第43話 毒殺未遂の犯人

 オーモス侯爵との面会から数日が経った午前。


 城館内はカンパスと一緒ならどこにも行ける程、カズマは信用を得て扱いもがらりと変わっていた。


「オーモス侯爵の容態はその後どうですか?」


 カズマは一緒に中庭を歩くカンパスに確認した。


「お陰様で、今日のお昼から日常業務に戻ると先ほど知らせが来ました」


「それは良かったです。という事は返事も午後には頂けるのでしょうか?」


「カズマ殿、父を助けて頂いた事、改めてありがとうございます……。これで私も肩の荷が下りました。返事はきっとカズマ殿との面会の時になると思います」


 カンパスは気分が晴れたという表情でカズマに感謝して答えた。


「いえ、以前も申し上げた通り、僕は僕の目的の為に行動しただけですから。カンパス殿の想いがそれに重なっただけですよ」


 カズマにとってツヨカーン侯爵の書状を届ける事は、イヒトーダ伯爵の想いを叶える事に繋がる。


 人助けはそのための手段だ。


「それでもです。それにツヨカーン侯爵の使者を軽々しく扱った事も謝らないといけません。私などが頭を下げたところで礼を失したお返しになるとは思いますが……」


「大丈夫ですよ。カンパス様の対応には感謝しかありません」


 カズマはこの嘘を見破るという特殊な能力を持つ人物が、誠意を以て人に対する姿勢にとても好感を持っていた。


 自分が同じ能力を持っていたら人間不信で駄目になっていそうだからだ。


 きっと、根本部分で人が良く、器の大きな人物なのだろう。


 庶子だと聞いたが、『霊体化』の時に見た兄弟三人の会話から、次の侯爵に相応しいのはこの人物だと思うが、それはオーモス侯爵次第だ。


 カズマはさすがにそこに口を挟む気はない。


「カンパス様!ここにおられましたか。侯爵様がお呼びです。使者の方との面会に同席するようにとの事です」


 使用人が中庭を歩くカンパスとカズマに気づくと声をかけて来た。


「使者って僕の事ですよね?」


 カズマは苦笑する。


 カンパスを同席させるという事は、カズマの真偽を確認させる為という事だ。


 書状の中身を読んで、余程重大な事だと判断したのだろう。


 カズマはカンパスの能力を知っている。


 つまり、嘘を吐いたらすぐバレるぞ、と言われているようなものであったから、苦笑したのだ。


「わかりました。──カズマ殿、それは後でまた」


 使者と一緒に肩を並べていくわけにもいかないカンパスはカズマに会釈すると先にオーモス侯爵の元に急ぐのであった。



 カズマは荷物をまとめると大きなリュックを背負い、使用人の案内で応接室に向かった。


 応接室の扉が開くと大きな机と沢山の椅子があり、中央にオーモス侯爵、傍には息子二人、それにカンパスもその背後に立って待機していた。


 オーモス侯爵は改めてカズマに感謝の意を示した後、すぐにツヨカーン侯爵の書状の内容に触れた。


「──ツヨカーン侯爵は文武に優れ、人徳もある。何より若いから中立勢力を一つにまとめ王家を支えようという熱い気持ちも理解できる。しかし、私もオーモス侯爵としての誇りがある。北部における私の立場もある。それにこの度、遠いところを子供に使者を任せた真意をいまいち理解できないところだ」


 オーモス侯爵はツヨカーン侯爵を支持すると見せて何か雲行きが怪しい方向に話が向かった。


「使者に子供を立てたから信用できないという事……、でしょうか?」


 カズマは使者として自分は失敗したかもしれないと思った。


「そういう事だ。事は重大な案件である。それを年端も行かぬ者に託すほどツヨカーン侯爵の元には信用できる人材がいないのかと思えるところだ」


「……」


 カズマは自分が子供である事を恨めしく思うところであった。


「──しかしだ。この度、その少年である使者に私は命を救われた。周囲の者達ではなす術もなかったのに、だ。ツヨカーン侯爵の使者を選ぶ目はまさに慧眼である。お陰で命を拾う事が出来た。感謝する。ツヨカーン侯爵が盟主として立つなら私は全面的に支持しよう。使者殿、私も王家への書状を書いておいた。受け取ってくれ」


 オーモス侯爵はそう言うと、カンパスに目の前に置いてあったものを渡す。


 カンパスはそれをカズマの元まで運んだ。


「確かに受け取りました。僕はこの後、ヘビン辺境伯の元に行く予定です。そちらにも書状を書いてもらってよろしいでしょうか?」


 カズマは図々しくそう申し出た。


「「小僧、失礼だぞ!」」


 侯爵の横に黙って話を伺っていた長兄、次兄が言い募った。


「……私とヘビン辺境伯との関係を知っているのか?」


 オーモス侯爵は、目を細めてカズマに確認する。


「仲が良いと聞いています。駄目でしょうか?」


「……ふむ。カンパス?」


「……嘘はついておりません」


「……そうか。私が毒に倒れて死にかけたのは、そのヘビン辺境伯の使者から渡された手土産を口にしての事だ。もちろん、あやつがそんな卑怯な手を使うとは思っておらんが、状況が状況だからな」


「その手土産はまだ、手元に残っていますでしょうか?」


 カズマは、オーモス侯爵に確認した。


「……持って来い」


 使用人が持って来たのは、木箱に入ったお菓子であった。


「では失礼します。──『目利き』」


 カズマはすぐに能力を使って鑑定する。


「……生産地、ホーンム侯爵領。製作者、ホーンム侯爵お抱え薬師クドー。価値、ゼロ。と出ています」


「……何!?ホーンム侯爵の手によるものなのか!?うーむ……。それにしても、使者殿は鑑定も出来るのか?こちらの鑑定士ではわからなかったというのに……」


「通常の鑑定だと、毒入りお菓子くらいは表示されると思いますが、僕の能力は逆にそれらはわかりません」


 カズマは笑って答えた。


「……これは驚いた。改めてツヨカーン侯爵の使者を選ぶ目はまことに素晴らしいと評価せざるをえないな。わかった、ヘビン辺境伯説得の為の書状も用意しよう」


 オーモス侯爵はカズマを大いに評価すると、書状を書く為の準備をさせるのであった。



 カズマは書状を受け取ると、すぐに旅立つと申し出た。


「……そうか。だが、気を付けてくれ。ヘビン辺境伯との領境は険しい峠があってこちらの連絡員の報告も途切れがちだ。がけ崩れも多いところだから、場合によっては遠回りすることになるかもしれん。そうなるとホーンム侯爵の勢力圏を通る事にもなるからな」


 カズマについて高い評価をしながらも、見た目は七歳の子供に変わりないからやはりオーモス侯爵も心配した。


「大丈夫です。僕との相性は良さそうな道みたいです」


 カズマは安心させるように笑って応じると、領都を後にするのであった。

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