第60話 家族の危機

 カズマはイヒトーダ伯爵の使者として、各方面に書状を届け、援軍を乞う事になった。


 この子供使者はツヨカーン侯爵派軍ではすぐに陣営に通してもらえたが、王国軍、アークサイ公爵派軍、ホーンム侯爵派軍両陣営ではそうもいかず、守備兵に届けてくれるように言って手渡すと帰路につく事にした。


 その間、カズマの移動時間にすると四日程。


 同じ西部地方とはいえ、各地で戦っている軍だから、移動先を予想して追いかけ届けるという手間があるので、カズマの『霊体化』が無いと日数が倍以上は掛かっていたところだ。


 だがカズマは十一歳になって体も大きくなり、体力も付いてきているから、多少の無理が利くようになっていた。


 だから帰りは休憩を挟む事なく『霊体化』したままイヒトーダ伯爵領に戻る事にした。


 時間は夕方過ぎ、日はほぼ落ちかけていたが、夕日が上空を赤く染めている。


「さすがに夕飯には間に合わないでござるな……。領都の食堂に寄ってそれがし用のご飯を買って帰るでござる」


 カズマは伯爵領に入ってその赤く染まった上空をそのまま浮遊して進むでのあった。



「……他はもう暗いのに、領都上空だけ赤く染まっているでござるな?」


 領都方面に視線を向けると、カズマの指摘通り、領都の上空は曇が掛かっている為か何やらそれが赤く照らされていた。


 カズマは不吉な予感がして領都に向かって飛び続けると、途中の家々が燃えている。


 そして領民が悲鳴を上げて逃げていた。


 それを追う兵士。


「敵軍でござるか!?」


 カズマは、暗がりで逃げ惑う領民を追いかけ回す剣を握った兵士に目を凝らす。


 するとそれは、味方であるはずのアークサイ公爵派軍を示す、赤い軍装であった。


「どういうことでござるか!?」


 カズマは理解が追いつかない中、兵士に領民が斬られそうになっていたので、『霊体化』を解いて、助けに入った。


「暗闇から突然現れた!?」


 兵士達三名は突如現れたカズマに驚く。


 その間に、カズマは最近使う事を許可されたばかりの長い方の刀、長刀を武器収納から取り出して抜くと、目にも止まらぬ動きで三人の兵士を斬り捨てる。


「大丈夫ですか!?」


 カズマは斬られかけた自分と同じくらいの年齢の男の子に声を掛ける。


「……大丈夫じゃない。父さんも母さんもあいつらに殺されちゃったよ……」


 助けた男の子は、必死に泣かないように堪えているのがわかったが、カズマに助けられてその目から涙がボロボロとこぼれ落ち始めた。


「ここから東に逃げるんだ。東はまだ、安全だから!」


 カズマはそう助言すると、武器収納に長刀を戻し、それに代わって脇差しを抜き、さらに続ける。


「──今は泣いている場合じゃないよ。東に逃げて他のみんなにこの事を知らせて!」


 カズマは男の子にそう伝えると、次の瞬間には手にした脇差しをお腹に突き立て、その場から消え去るのであった。



 そこから領都までは地獄絵図であった。


 もう、カズマが一人一人助けるどころの騒ぎではなく、敵の兵隊が部隊単位で略奪して回っていたからだ。


 カズマが確認できたのは、アークサイ公爵派軍だけでなく、ホーンム侯爵派軍も加わっている。


「……なんでモブル子爵領で敵軍と戦っていなければならないはずの両軍がイヒトーダ領内を荒らしているでござるか!」


『霊体化』したままのカズマは憤りながら、領都に到着した。


 領都は赤く燃えていた。


 上空が赤く見えたのは、領都が燃えてその火が上空を照らしていたのだ。


「本当に何が起きているでござるか……? 母上は? アンは無事でござるか!?」


 カズマは急いで領都郊外の自宅に急いで戻る。


 しかし、到着した家はすでに燃えていた。


 十一年間の思い出が詰まった家が、焼け落ちようとしている。


「母上は!?」


 カズマは『霊体化』したまま、燃える家の内部を確認の為に飛び回るが、母セイラの姿はない。


 姿が無いという事は無事という事だ。


 それだけがカズマにとって不幸中の幸いである。


 カズマは上空に浮かび上がると周囲を観察した。


 幼馴染のアンの家の方もすでに火が上がっている。


 そして、その燃える火に照らされた人影を確認できた。


 カズマがそちらに向かうと、その途中の林で、


「おばさん!」


 という声がする。


 アンの声だ。


 カズマがその林に急行すると、そこには母セイラがアンと一緒にホーンム侯爵派軍を示す青色の軍装を身に纏った兵士の一団が取り囲むように戦っている。


 周囲には兵士達の死体が沢山転がっており、それらが母セイラとアンによるものだという事は察する事が出来た。


 カズマが助けに入ろうとした時である。


 母セイラがアンを庇って背中を斬られた。


「母上!」


 カズマは『霊体化』のまま叫んで、母セイラに手を伸ばす。


 その時であった。


 カズマの『霊体化』した体が強い光を発する。


 前世で言うところの霊的な現象の一つであるオーブ現象による発光というところであろうか。


 その強力な光に周囲の兵士達は目をやられる。


「め、目がー!」


「ぎゃー!」


「何が起きたんだ!?」


 兵下達が悲鳴を上げ顔を手で覆って苦しむ中、カズマは『霊体化』を解き、母セシルとアンの手を取って囲みから脱出する。


「「カズマ!」」


 母セイラは背中に大きな傷を負っていたが、よく見ると他にも大小の傷を負っていた。


 アンはカズマが現れた事で目にいっぱいの涙を溜めている。


 カズマはアンと二人で母セイラを挟んで肩を貸し、その場を去るべく急いだが、目くらましがいつまでも続くわけがない。


 そして逃げる先にも兵士達がいた。


「セイラ・ナイツラウンドがいたぞ!」


 という声が上がる。


 どうやら目当ては最初から母セイラのようだ。


 兵士達は母セイラを討ち取る為に包囲しようとする。


「カズマ、アンちゃんを守って逃げなさい! 男の子でしょ!」


 母セイラはそう告げるとカズマとアンを押して自分から離れさせた。


「……」


 カズマは母セイラの覚悟を感じずにはいられなかった。


 その目が死を覚悟しているのを、察する事が出来たからだ。


「おばさん!」


 アンもそれを感じたのか涙を流している。


 カズマはアンの手首を掴んで引っ張って走り始めた。


 背後で、剣が交わる音が鳴り響く。


 カズマは母セイラの言いつけを守るべく、ひたすらアンの手を取ってひたすら走るのであった。

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