第59話 平穏から争乱へ(第二部)

 アルストラ王国内を二分したアークサイ公爵派とホーンム侯爵による争いは第三勢力であるツヨカーン侯爵派の登場で終結し、その後三つ巴の形で均衡を保つ事となって三年が経過していた。


 しかし、その均衡も突如崩れる事となる。


 それは隣国のクラウス帝国によるアルストラ王国への突如の侵攻であった。


 国内情勢はこの三年で大分落ち着き、安定する方向に向かっていたが、国境を接するクラウス帝国にとってはそんな事は関係ない。


 というより、アルストラ王国が安定に向かっている事に焦っての侵攻である。


 このクラウス帝国は、アルストラ王国を二分する争いにほくそ笑み、弱ったところで漁夫の利を得るつもりで様子を窺っていたのだ。


 それが突如、降って湧いたような第三勢力によって、アルストラの内戦はあっけなく止まってしまった。


 クラウス帝国はそれでもまた、争いはすぐ起きるだろうと様子を窺っていたのだが、その気配はなく、それどころかアルストラ王国は体力を取り戻し始めたから、手が付けられなくなる前に他国と示し合わせて西部地方を奪い取る為の侵攻を始める事になった。


 アルストラ王国にとっては寝耳に水であり、この電撃的な侵攻に慌てふためいたのだが、驚く事に国内三大勢力のアークサイ公爵派、ホーンム侯爵派、ツヨカーン侯爵派はお互いいち早く情報を交換すると、すぐさま一致団結して迎え撃つ事になった。


 これは、ツヨカーン侯爵派で西部地方の辺境領主であるイヒトーダ伯爵がすぐに反応してカズマを使者に立てた事が大きかったのだが、その使者であるカズマに注目する者はツヨカーン侯爵以外いない。


 誰もが注目するのは、隣国の侵攻をどう防ぐかであったからだ。


 だがツヨカーン侯爵派のこの速い対応に先手必勝のはずであったクラウス帝国の電撃作戦をもってしても、情勢はすぐに拮抗した。


 クラウス帝国の同盟国も軍を出した事で、国内の各地域が戦場になっていたが、どこも一進一退を続ける事になる。


 兵力ではアルストラ王国が不利であったから、かなり善戦していると言っていいだろう。


 その一つの例に、クラウス帝国軍の本体を迎え撃つべく先陣を切っていたカズマの父ランスロットが代理で率いるツヨカーン侯爵派軍の活躍があった。


 クラウス帝国と同盟軍は合計三方向から軍を出して進攻していたが、帝国主力軍がランスロットの活躍で何度も手痛い目に合って、侵攻を阻まれていたのだ。


 その為、他の二軍も思うように動けず、王国主力軍、アークサイ公爵派軍、ホーンム侯爵派軍の混成軍によって、西部地方の浅いところで進攻を阻まれていた。


 その為、両軍停滞気味になり、クラウス帝国軍も侵攻を諦め、撤退するのではないかと噂が広まり始めた頃のイヒトーダ伯爵領内。


 長い銀髪を後ろで結び、赤い目のカズマは母セイラの下、幼馴染である赤毛に青い目を持つ近頃ではとても美人になったと評判のアン(十五歳)と十一歳の誕生日を迎えていた。


「戦争ももうすぐ終わりそうだね。お父さん、早く帰ってこないかな」


 カズマの『霊体化』でツヨカーン侯爵や王家に敵の侵攻をいち早く知らせた事で活躍したカズマも今は、自宅で父ランスロットが帰ってくるのを心待ちにしていた。


 カズマの住むイヒトーダ伯爵領は幸いな事に、敵であるクラウス帝国にとっては、侵攻路には入っていないから同じ西部地方にも拘わらず、辺境という事で比較的に平和であった。


 その為、領内は守備兵以外出払っている。


 ここが敵を苦しめているランスロットの故郷と知られれば、もしかしたら侵攻の対象になったかもしれないが、この辺境の地は恵まれているとは言えないから、侵攻に兵を割くだけ無駄と思われているようだ。


 どちらかと言えば、隣のアークサイ公爵派であるモブル子爵領の方がその価値はありそうではある。


 この数年、土地は豊作で肥えていたので、イヒトーダ伯爵より偉そうにしているくらいだ。


「あの人が帰ってくるのはもうすぐかもね。手紙では帝国に奪われていた土地も結構取り返し始めているみたいだから」


「ランスロットのおじさん大活躍ね! カズマも伯爵様の使者として頑張っていたし、二人共凄いわ」


 幼馴染のアンは何も出来ていない自分と比べて羨んだ。


「僕は手紙を運んだだけだから」


 カズマは笑って応じる。


 そこに領主であるイヒトーダ伯爵の伝令が駆る馬の足音が家へと近づいている事にいち早く母セイラが気付く。


「……早馬がこちらに向かっているみたい」


 セイラが首を傾げて息子であるカズマに伝える。


 そこに母セイラの言う通り、自宅の前に馬の足音が聞こえて止まり、それと同時に馬のいななきが聞こえてきた。


「セイラ殿、カズマ殿、御在宅でしょうか! 領主様よりお願いがあって参りました!」


 母セイラは親子で指名されたので、カズマを連れて玄関に行く。


 そこには使者が荒い気を整えながら、待っていた。


「先程、隣のモブル子爵領に帝国軍が侵攻してきたとの報が届き、カズマ殿にツヨカーン侯爵宛ての書状を頼みたいそうです!」


「わかりました! ──お母さんちょっと行ってくる!」


 カズマはもう慣れたもので、部屋の棚の上にある自分専用のリュックを背負う。


「気を付けてね」


 母セイラは慣れたもので、一言声を掛けて頷く。


「カズマ、無理しないのよ!」


 幼馴染のアンもそう言うと送り出した。


「うん!」


 カズマはその言葉に元気よく頷くと、武器収納から脇差しを取り出し、それをお腹に突き立てる。


 伝令はギョッとするが、母セイラとアンは見慣れたのか手を振っていた。


 カズマはハラキリと共にその姿が『霊体化』すると一瞬で消えてしまう。


 カズマはその『霊体化』した姿でイヒトーダ伯爵のいる領都の館に向かうのであった。

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