第30話 真犯人一味

 カズマはツヨカーン侯爵の執事に取り押さえられ、地下にある牢屋に入れられた。


 もちろん、背負っていたリュックや身に付けていた荷物の類は全て没収されている。


 書状や身分を証明する札も全てだ。


 そして、目の前には鉄格子越しにツヨカーン侯爵が立っていた。


「──それで、どうやって執務室に侵入した?まさか、同じ手品でうちの息子を誘拐したのか?」


 ツヨカーン侯爵は、カズマが何か手品の類で応接室から侵入して盗み聞きをしていたと思っているようだ。


「執務室に突然現れたのは本当にすみませんでした。ですが、身分証を見てもらえばわかる通り、怪しいものではありません。身分もイヒトーダ伯爵、アゼンダ子爵が証明してくれています。それに、ご子息の誘拐は、先程話した通り、サキサという男だと思います」


 カズマはやり方を失敗したと思いつつ、ようやく面会の適ったツヨカーン侯爵に説明した。


「……サキサはうちの領兵の剣術指南役の一人だ。腕も身分も確かな男のはず。そんな男が息子を誘拐する理由がない」


「サキサの師匠はサシムと言います。僕の両親の命を狙っていた刺客です。つまり、同じ雇い主が背後にいる可能性があるという事です」


 カズマは半ば確信を持って堂々とそう説明した。


「……そうなのか、トーマス?」


 ツヨカーン侯爵は執事の男、トーマスに確認を取った。


「サキサ殿の師匠まではさすがに私も存じ上げておりません。ただ過去に、自分の剣は剣聖カーズマン一振斎の流れを汲むとは言っておりました。そしてその剣聖の元弟子には確かにサシムという剣豪がいたのは知っております。その傍若無人ぶりから破門になったと言われている男です」


「……繋がりはあるという事か。──それでその剣豪サシムとやらはどうした?」


「僕のお父さんが返り討ちにしました」


 そこに自分もいたとは言わずにカズマは簡潔に答えた。


「サキサの師匠なら相当強いはず……。それをどこの誰ともわからない者が返り討ちにした、だと?……そんな事、到底信じられないな」


 ツヨカーン侯爵はカズマの言葉をどこまで信じていいのか迷いつつ、否定した。


「僕の父は元王国騎士団副団長ランスロット・ナイツラウンドです」


「なんだと!?それが本当なら……、──トーマス!サキサを連れて参れ。話を聞きたい」


 ツヨカーン侯爵は執事に命令し、トーマスは主君の命令に従いすぐ地上に上がっていく。


「それを察知して逃げる可能性もあるので、僕も付いて行きます」


 カズマはそう言うと、武器収納から脇差しを取り出し、すぐさま自分のお腹に突き刺す。


 ツヨカーン侯爵が制止する暇もなかった。


『霊体化』したカズマは執事のトーマスの頭上で浮遊しながら付いて行く。


 地上に上がった執事は内庭にある訓練場に真っ直ぐ向かった。


「サキサ殿、ちょっとよろしいかな?」


 訓練場で指導していた黒髪を後ろで結んだ若い優男に執事は和やかに声を掛ける。


「何でしょうか、執事殿。これから領兵達を再度、みっちり絞ろうかと思っていたのですが?」


 サキサという男は、そう応じて執事に近づいていく。


「……気づかれた。うまく誤魔化しておくから、お主は人質を連れて領都を離れろ。場合によっては殺しても構わない」


 近づいて来た剣術指南役に執事は耳元で警告した。


 それを聞いたサキサは、


「……これからですか?仕方ないですね。それでは私が見つけて来ましょう。──お前ら良かったな。私は用事が出来たから、街に出かけてくる。だから今日はもう休憩だ」


 サキサは領兵達にそう声を掛けるとそそくさと自分の荷物をまとめる。


 領兵達は助かったとばかりに安堵の声を上げた。


「まさか、執事も犯人グループだったなんて……」


『霊体化』して一部始終を聞いていたカズマは衝撃を受けていた。


 このままではツヨカーン侯爵が執事を信じて自分を処分する可能性が高い。


 そうなると……。


 カズマは『霊体化』したまま領兵の剣術指南役サキサの後を追う事にした。


 サキサは城館を出て途中までは早歩きで進んでいたが、そこからは小走りに進み始めた。


 時折、尾行がいないか確認しながら進んでいる。


 かなり慎重だ。


 執事との会話通りなら、侯爵の息子を誘拐したのは執事とこのサキサ達という事になる。


 つけていけば、居場所まで案内してくれるはずだ。


 カズマはサキサの傍に引っ付いたまま、チャンスを伺って尾行を続けるのであった。


 サキサは自分の家に戻ることなく人気の少ない倉庫通りまでやって来た。


 そして、その中のひとつの倉庫の大きな扉とは別に、横にある小さい扉の前に立つと、その扉の方を数度、一定のリズムでノックする。


 扉はそれに反応したのか、カギを開ける音と共に内側から開けられた。


「サキサ殿か。どうしました?こんな時間に来る事は今までなかったのに」


「どうやら、私が誘拐に関わっている事がバレたようだ。今から、移動する馬車の用意をしろ」


「なんと!では、計画変更ですか」


「そういう事だ。場合によっては、人質は殺すかもしれん。あちらに罪を擦り付ける形でな」


 サキサは最悪の場合を想定して指示する。


 それを傍で『霊体化』して聞いていたカズマは倉庫内の小部屋に飛び込んだ。


 そこには一人の少年が、部屋の隅で身を震わせて怯えていた。


 歳は十歳くらいだろうか?ツヨカーン侯爵に似ている気がする。


 人質である侯爵の子息の無事を確認したカズマは、どうするか迷った。


『霊体化』を解くタイミングをだ。


 馬車で外に連れ出すのであれば、どこかの検問に引っ掛かるはず。


 その時に、『霊体化』を解いて、侯爵の子息がいる事を知らせるのが安全だろうか?


 しかし、人質に取られて危険が及ぶ可能性がある事は先程の会話でわかっている。


 いざという時は殺していいと言っていたからだ。


 今なら、カギ付きの小部屋に入れられている間に解決した方が、まだ、侯爵の息子は安全だろう。


 カズマは腹を括る事にした。


 この倉庫内でけりを付ける。


 カズマはそう決めると、早速、『霊体化』したまま、動き出すのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る