第55話 非公式の面会

 カズマは『霊体化』した状態で王宮をフワフワと移動していた。


 フワフワという表現だと暢気な感じがするが、これが意外に大変であった。


 というのも、王宮全体に掛けられた結界はカズマの想像以上にとても強力なもので、『霊体化』を維持するだけでも大変だったのだ。


 そして、当然魔力の消耗も激しい。


 能力『ブシは食わねどタカヨウジ』が無かったら、カズマはすぐに『霊体化』を解いていたかもしれなかった。


「これはゆっくり王宮内見物をしている余裕はないでござる……」


 カズマはそう判断すると、執事から説明を受けていたトリスタン王子の特徴と、王宮の王子が住む宮の大雑把な位置を思い出しながら王宮上空を進む。


「あそこが後宮だから、その手前が国王陛下のいる本殿、その横の小さいところが王子宮でござるな」


 カズマは目的の場所を見つけて、その場所に降りていく。


 王子宮は警備が厳重でいたるところに警備の近衛兵が立ち、巡回している。


 こんな様子の場所に、誰にも見られず来るようにとは、無理を言っているとしか思えない状態だ。


 だが、カズマにはそれが可能である。


 カズマは『霊体化』したまま王子がいると思われる部屋に入っていった。


 そこには警備の者は誰もおらず、執事に教えられた王子の特徴、長い金髪に紫の瞳、鼻筋の通った若い二十歳過ぎの男性だが、げっそりしたその見た目から疲れている様子が窺えた。


 執事の話の通りなら、暗殺を恐れて王宮から出られず、引きこもっているという話だから、疲れていても仕方がないだろう。


 カズマはどうやって王子の前に現れようかと、思案した。


 いきなり室内に現れたら驚かせる事になるだろう。


 そうなるとやはり、隣の部屋で『霊体化』を解き、扉をノックして入るのが無難だろうか?


 カズマはそう考えると、隣の部屋が空いていないか確認も含めて、壁をすり抜けて確認した。


 そこには人がいた。


「こちらの部屋は駄目でござるな……」


 そう思って反対側の部屋に移動しようとした時であった。


 その部屋にいた人物が丁度、カズマの方に顔を向ける。


「あれ?」


 その顔をカズマは確認して、どこかで見た顔だと疑問符が頭に浮かんだ。


「どこでござったか……」


 カズマが考えていると、その人物、男性はよく見ると王子の特徴に似ているのだ。


 ただし王子と違い、日焼けして精悍に見えたし、着ている服は使用人のものだったから、カズマはもしかすると影武者なのかもしれないと思った。


 だが、それ以外にも見た事がある気もする。


「どこかで会った気が……。どこぞの貴族でござろうか?……いや、違う気が……」


 カズマは『霊体化』をいい事に、カズマはその王子に似ている男の顔を間近で睨むように確認する。


 そして、最近あった男にそっくりである事に気がついた。


「あ!──髪の色は違うでござるが、行商兼冒険者のキナイにそっくりでござる!」


 カズマは驚いてまじまじとそのキナイ?の顔を確認する。


「やはり、髪の色以外はそっくりでござる……。まさか、野宿仲間のキナイが王子の影武者でござるか……。いや、ちょっと待つでござる……。影武者なら良い服を着ているはず。使用人の服を着る必要がないでござる。つまり、このキナイは影武者ではなく本物の王子ではござらぬか?」


 カズマは大胆な推測を立てた。


 それに王子が会う条件に指定した、誰にも見られる事なく訪れるという事を考えると偽の王子に最初に会うとその条件は満たされず、追い返される可能性があるから、慎重にいかないといけない。


 だが、あのキナイなら、いきなり目の前に現れても許してくれそうな気もする。


 カズマは悩むところであったが、正直、魔力も減って来ていて『霊体化』状態を維持する事も厳しくなってきたから、キナイの反応に掛けてみる事にした。


「よし、行くでござる!」


 カズマは自分に言い聞かせるようにしてお腹に刺さった脇差しを抜いて『霊体化』を解き、キナイの前に現れるのであった。



「!──か、カズマ!?」


 キナイは目の前に急に現れた脇差しを手にしたカズマに当然ながら驚いた。


 あまりの驚きとカズマが刃物を手にしている事で、刺客かもしれないという考えが頭をよぎる。


 しかし、そのカズマは脇差しをすぐ武器収納に戻した。


 そして、キナイの前に跪くと首を垂れて右手に持っていた書状の束を差し出す。


「トリスタン王子殿下、この書状をお受け取り下さい」


「……。──これは?」


 キナイもといトリスタン王子は、自分が王子である事を否定する事無く、ただの七歳の子供とは思えない態度で差し出す書状の束に、今日の面会予定であったドッチ男爵の使者を思い出し、聞き返した。


「ツヨカーン侯爵を中心に王家を支持する中立派貴族で結成された国内第三勢力の結成を求める書状にございます」


「!」


 トリスタン王子はカズマの言葉が余程意外だったのか、驚愕すると目を見開き、手を震わせた。


 トリスタン王子にとってはそれこそ、自分が望んでいた展開であり、夢のような話であった。


 トリスタン王子はキナイを名乗って行商人兼冒険者として国内を旅し、中立派貴族の領地を巡って民の視点から中立派による第三勢力結成の可能性があるかをまさに探っていたからである。


 だが、期待して訪れたアゼンダ子爵領では、ツヨカーン侯爵の判断任せで消極的に感じたし、ツヨカーン侯爵はなぜか元気が無いようだという噂を聞いていた。(息子が誘拐されていた直後の情報だった)


 その他の中立派貴族もアークサイ公爵、ホーンム侯爵両勢力の圧力に青息吐息で頼れる気がしなかった。


 それで自分一人で動いても、中立派貴族に期待は出来ないかもしれないと少し諦めていたのだが、まさか、道中で出会った野宿仲間の少年が、その中立派貴族達の書状を携えて会いに来るとは……。


 トリスタン王子は震える手でカズマから書状を受け取る。


 一番上の書状はツヨカーン侯爵の封蝋がされている。


 二枚目はなんと北部の雄オーモス侯爵!?三枚目は北東部の武人、ヘビン辺境伯!?


 中身を読まずとも、トリスタン王子にはこれがとてつもない事である事がわかった。


 この様な書状をまとめて持っていたら必ず捕らえられ、子供であろうと容赦なく拷問を受け、尋問されていただろう。


 そんなリスクを背負ってこの目の前の少年カズマは国内を縦横に駆け回ったという事だ。


 トリスタン王子は、自分のこれまでの報われない苦労を思い出しつつ、カズマのここまでの道のりを察して涙が浮かんできた。


 そして、その書状を大切に大切に受け取ると、目に涙を溜めながら一言、


「カズマ……、いや、使者よ、ご苦労であった……」


 とカズマを労うのであった。

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