第56話 王子と両親の縁

 トリスタン王子とカズマの非公式な面会から数日後。


 王家から一つの発表があった。


 それは、ツヨカーン侯爵を中心とした中立派貴族勢力の巨大派閥結成を認めるもので、それと同時に王家がこれを支持するというかなり踏み込んだ内容である。


 これには王都に滞在していたアークサイ公爵派貴族、ホーンム侯爵派貴族、両勢力とも寝耳に水の発表であった。


 国内において両者以外の大きな勢力は無いと思っていたし、そんなものは出来ないように睨みを利かせていたのだ。


 両勢力とも敵対勢力はお互いだけのつもりでいたから、急に現れた第三勢力とも言える派閥の結成に衝撃は大きい。


「なぜこうなるまで放置していたのだ!」


「いつの間に、中立派貴族達はそんなやり取りを!?」


「そんな馬鹿な!名を連ねている貴族は北部のオーモス侯爵、西部の辺境イヒトーダ伯爵など遠く離れていて連絡など取れるはずがないんだぞ!?」


 両勢力の貴族達は中立派貴族の連絡網は遮断して情報統制を行う事についてはお互いの間でも暗黙の了解であったから、全く気付かないうちに、水面下でやり取りがされていたという事実に驚きを隠せなかった。


 まさか、一人の小さい少年がこの短時間の間に中立派貴族達の架け橋になっていたとは思いもよらず、ただひたすら強力な第三勢力が生まれた事に焦るのみである。



「これでアークサイ公爵、ホーンム侯爵両勢力も王家支持の中立派勢力貴族に不用意な嫌がらせも出来なくなるはず。そんな事をして相手勢力と組まれたら自分達が潰される事をわかっているからな。ありがとう、カズマ。いや、使者殿。全ては中立派貴族達の使者として東奔西走してくれたお陰だ、ありがとう」


 トリスタン王子は、王宮で今度は公式の面会としてドッチ男爵の執事に会う名目で従者として付いて来たカズマと会い、改めて礼を述べた。


「これらは全て僕を使者に立てたイヒトーダ伯爵様が描いた策です。そして、ツヨカーン侯爵様がその策に乗り、立ち上がってくれたからこそ成せた事です」


 カズマは控えめにそう答えた。


「……そうか。だがそれらの書状を運んだお主も褒められて然るべき仕事を果たした。お陰で我が父、国王陛下が安堵する久方ぶりの笑顔を見た気がする。──お主はまだ七歳であろう?そのような子のお陰で国内は三つの勢力中で均衡が保たれる事になるだろう」


「その事については、内密にお願いします。僕が目立ってもいい事はないので……。──あ、それと僕は今日で八歳になります」


 カズマは話を逸らすように、誕生日の報告をした。


「なんと、今日が誕生日であったか!はははっ!それならばお主の両親に代わって祝わねばなるまい。ちなみに、親はどんな人物だ?」


 トリスタン王子は望んで陰の立役者として立ち回ろうとするカズマに、これまで以上の好感を持って聞いた。


 多分、代わりに親を召し抱えるとか褒美を与えるくらいしようかと思ったのかもしれない。


「父はランスロット。母はセイラと言います。二人共この王国で指折りの武人だと僕は思ってます」


「はははっ!大きく出たな!その名前で思い出すのは以前の王国騎士団長、副団長だが、確か二人は……、うん?ちょっと待て……。──カズマ、お前……、イヒトーダ伯爵の使者だったよな?」


 トリスタン王子は最初笑って見せたが、思い当たる節があったのか、地の部分の行商兼冒険者のキナイの言葉遣いを見せて確認した。


「はい。僕の生まれはイヒトーダ伯爵領です。そして苗字はナイツラウンド、カズマ・ナイツラウンドです」


「ナイツラウンドだと!?……という事はお前の両親はあの前王国騎士団長と副団長なのか……?」


「そういう事になります」


 カズマは驚くトリスタン王子の反応をおかしそうに見ながら、笑顔で答えた。


「なるほど……。道理でまだ七歳……、いや、八歳でこのような大役をやってのけるような子供が生まれてくるわけだ……。いや、参ったよ……。──それで二人は元気なのか?」


 トリスタン王子は二人を知っている様子でその安否を尋ねた。


「はい。王子殿下は両親をご存じなのですか?」


「もちろんだ!俺は元々国王陛下と平民であった母との間に生まれた庶子でな。兄二人が暗殺されるまでは、王宮の外で王位継承権も持たぬ平民として育っていたのだが、ある時、存在がバレて命を狙われてな。その時、俺を助けてくれたのが、若い頃のお前の両親だ」


「え?父と母が?」


「だから、俺にとって二人は命の恩人だ。その二人の助言で影武者を立て、俺はほとんど外にいたのだがな。お陰でここまで生きてこられた。なにしろ、これまで、影武者は何度も命を狙われ続けているからな……。二人には本当に感謝しかない」


 トリスタン王子は、昔を懐かしみ、今の苦労を思いながらカズマにお礼を言う。


「そんなご縁があったとは……、僕もびっくりです」


 カズマは何も聞かされていなかったから、驚きに苦笑するしかなかった。


「あの頃は今以上に無力であったからな。二人は心強い味方であった。──騎士団を辞めた時は驚いたが、お前がお腹にいると聞いて、止める事も出来なかったが、それで良かったのかもしれんな」


 トリスタン王子は奇跡のような巡り合わせに、カズマに感じたものが二人の面影だったのかもしれないと思えるのであった。


「うちの親はイヒトーダ伯爵領で幸せに暮らしています。僕も故郷に早く帰りたくなってきました。はははっ」


 トリスタン王子と親の話をする事で、カズマは望郷の念が込み上げてきた。


「そうか……。止める事は出来ないな。カズマには十分な働きをしてもらった。今後、国内は三勢力でけん制し合い、拮抗する限り、安定に向かうだろう。落ち着いたら二人と一緒に王都に遊びに来てくれ。その時は盛大に歓迎しよう」


 トリスタン王子は、カズマと握手を交わすと褒美の品を渡し、公式の面会を終了させるのであった。

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