら、地方から集めた剣闘士に勝たせる気がないのは明らかであった。


「女性仮面剣闘士アン。前室に移動しろ」


 そこに、試合が目前である事を知らせる声が扉越しに聞こえる。


「はい」


 返事をすると、扉が開き、試合会場の前室まで続く扉が全て開かれた。


 母セイラは深呼吸すると、控室から出て前室へと向かうのであった。

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