第99話 前日までの二人

 カズマは皇帝誕生祭が始まる日までの数日間、情報収集に努めた。


 その間、命の恩人であるアイスホークとも接触できないかと王都郊外の軍の訓練の様子を伺っていたが、それも無理そうであったから、母セイラ救出の為に知恵を絞るその一点に集中する事にした。


「やはり、救い出すタイミングは会場入りする前の搬送時か、試合終了後の搬送時だけかなぁ」


 カズマは集めた情報を基にアンと二人で剣闘場周辺の簡単な地図を作ってそれを床に広げて作戦を練っていた。


「そうね。会場内は皇帝の御前試合で一番厳戒態勢だろうから、どちらしかないと思う」


 アンもカズマの言葉に頷く。


「でも……、お母さんが生きて剣闘場から出してもらえる保証が無いよね。そうなると会場入り前だけど、そもそも、お母さんがどこから剣闘場入りするのかもわからないから助けようがないんだよなぁ……」


 カズマは情報を集めてもなお、救出作戦に目途が立たない事に、絶望的な気分になる。


「セイラおばさんなら試合にも勝利するわよ!」


 アンが励ます。


 カズマもその言葉に疑いは持っていない。


 しかし、対戦相手は皇帝が推している最強剣闘士である。


 誕生祭にその推しが負ける事など許すだろうか?


 カズマはそれを考えるとアンの励ましもむなしく感じる。


「……やっぱり、試合中にお母さんを逃がす方法を考えるしかないかも……」


 カズマはそうアンに対して提案する。


「それだと皇帝に恥をかかせた者として、会場から逃げおおせたとしても、さすがに帝都から出るのは不可能じゃない……?」


 カズマの案がいかに無謀なものであるかはアンでもわかるから、現実的な指摘をした。


「……僕達二人だけではやっぱり無理か……。でも、どうにかしてこちらで騒ぎを起こし、離れた南部のみんなには蜂起後王国側に逃げてもらう為にも、この帝都で少しでも騒ぎを大きくするしかないんだよね……。──そうなるとやっぱり最終手段に頼るしかない……、のかな?」


「最終手段って?」


「……いや、それに頼ってたら、元も子も無いから何でもない」


 カズマはアンの質問に対して言葉を濁す。


「……それをやる時はちゃんと言ってね? 私もそれに合わせて動かないといけないと思うし……」


 何か不吉なものを感じたのか、アンはカズマに告げる。


「……うん。わかった……」


 カズマはそう短く返事をするとそれ以上は話さないのであった。



 皇帝誕生祭が始まり、剣闘場もそれに合わせた催しがなされている。


 会場を水で一杯にして船を浮かべて海戦を模した剣闘や、軍団戦のような大がかりな剣闘から、剣闘士達対各種魔物との剣闘試合まであらゆる構成での試合が行われていた。


 連日これらは大好評で、帝都の剣闘場は満員御礼である。


 民衆達は一試合一試合に沸き立ち、歓声を上げ、現皇帝の誕生した日を称えた。


 まるで、隣国との戦争で大敗北を喫した事などなかったかのような盛り上がりである。


 剣闘場というものは民衆に娯楽を与える事で、不満をガス抜きする為のものであるから、それらは上手くいっていると言っていいのかもしれない。


 実際、帝国内には全国に剣闘場があり、どこも人気なのだ。


 その人気の頂点がこの帝都の剣闘場であり、この誕生祭期間はその集大成とも言うべき、大会になっている。


「それよりも某は母上とどうにか接触しないと……、でござる……」


 カズマは剣闘場周辺を『霊体化』で浮遊し、会場入りする剣闘士を搬送する馬車をチェックしていた。


 剣闘場周辺はこの期間中であるから、人に溢れ、中には目当ての剣闘士に会う為に会場裏の関係者出入口を張っている者も少なくない。


 と言うより、完全に出待ちしている者もいたから、搬送する馬車は出入りがかなり時間がかかる状況になっていた。


 時折、警備兵がそんな者達を追い払っていたのだが、ファン心理としては、警備兵こそ邪魔をするな! という状況であったから、あまり効果はなかった。


 強引に排除して、皇帝誕生祭に民衆の流血騒ぎになったら、警備兵こそ排除される可能性もあるから、なるべく穏便に済ませようとしているようだ。


 そんな中、大きな搬送馬車がその搬入口にやってきた。


 民衆は誰が乗っているかわからないから、名前を呼んで目的の剣闘士か確認する。


 カズマはそんな面倒臭い方法は取らず、『霊体化』したままでその搬送馬車の内部を覗きこんだ。


 そこには数人の剣闘士が大人しく乗っており、それと区別するように敷居があり、その奥に女性仮面剣闘士が一人座っていた。


「母上でござる!」


 カズマはすぐに外に出ると馬車に詰めかける中、『霊体化』を解き、その馬車の小さい窓にしがみつく。


「お母さん!」


 カズマはすぐに母セイラがいる場所の小さい窓越しに声をかける。


「カズマ!? よく聞いて! 槍を二本用意して私に差し入れて頂戴! わかったわね!?」


 セイラはそれだけ言うと、一緒に乗り合わせていた警備兵が小窓を内側から閉めてしまった。


「わかった!」


 カズマは大声で外から応じると、すぐに剣闘場の表にあるお店で女性仮面剣闘士用に槍の差し入れを二本購入して、商人に託す。


「あいよ。女性仮面剣闘士アンだね? 今回メインの皇帝陛下推し剣闘士チームの対戦相手か。この試合の付け届け料金は結構値段が張るよ?」


 商人は相手が子供のカズマでも遠慮する事無く高額な額を要求する。


「そ、そんな額、ないですよ!」


 カズマは持ち合わせている財産でも足りない額に、驚いて言い返す。


「じゃあ、無理だ。対戦相手への付け届けは今回かなり厳しくなっているからな。特に武器の類は相手に結構な額を握らせないと、OKが出ないからね。買った槍は持ち帰りな」


 商人はそう言うとカズマが購入した槍二本をカズマに渡して、去るようにと手を振る。


 カズマはぐっとこらえると、槍を手にしたまま、アンのもとに戻るのであった。

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