第61話 二人の逃げた先

 カズマとアンは標的となっていた母セイラを置いてひたすら南に逃げていた。


 そっちに逃げるしか他になかったからだ。


 幸い追手は無かった。


 敵の目的は母セイラだったからだ。


 敵兵は至る所に居たが、もうイヒトーダ伯爵領を制圧した気でいたのか、ほとんどは略奪に明け暮れ、一時的に指揮系統が麻痺している様子だったから、子供二人を甘く見た兵士数人単位を倒す事は、今のカズマとアンには容易であった。


「おばさん、大丈夫よね……?」


 アンは聞いてはいけない事と思いながらも、思わずカズマに対して不安を口にする。


「……わからない」


 カズマは元サムライである。


 それも幽霊として戦国時代、江戸時代、明治、大正、昭和、平成、令和と時代の変遷を長い事見て来ていたから、甘い想像など出来ようはずもなく、ただ、一言そう答えるしか出来なかった。


「……ごめん」


 アンは自分の愚かな質問を悔いて謝罪する。


「……急いで安全な場所をみつけるよ。そうしたら、僕がお母さんの安全を『霊体化』で確認しに行くから」


 カズマはここでやっと不安のアンを安堵させる為に現実的で尚且つ望みがあるような答えを言う。


「うん……。──カズマ、もし、私が足手纏いになりそうな時は、『霊体化』ですぐに逃げてね? 二人で捕まったら意味がないから」


 アンもようやく動揺から落ち着いて現実的な判断がつくようになってきたのか、腰に佩いた剣をぎゅっと握って答えた。


「お母さんが言ってたじゃない。アンを守るようにって。僕はその言いつけを絶対守るよ」


 カズマは引っ張っているアンの手を強く握り返すとそう応じる。


「……カズマ、本当にごめんね、私がいなければおばさんもあの時怪我しなくてよかったのに……。私を庇ったばかりに……」


 アンセイラと別れた直前の出来事を改めて謝った。


 アンの言う通り、彼女を守る為に母セイラが庇って斬られたのは事実だ。


 しかし、母セシルはそんな事を気にしていないだろう。


 それはカズマも一緒だ。


 アンは長馴染みで家族同然だったから、母セイラに言われなくてもカズマはアンを助ける為に動くし、これからもそうだ。


 だから、アンが謝る必要はない。


 それにアンも同じ行動に出るだろう事は、長い付き合いでわかっている。


 お互い助け合えばいいだけの話で、今は、この戦場から逃げ切る為に二人協力しなければならない。



 二人は曇り空で月明かりも期待できない中、足元も見づらい暗がりをひたすら走っていた。


 カズマ達は森に覆われた丘の頂を目指していたのだが、その丘に登る頃には、異変に気付き始めていた。


 森がやけに静かなのだ。


 獣の声どころか虫の声一つ聞こえない。


「……(しまったでござる)」


 カズマは内心で自分の失態を悔やんだ。


 この丘の森に差し掛かる手前で、一旦、『霊体化』で様子を探るべきだったと。


 すでに周囲は丘の森のど真ん中まで来ている。


「……アン、引き返すよ」


「え?どういう──」


 カズマの言葉に意味が理解出来なかったアンは聞き返す。


 その時であった。


 周囲の茂みから兵士が湧いて出て来るように、現れる。


「ガキども動くなよ! この丘はすでに俺達クラウス帝国の占領下だ! そこに入ってきたお前達は俺達の捕虜だ!」


 周囲はすでにクラウス帝国の兵士とわかる姿をした者達がカズマ達を取り囲んでいた。


「アン、斬り抜けるよ!」


 カズマはそう言うと、武器収納から長刀を取り出す。


「お? やる気かこの小僧。こっちも敵同士の争いを見物がてら漁夫の利を得るつもりでいたから暇だったんだ。──おい、お前らガキどもの相手をしてやれ!」


 隊長らしき男が、カズマの武器収納に驚く反応を見せる事なく応じる。


「「「了解」」」


 兵士達も待機していて暇だったのだろう、カズマ達が抵抗してくれる方が楽しいようだ。


 隊長の命令に嬉々として賛同すると剣を抜く。


 だが、それも数分後には真剣なものになっていた。


 なぜならカズマとアンによって味方の兵士が次々に倒されていったからだ。


 カズマの長刀はその切れ味を持って、兵士の首を横断していたし、アンは懐に忍ばせていた投げナイフで二人同時に仕留めたり、その見た目からは想像できない鮮やかな動きでもって兵士の数が減っていく。


「ゆ、油断するな! 出来るぞ、このガキども!」


 隊長も自分がどうやらハズレを引いた事に気づいたのかギョッとして兵士達に殺す様に命じる。


「アン!」


 隊長の反応にカズマが幼馴染に合図を送る。


 アンがその場にしゃがみ込むとそのいた場所をカズマの長刀が薙ぐ。


 アンに斬りかかろうとした兵士の腹から血飛沫が上がり、アンは身を起こしてその血飛沫を背に受けながら、投げナイフを隊長に向けて放つ。


 隊長は驚いた表情のまま、その眉間にナイフが突き刺さり、背後に倒れる。


 即死だ。


 兵士達は「ひぃ!」と声を上げて及び腰になった。


 カズマはその瞬間を見逃さず、兵士達の中に斬り込んだ。


 アンも剣を構えて続く。


 二人は動揺する兵士達の足を重点的に負傷させながら斬り進むと囲みをそのまま突破して逃げ去るのであった。


 カズマとアンは見事に丘を占領していた帝国軍の包囲を突破したかのように思えたが、しかし、二人が向かった先はクラウス帝国軍が展開する軍のど真ん中であり、その中に飛び込んでいた事に気づくのは、すぐそのあとの事であった。


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