第54話 侵入方法
王都のドッチ男爵邸の執事の働きにより、カズマはトリスタン第一王子との面会が三日後に決まった。
と言っても、あくまで非公式の面会であり、カズマが書状を王子に渡したらそれで終わりの可能性もある。
それに一聞すると非常に難しい注文が王子側からされた。
使者は誰にも見られる事なく、王宮まで来られたし。
というものであった。
「そんな無茶な!」
執事はカズマに代わって王子の使者からの言伝に驚きと非難を口にしたが、王子の立場からするとわかる気もする。
今、中立派貴族の使者と会うのはアークサイ公爵、ホーンム両勢力に余計な刺激しか与えないだろうから、誰にも見られず来て欲しいというのは、本音だろう。
こちらも、漏洩を恐れて面会の詳しい理由はまだ告げていないから、王子が危険な橋を渡りたがらないのも当然であった。
「……でも、誰にも見られずに王宮まで行ければ問題無いという事ですよね?」
カズマは当然ながら『霊体化』という切り札があるから、自信しかない。
「……ですが、王宮の人の出入りは全て城門で厳正な確認がなされます。手荷物一つでも毒の持ち込みを恐れて二重三重に調べられる始末です。あの検問には王家の息のかかった検問もあれば、アークサイ公爵、ホーンム侯爵両勢力の息のかかった検問もありますから、見られずに出入りするのは準備も無しでは、ほぼ不可能です……!」
執事は頭を抱えて苦悶する。
ここまで頑張って段取りをつけたのに、王子側から手の平を返された気分であったから、その苦悶は容易に想像できた。
「執事さん、安心してください。僕には奥の手があるので大丈夫です。ただ、王城の内部にはバレないように入らないといけないので、城門の検問だけ乗り切る方法を考えましょう」
「城門の検問だけですか?ですが、それを抜けても、王宮手前の手荷物検査に、再度の身分確認、そして王宮内での最終検査と何度も検査がありますよ?」
執事は一度だけ検問を逃れても後が難しいと指摘した。
「王城には強力な結界が張られていますよね?」
「ええ、もちろんです。侵入者はもちろんですが、魔物や魔法攻撃対策などの為にも張られています。ですから、王宮内部ではバフ、デバフ関係の魔法は使用できません」
「僕にとってはそれが最大の壁なので、それをすり抜けられれば、あとは大丈夫です」
「?──よくわかりませんが、最初の検問をすり抜けるくらいなら……、何とかなるでしょう。使い古されたものですが、アレが良いかと」
「アレ?」
「はい、アレです」
執事はニッコリ笑みを浮かべるとすぐに準備をするべく使用人を呼んで何やら命令するのであった。
三日後。
ドッチ男爵の執事が馬車に御者と使用人の二人と王家への献上の品となる大小の木箱を乗せて、王城の門にやって来ていた。
そこに、カズマの姿はない。
「ドッチ男爵のところの者か?──トリスタン王子殿下への献上の品だそうだな?」
「はい。大きな箱には、ドッチ男爵家秘蔵の板金鎧一式。中くらいの箱には、領地で取れたミスリル鉱石を。小さく細長い箱には剣一振りが、入っております」
執事は愛嬌を振りまく事なく無表情で答える。
「……では検分する」
門番は執事の表情からは何も掴めないので、献上品の簡単な検査をする事にした。
「鎧の大きな箱は、怪しいな。ちょっと鎧を箱から出せ」
「え?」
「こういうのは二重底になっていて下に人が入っている事もあるからな」
「……わかりました。──おい、鎧を出すぞ」
執事は使用人二人に重い板金鎧を箱から担がせて出させた。
そこに門番が乗り込み、箱の底を調べると、上げ底になっている。
「おい、この箱、細工がされているぞ!」
門番が二人がかりでその箱の底の板を剥がした。
確かにそこには細工がされた空洞がある。
しかし、そこには何も入っていない。
「……なんだ、この空洞は?」
「はぁ……。門番殿。これは見栄を張る為に見た目で大きな箱にしたのです。ですが、それだと鎧が出しづらいので底を上げたのですよ」
執事が嘆息して答える。
「紛らわしい事をするな!──他の箱も一応調べるぞ?」
門番は中くらいの箱も開けて中を調べる。
中には申告通りミスリル鉱石がぎっしりと入っており、重さもずっしりしていた。
剣の入った箱は中を開け、一目見るとすぐ閉じる。
細かいチェックは内部の者に任せる事にしたようだ。
「──よし、通って良いぞ」
門番は張り切って調べ過ぎたと思ったのかそれを隠すように勿体ぶった言い方をして執事を中に進ませた。
「……ふぅ。まさか底を調べられるとは……、焦ったな。カズマ殿、もう良いですよ?」
執事は冷や汗をかくと馬車の内部に、声を掛ける。
それを合図に馬車内に待機していた使用人が、大きな箱を開けた。
そこから、なんとカズマが出て来る。
……カズマはどこに隠れていたのか?
それは板金鎧の内部であった。
小さいカズマが書状を抱くように丸くなって鎧内部にすっぽりと隠れていたのだ。
執事は二重底にカズマを隠すつもりでいたが、カズマは小さい体を生かして鎧内部に隠れる方を選んだから、無事門番の検問をやり過ごせたのであった。
「それでは行ってきますね」
カズマはそう言うと馬車から降りようとする。
「カ、カズマ殿。帰りはどうなさるので?」
執事が、入る手段を思いついたが、帰りの事は考えていなかったのを思いだして慌てた。
「帰りは堂々と正面から出ていくので大丈夫です」
カズマは笑顔でそう答えるとゆっくり進む馬車の後ろから幌をかき分けて外に飛び降りる。
使用人がそれを止めようとしたが、一瞬の事であった。
慌てた使用人がすぐに幌をどけてカズマが飛び降りた場所を見るが、すでにカズマは忽然と姿を消しているのであった。
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