第57話 帰郷の準備

 王子との正式な面会から数日後。


 カズマは帰郷の準備の為、王城の城下街に買い物に出かけた。


 ここまでの旅で慎重に守りながら運んでいた書状もないし、気楽な雰囲気で出かけられるのは久しぶりの事である。


「はぁー。城外のアークサイ公爵軍、ホーンム侯爵軍も兵を引き上げる方向で話が進んでいるらしいし、帰り道はゆっくり行こうかな?」


 カズマは王都までの道中、とにかく先を急ぐ旅であった。


 だから観光はおろか、他所の街の雰囲気を味わう余裕はろくになかったから、国内最大の王都の城下街には圧倒されながらも楽しむ事が出来た。


 カズマは途中、両親と幼馴染であるアンへのお土産を考えながら、露店の串肉を買ってそれを頬張っていた。


「坊や、もしかしてオーモス侯爵領で俺と会わなかったかい?」


 不意に馬車から声を掛けられた。


「どちらさまですか?」


 カズマは思わず、否定せずに聞き返した。


 北部地方のオーモス侯爵領だと、相手は丁度、自分がオーモス領都に到着したくらいのタイミングであろうか?と思い、オーモス侯爵の関係者かもしれないと考えたのだ。


「やはり、そうか! 少し、乗ってくれるか。話があるのだ」


 馬車の内部からそういう声が聞こえると扉が開く。


 カズマがさすがにそれは無いとばかりに後ずさりしようとすると、背後から袋を頭に被せられ、強引に馬車に押し込まれる。


「よし、出せ!」


 馬車の搭乗者は短くそう言うと馬車を走らせるのであった。



 カズマは袋を被せられ、動きを封じられたまま、いきなり誘拐された事に困惑していた。


 書状を持っていた時ならいざ知らず、今は役目を終えて帰郷するのみである。


 誘拐される意図が分からなかった。


 誘拐前の記憶を振り返るとその高級感から馬車の持ち主は、貴族のものと思える。


 中立派貴族が自分を誘拐するとも思えないし、そうなると対立貴族だろうか?


 だが、その対立貴族は自分の存在を知るわけがない。


 そもそも接触した覚えがないのだ。


 だから、誘拐するわけがない。


 だが、自分を知っていて声を掛けて来たから、顔見知りなのは確かだった。


 カズマはそこまで考える事が出来たが、それ以上は情報が少なすぎて答えが出ずに考え込むのであった。



 しばらく馬車に揺られていると、王都の雑多な生活音は遠ざかり、閑静な場所に連れてこられたようだとカズマは音だけだが判断できた。


 馬車が止まり、カズマは乱暴に担ぎ上げられると、外に出される。


「見張りを付けて部屋に閉じ込めておけ」


 馬車で声を掛けて来た男の声がすると、カズマを担ぎ上げた男は短く返事をしてカズマを運ぶのであった。


 どこかの建物に入り、地下に降り、部屋に閉じ込められたのは音と臭いと空気でわかった。


「大人しくしていれば、殴られずに済む。誰か部屋に入って来る時は、袋を被って相手の顔を見るな。さもないと死ぬ事になるぞ」


 男はカズマを乱暴に床に降ろすと、そう脅しをかけて手足を縛っていた紐を解き、部屋を出て、扉の鍵を閉めた。


 カズマは一時、袋を被ったまま、室内の音を探り、もう大丈夫そうだとわかると袋を外した。


 地下に運ばれたのはわかったから、牢屋だと思っていたが、そうではないらしい。


 室内には明かりがあり、机や椅子もある。水差しもあった。


 壁紙も綺麗であった。そして部屋には扉が二つあり、一つはトイレ、二つ目は外への出入り口のようだ。


 当然ながら地下だから、窓は無く、小さい換気口くらいしかない。


 だから、普通に考えると逃げる術はない。


 しかし、カズマを拘束しなかったのは誘拐犯の致命的ミスだ。


 これなら、逃げられる。


「でも、誰が誘拐したのだろう?」


 カズマはそれだけが疑問であった。


 逃げるのはいつでもできるが、誘拐犯を知りたい。


 どこの誰が、幼い?八歳の少年を誘拐するのか。


 それも、顔見知りの犯行だから、なおの事、犯人が誰か知りたいのであった。


 カズマはそう考えると、武器収納から脇差しを取り出す。


「まずはここがどこで、誰の差し金か調べる」


 そうつぶやくと、脇差しをお腹に突き刺し、『霊体化』するのであった。



『霊体化』したカズマは、地下室の扉をすり抜けると、一人の男が退屈そうに椅子に座って欠伸をしていた。


 カズマの見張りだろう。


 この男がカズマを気にして部屋を覗いたら、すぐに逃げたのがわかるが、それはそれで相手に動きがあるだろう。


 そうなると騒ぎの中で主犯がわかるかもしれないから問題はない。


 カズマは地下を抜けて地上に出ると驚いた。


 そこはすぐに上級貴族の屋敷とわかる建物が建っていたのだ。


 敷地もとてつもなく広い。


「これはただ事ではないでござる」


 詳しくないカズマでも屋敷が、王都でもかなり大きな部類に入るだろう事は容易に想像ができた。


 そんな相手が自分と顔見知りとなると、相手は限られるだろう。


 オーモス侯爵領で会った相手で、侯爵級の貴族……。


 オーモス侯爵以外ありえない気もするが、自分を誘拐する理由がない。


 普通に名乗ってくれれば、カズマも素直に従うだろうからだ。


「増々わからないでござる……」


 カズマはフワフワと浮きながら考え込んだ。


 そこへ、使用人の格好をした男が屋敷の中を歩いているのが見えた。


 それ自体は珍しい事ではない。


 だが、その男をどこかで見ている気がした。


「誰でござったか……?何か嫌な事で覚えている気が……。──あ!オーモス侯爵邸の門番に追い返されて八つ当たりに僕を蹴ろうとした使者でござる!」


 カズマはいらいらした表情の使者がまんまあの時と同じだったので思い出すのに時間は要しなかった。


「という事は、その使者の主君の屋敷でござるか?……ならば──」


 カズマは『霊体化』したまま、使者の男の後を付いていくのであった。

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