第58話 平和の訪れ
カズマを誘拐した男は、どこかの貴族の使用人であった。
使用人は独り言をぶつぶつ言いながら、歩いている。
「……あのガキが怪しいと言っているのに、なんで信用してもらえないんだ! ……私でさえ、使者として門前払いされたのに、オーモス侯爵がわざわざただの子供と会うわけがない。それに目の前から突然消えるような能力の持ち主だぞ? あのガキは今回の中立派貴族勢力誕生に何かしら関わっているはずなのに……!」
使用人は自分の主君にカズマの報告をしても信用してもらえず、それが不満のようだ。
「意外に鋭い指摘でござる……」
カズマは子供に暴力を振るうただの失礼な男だと思っていたが、鋭い観察力も持ち合わせているようだ。
だが、その子供を誘拐して、上司の屋敷の地下に閉じ込める時点でかなり頭が悪いのも確かであるが。
誘拐はこの使者の独断のようだが、中立派とは相いれない勢力であるのは確かだ。
そうなるとアークサイ公爵派かホーンム侯爵派のどちらかだろう。
これはカズマが騒いで表沙汰にしても、勢力間の揉め事になる分、悪い事にしかならなそうだ。
かと言って、黙って帰るのも癪である。
カズマはやはり、この使者の男の主人を確認し、嫌がらせの一つでもしてから帰ろうと思うのであった。
カズマは自分を閉じ込めている部屋には戻らず、そのまま、この屋敷の主を探す。
この広い屋敷で探すのは少し手間かもしれないと思っていたが、意外に見つけるのは簡単だった。
丁度、応接室で来客の対応をしていたのだ。
そこで名前も呼ばれていたから、あっという間であった。
名は、デギスギン侯爵。
来客していた貴族の美辞麗句通りなら、ホーンム侯爵の盟友であり、知恵袋らしい。
その黒い眼光は一見鋭いが、相手貴族の言葉には笑顔で謙遜し、その態度には驕りがない。
「それではホーンム侯爵様には、当家がいつでも馳せ参じるとお伝えください」
来客貴族はそう伝えると応接室を出て行った。
それを確認すると、
「中立派勢力が出来て、アークサイ公爵派との休戦が決まってから言われても……、な?」
とデギスギン侯爵は先程までの笑顔が消え、背後に立っている執事に声を掛ける。
「左様で」
「まあ、アークサイ公爵派や中立派に行かれるよりはマシか。──そう言えば、北部の使者に出していたバンカンはどうした、帰ってきたのだろう?」
「はい。ですが、成果は中立派が出来た通りです。オーモス侯爵には会う事すらできなかったようなので、𠮟りつけておきました」
「バンカンは馬鹿だが観察眼はある。無理とわかっていても使者に立てたのは、オーモス侯爵の様子を窺う為だ。何か参考になるような事は言ってなかったのか?私の読みだと死も間近だと睨んでいたのだが」
「バンカンは門前払いされたようです。ですから、オーモス侯爵の様子は全く分からずじまいです」
「……門前払いか。それなら、死も間近だった可能性があったと思うのだがな。それが一転、中立派勢力に参加とはな……。──他には?」
デギスギン侯爵は報告に何かまだ物足りないのか、執事に思い出させようとする。
「他には……、そうですね……。──これはバンカンが自分の面子を保つ為に言い出したホラだとは思うのですが……。中立派勢力結成の裏で子供が動いていると」
「子供?」
「はい。年端も行かぬ子供が、オーモス侯爵邸に出入りしているのを見かけたそうで、その時の子供を王都で見かけ、先程捕らえて連れてきたと言っていました。ですから、その行為でも叱りつけ、内々に処分するように言い渡しておきました」
「……子供……? バンカンはオーモス侯爵領から真っ直ぐ帰ってきたばかりのはずだろう? その目撃した子供が王都にすでにいるというのも不思議な話だ。そんな荒唐無稽と思える嘘は、いくら馬鹿のバンカンでもするまい。……何か気になるな。殺す前にその子供とやらに一度会っておこう。連れて来い」
デギスギン侯爵は来客貴族に対応していた時の表情とは打って変わって、ぞっとするような冷徹な表情と声色になっていた。
「……これは、下手にちょっかいを出さない方がいい相手かもしれないでござる……」
カズマはデギスギン侯爵が、ただの貴族ではない事をその表情から理解した。
そして、自分の存在を一笑せず、少ない情報から分析する、勘も鋭い相手というのは厄介だとも思うのであった。
「これはバンカンとやらへのお礼参りをすると、裏目に出そうでござる。三十六計逃げるに如かず、ここは素直に退散するでござる」
カズマはそう言うと、『霊体化』したままデギスギン侯爵邸を飛び出し逃走するのであった。
その頃、優秀な?観察眼を持つ馬鹿なバンカンは、閉じ込めていたはずの部屋にカズマがいないので、慌てふためいていた。
誘拐しておいて逃げられたとあっては、今度こそ首を切られる可能性がある。
もちろん、見張りのせいにするという策もあるが、それは以前、同じ様な事をしてすぐ気づかれ、厳しい叱責を受けた記憶があった。
「……よし、殺した事にする。いいな?お前もそういう事にしておかないと、消されるぞ?」
バンカンは見張りに失敗した男を口止めする。
そこへ、執事から命令を受けた使用人の一人がやって来た。
「バンカン殿。誘拐した子供を連れてくるように、と執事殿がおっしゃっています」
「こ、子供はすでに締め殺して、今から遺体をどう処理するか相談をしていたのだが……。遺体で構わないなら、今から持っていくがどうする?」
「!──いえ、執事殿の話だと、侯爵様が子供から話を聞きたいと仰ってたようですので、すでに死んでいるならそれは不要でしょう。執事殿には、遺体を処分するところだとお伝えします」
使用人はそう応じると、執事の元に知らせに戻るのであった。
「……ふぅー。助かった……。だが、あのガキ、どこに消えたのだ……。いや、この事は忘れよう。そうでないと俺の命が危ない。それに子供が警備隊に訴え出たとしてもこちらが嘘だと否定すればそれまでだろう」
バンカンはそう自分と見張りを納得させると自室に戻っていく。
こうして、ホーンム侯爵の右腕である切れ者のデギスギン侯爵に、その存在をこの時間一髪知られる事なく、有耶無耶になった。
それを知らないカズマは侯爵の追っ手を恐れて急いで帰郷の準備を終えると、誘拐被害を訴え出る事無く、翌日には王都を離れる事にした。
平民の子供が警備隊に訴えても、相手は上級貴族である。
そんな相手に進んでこちらの名前と顔を明かすような真似は、リスクしかないからだ。
カズマはそう考えると、こちらの正体が知られる前に王都を逃げるように去るのであった。
アークサイ公爵派勢力とホーンム侯爵派勢力によって、国内を二分した王国の内乱は、第三の中立派勢力結成という電撃的な出来事で収まる事になった。
その裏側に、一人の子供が陰の立役者となっていた事を知る者はほとんどいないまま、王国に一時的な平和が訪れようとしている。
カズマはそんな中、『霊体化』で故郷であるイヒトーダ伯爵領の家族の元へと帰るべくふわふわと空を飛んで帰路につくのであった。
それから三年あまりが経過した──。
国内は未だアークサイ公爵、ホーンム侯爵、そして中立派ツヨカーン侯爵の三勢力によって平和が保たれ続けている。
その平和をもたらした陰の立役者、カズマは十一歳を迎え、その間、家族と共にイヒトーダ伯爵領で平和の日々を過ごしていた。
そう、あの時までは……。
一部 完
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