第62話 捕虜

 カズマとアンは帝国軍の真っ只中にいた。


 逃げていたはずが、その真ん中に飛び込んでしまっていたのだ。


 そもそも、帝国軍が要所でもないイヒトーダ領に侵攻している事自体想定外だったから、カズマの判断を責められないだろう。


 カズマはだが、この包囲網を脱出するべく、アンと二人奮戦していた。


 カズマはこの数年で体も年齢相応には大きくなって長刀も自在に振るえるようになっていたし、アンもスキルである旅芸人をフルに生かした戦い方で帝国兵を手こずらせている。


「ええい、相手はまだ子供だぞ! お前達帝国兵の意地を見せんか!」


 カズマとアンの周囲には十重二十重の包囲網が敷かれ、兵を指揮する隊長は遠巻きに指示を出していた。


 なにしろそれまでの隊長格は、不用意に近づいた事でことごとく、カズマとアンに殺されてしまっていたからだ。


 帝国兵を手こずらせ続けた二人であったが、いくら強いといってもまだ、子供である。


 体力もすぐ限界が訪れつつあった。


 カズマは肺が破れるのではないかと思えるような荒い大きな呼吸を繰り返し、アンもその表情は疲れで顔が真っ青だ。


「よし、二人共限界が近いぞ! 止めを刺せ!」


 怖気づいて遠巻きにしている隊長が、二人の限界と思える様子に強気になって、再度兵士達に命令する。


「千人隊長殿、ここは自分に任せてもらってよろしいですか?」


 一人の兵士が上官に申し出た。


「なんだ、百人隊長。貴様がこいつらを倒すとでも?」


「いえ、説得させてください」


「説得!? そんな馬鹿らしい事……、いや、そうだな……。やってみよ」


 千人隊長は何か思いついたのか、百人隊長の願いを聞き入れた。


「それでは彼らの命を保証して頂けますか?」


「わかった、わかった! とっとと、あの鬼神のような子供らを説得して見せよ!」


 千人隊長は面倒臭いというように手を振って、百人隊長に説得するように促す。


 百人隊長は頷くと、カズマ達のいる包囲網の内側まで進んで行く。


「全員、剣を納めて下がれ!」


 百人隊長が包囲している兵士達に命令する。


 兵士達は百人隊長の命令にピタリと止まると、その奥にいる千人隊長に確認の為の視線を送るのだが、千人隊長が大きく頷くと、従うように少し下がっていく。


「少年達、見事な戦いぶりだった。俺は帝国軍第三師団百人隊長の一人、アイスホークという者だ。二人に提案がある。どうだ、降伏せんか? もう限界であろう? 俺は君らのような勇敢な戦いぶりを見せた戦士を死なせたくない。見れば少年、君はその後ろの女の子を守っているんだろう? 俺が二人の命を保証しよう。どうだ、悪くない話だろう?」


 アイスホークと名乗った百人隊長は、カズマの目を見て説得を試みる。


 カズマはこの時間を利用して呼吸を整えようとしているが、中々整わない。


 もう限界なのだ。


 確かにアンを守るのが自分の果たすべき母からの最期の伝言だった。


 このままではすぐに二人共斬り殺されるのがオチだ。


 カズマはぎらつかせた目で、冷静に周囲の守りの薄い部分を探して見渡すが、見つからない。


 この目の前の隊長を人質に取って逃げ出せないか?


 カズマはふとそう考えた。


「俺を人質には出来ないぞ? この部隊の指揮を執っているのは千人隊長殿だからな。それにみんな俺が死ねば次の隊長になれると思って殺到してくるだけだ」


 カズマのぎらついた視線が、意外に冷静である事を読み取ったアイスホーク隊長はそう付け足す。


「はぁはぁ……、アンに指一本触れさせないと誓えますか?」


 カズマは荒い息を吐きながら、アンの安全を確認する。


「そっちの女の子はアンと言うのか。──わかった。俺がちゃんと守ろう。それで君の名は? ──そうか、カズマというのか。その歳でよくぞここまで戦った。君達二人は帝国軍の名誉に誓って正当な捕虜の扱いで遇しよう。安心してくれ」


 アイスホーク隊長がそう言うと、限界を迎えていたカズマはその場に崩れるように片膝を突く。


 その姿を見てアンも緊張の糸が解けたのか、気を失ってその場に倒れる。


「カズマ、武器を預かる」


 アイスホーク隊長は、カズマの手にする切れ味鋭い長刀を差し出すように手を突き出す。


 カズマは腹を決めたように素直にその言葉に従う。


「その子供は戦闘中、武器収納からもう一本武器を取り出していた。そちらも没収せよ」


 千人隊長は抜け目なく遠巻きに命令する。


「……そちらも出してくれるかな?」


「……」


 カズマは倒れたアンの方をチラッと見ると、帝国兵にすでに捕らえられていた。


 気を失ったまま縛られ、担架で運ばれて行く。


 それを確認するともう、抵抗のしようがない。


 アンを置いたまま『霊体化』で自分だけ一人逃げるわけにもいかないだろう。


 覚悟を決めると、カズマは武器収納から脇差しを取り出すと、アイスホーク隊長に渡す。


「確かに受け取った。……よし、捕縛せよ」


 アイスホーク隊長が背後の兵士に命令すると、カズマに踊りかかるように数人がかりでカズマを取り押さえるのであった。



「千人隊長、ちょっと、待ってください! 約束と違うではないですか!」


 千人隊長のテントでアイスホーク百人隊長は食って掛かっていた。


「約束? ちゃんと守っているのではないか。二人の命を保証すると」


「ですが、捕虜としての扱いが!」


「そんな約束はしていないぞ? それは貴様が勝手にあの二人にした事だろう? それにあの子供二人は軍人ではない。捕虜として扱えない。それどころか民間人でありながら我が帝国の貴重な兵士を何人も殺したのだぞ? これは重大な犯罪だ。戦時簡易軍法に則り、捕らえた私の判断で処罰する。──二人は犯罪奴隷として売り飛ばすのが相当だろうな」


 千人隊長はニヤリと笑って答えた。


 最初からそうしようと思っていたのだろう。


 犯罪奴隷は二束三文だが、アンの方は美人だし、戦闘スキルも高いから犯罪奴隷として帝国で大人気である剣闘士組合にかなり高くで売り飛ばせるはずだと千人隊長は打算していたのだ。


 カズマの方は、まだ、年齢が若すぎて剣闘士組合には年齢制限で売れないはずだから、これは本当に二束三文だが、こちらも犯罪奴隷として鉱山に売り飛ばすのが一番だろう、と判断した。


「わかったら、下がれ。こっちはお前との約束のせいで二人の犯罪奴隷認定書類作成と売却交渉手続きがあるのだからな」


 千人隊長は小遣い稼ぎが出来たと笑うと、食い下がるアイスホーク隊長を部下に命令して強引に下がらせるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る