第44話 通れない峠を越えて

 カズマは領都オーモスを出ると、そのまま東進した。


 もちろん、人目の付かない木陰で『霊体化』してである。


 半日も進むと領境の手前の街、ロクマウンに到着した。


 そこから見える峠の道は山肌がむき出しの険しい場所で、オーモス侯爵の言う通り、領境のその場所は大きな岩が落ちて道を塞ぎ、通れなくなっているらしい。


 ロクマウンの街では待ちぼうけを食らった商人やら旅人やらが、領境方面の城門付近に立てられた立て看板を見てざわついていた。


「いつもの事だと思って数日待っていたが、全然通行再開しないな……」


「俺は峠を見てきたが、あの道を塞いでいる大岩はでかすぎる。下手をすると、こっちの道は数か月くらいは通れないかもしれんぞ」


「それじゃあ、遠回りするしかないではないか、ふざけるな!」


「俺に当たるな!こっちだって、ヘビン辺境伯領に商売で用事があるんだ。これ以上遅れたらうちの信用問題になる!」


「迂回路か……。例の公爵と侯爵の争いで、迂回路の子爵領は通行料を沢山取るから通りたくないんだよな……」


「みんな一緒さ……」


 人々の溜息が看板に向けられ、愚痴が漏れるのであった。


「これは意外に深刻そうでござるな……。とりあえず、現場を見に行ってみるでござる」


 それを上空からフワフワと眺めていたカズマはそう結論を出すと、『霊体化』したまま峠へと向かった。


 峠は立て看板に書かれていた通り、想像を遥かに超える程の大きな岩に道が塞がれていた。


 その大岩の下には領兵や、大岩撤去の為に駆り出された日雇いの人々が、ああでもない、こうでもないと無い知恵を絞ってどうするか言い合いをしている。


 中には石工職人だろうか? 金槌とのみを手に大岩に人が通れるだけの穴を開けるべくコツコツとその表面を削っている者達もいるが、岩の大きさを考えると、焼け石に水という感じであった。


「……これは想像以上の大岩でござるな……。でも僕は、通過するのに問題はないでござる」


 カズマは『霊体化』したままその大岩を飛び越えていく。


 大岩で隔たれた向かいの道には誰もいなかった。


「意外にヘビン辺境伯領の方では困っていないのでござるかな?」


 と思ってカズマは先を急ぐ。


 しばらく進むと、今度はヘビン辺境伯領側の峠道が、また、オーモス側程ではないが、大きな岩に道を塞がれていた。


 偶然なのか、大岩は一か所ではなく二か所も道を塞いでいる。


「これは本当に、オーモス侯爵領、ヘビン辺境伯領の領境は、数か月は通行できなさそうでござるなぁ……」


 カズマは手を取り合うべき、両者が遮断されている事に少し、心配になりながらもヘビン辺境伯領都を目指して、先を急ぐのであった。



 ヘビン辺境伯は、その名の通り、辺境の領地を治める一大勢力である。


 領地は広いが、大森林から、山岳地帯とその地形は厄介な場所が多い。


 領都であるヘビンの街はその大森林地帯と山岳地帯の間にある平野に作られており、かなり栄えているから、目の前に広がる大自然とはアンバランスに思えるほどだ。


「途中の街や村は砦みたいに物々しかったでござるが、意外に領都は文化的でござるなぁ」


 カズマは感心すると、領都の手前の木陰で『霊体化』を解いて城門前の列に並ぶ。


 周囲はすでに日が落ち始める時間の為、領都入りしようと領民や旅人、商人達が続々と城内に消えていく。


「次の者」


 門番が、列を整理しながら、自領で発行している身分証や余所から来た事を証明する札を確認して人々を中に通していて、カズマの番になった。


「オーモス侯爵本人のサインが入った札!?ど、どうぞ!」


 カズマが示した身分を示す札に門番は驚き、道を開ける。


 相手が子供であっても札の威力は十分であった。


「ところで、今晩のお勧めの宿を教えて欲しいのですが……」


 カズマが門番に聞く。


「それならば、城館近くにある『友好の宿』なら、その札を出すだけで部屋を用意してもらえると思います」


 門番はカズマを詮索する事無く、丁寧に答えた。


「『友好の宿』?」


「ええ。領主様とオーモス侯爵との間で作られた宿屋です。ですからオーモス侯爵の札を持っている者は優先的に宿泊できます」


 おお!


 カズマは何やらここまでの旅で、領主に会う前に初めて特別な扱いをしてもらえそうな雰囲気にちょっと心が躍った。


 これまでは、ツヨカーン侯爵の使者だろうが、イヒトーダ伯爵の使者だろうが、書状を渡すまでは扱いは良くなかったからだ。


 ここに来てやっと使者らしい扱いをされそうである。


「そこに行ってみます!」


 カズマは教えてくれた門番にお礼を言うと、その『友好の宿』に急ぐのであった。



「……これは、高級宿屋というやつでは……?」


 カズマが向かった城館そばの宿屋は、大きな庭がある他の宿屋とは一線を画す高級感溢れるものであった。


 いきなり玄関ではなく、庭にある石畳を進み、その先に建物がある。


 敷地に入った瞬間、結界魔法で知らせるのか、玄関に到着するとそこにはすでに従業員が数人待機して、カズマを出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ、お客様。お見受けするところ、当宿屋での宿泊は初めてと思われますが、どなた様かのご紹介でしょうか?」


 カズマはそこでまた、オーモス侯爵発行の札を見せる。


「これは、オーモス侯爵様の直筆のサイン……、失礼しました。──奥にご案内します」


 宿屋の女将と思わる高そうなドレスを着た女性が、カズマを高そうな部屋と案内する。


 宿内は派手さはないが、高そうな壺や皿、絵画などが飾られた廊下があり、カズマはその奥に通された。


 カズマは完全に上級貴族級の扱いとしか思えない部屋に通されるのであった。

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