第29話 侯爵との面会

 初めての宿屋での宿泊はこの数日の緊張感から解放されるものであった。


 カズマは食後、桶いっぱいのお湯をもらって、それで体を拭き、そして顔と頭を洗うと、あとは歯磨きをしてから早い時間だがすぐに就寝する。


 翌朝、ぐっすり睡眠を取ったカズマは体力、魔力とも完全回復であった。


「今回は小細工なしでツヨカーン侯爵に直接面会を求めよう。アゼンダ子爵の手形と書状もあるし大丈夫」


 カズマは自分に言い聞かせると宿屋を後にして、侯爵の住む城館へと向かう。


 向かう途中、カズマはやっとこの街の雰囲気を初めて感じる余裕が出来た。


 イヒトーダ伯爵領都とは比べものにならない程、賑わいのある街である。


 道は広いし、馬車も多く行き交っていた。


 昨日は夕方に到着して、混雑しているのはわかっていたが、街灯に照らされ始めた街並みではその全体像はわからなかったのだ。


 それが朝になってやっと、ツヨカーン侯爵の権勢がいかに凄いものなのかの一端を感じた気がした。


 この大きな街を治める権力者なら中立派貴族をまとめ、国内第三の勢力として王家を支えてくれるに違いないだろうとカズマは大いに期待するのであった。



 カズマは応接室で待たされていた。


 アゼンダ子爵の書状と、イヒトーダ伯爵の書状の威力は大したもので、城館の出入り口でも子供と侮られる事なく、奥に通されたのだ。


 ただし、ここからが長かった。


 一時間、二時間と時間ばかりが経過して誰も来ない。


 アゼンダ子爵のいくつか預かったうちの一つの書状はすでに対応した使用人に渡してあるから、用件についてはツヨカーン侯爵もわかっているはずだ。


 イヒトーダ伯爵の書状はまだ、渡していない。


 こればかりは直接渡さないといけないと思っていたからだ。


 だが、肝心のツヨカーン侯爵が訪れてこない。


 何かあったのだろうか?


 カズマは応接室で待っているうちに昼になり、使用人が食事を運んできた。


「……あの。いつまで待てばいいんでしょうか?」


「私にはわかりかねます。ただ、主は忙しいのでしばらくお待ちくださいとのことです」


 そう言われるとカズマもそれ以上は言い募れない。


 黙って食事を済ませ、デザートまで頂くと、また、時間だけが過ぎていきそうであった。


「……ちょっと、様子を見てみようかな」


 盗み見は悪い事と思いつつ、カズマは武器収納から脇差しを抜き放ち、お腹に突き立てる。


『ゴーストサムライ』の能力で『霊体化』すると、今までに感じた事がない重力を感じる。


「お、重い……。体が重く感じるでござる……」


 カズマは初めての体験に困惑する。


 だが、動けないわけでもない。


 カズマは、重々しく浮遊しながら壁をすり抜けてツヨカーン侯爵の城館内を探る事にするのであった。


 何部屋目だろうか?


 大小の豪華な部屋の壁をいくつもすり抜けていたが、魔力の減りが早いのも感じていた。


 もし、魔力消費削減効果のある能力『ブシは食わねどタカヨウジ』を覚えていなければ、あっという間に魔力枯渇で姿を現していただろう。


「これは多分、警戒の為、結界などの魔法が城館全体に張られているでござるな」


 とカズマは一つの答えに行きついた。


 なるほど、『霊体化』は結界魔法に影響があるでござるか……。


 と理解すると、まだ、魔力には全然余裕があるのでツヨカーン侯爵の居場所を探すのであった。


 カズマは、小一時間ほど浮遊して探していると、ツヨカーン侯爵の執務室らしい部屋を発見する。


 そこでは、丁度、カズマの事を話していた。


「まだその子供の使者は待っているのか?」


「そのようです」


「……仕方ない。今日は忙しいから会えないようだと、帰ってもらえ。それよりも今は息子の行方だ。……やはり、アークサイ公爵派、ホーンム侯爵派、どちらかの指金か?」


 ツヨカーン侯爵は苦悩した様子で、数日前から行方不明になっている息子の安否を心配した。


「現状、主を敵に回すような事ができるのは、両派くらいかと」


「……まさかうちの護衛が、全員やられるとは……」


「……申し訳ございません」


 執事らしい男性は何度したかわからないであろう謝罪を主君にした。


「何度も謝るな。──それで、息子はやはり人質に取られたと考えるべきか?この手紙にはそう書かれているが」


「鑑定結果でも、この手紙は本物のようですから、左様かと思われます」


「……せめて居場所さえつかめれば、救出の為にすぐにでも手練れの兵を派遣するのだがな……」


 ツヨカーン侯爵は無念そうに漏らした。


「やはり、領地全体に厳戒態勢を敷いた方がよろしいのでは?」


「それをしたら、息子の命も保証できないと書いているではないか」


 ツヨカーン侯爵は机の上の手紙を手にすると執事に見せるように持ち上げる。


 カズマはその手紙を間近で見ていた。


「脅迫状でござるか……。鑑定ができれば僕も犯人探しに協力できるのでござるが……」


 カズマは手紙に溜息を吐く。


 すると、


「鑑定物に『霊体化』のまま息を吹きかける事で、条件を満たし、能力『目利き』を取得しました」


 という「声」が脳裏に聞こえてくる。


「『目利き』?鑑定能力とは違うのでござるか?」


「『目利き』は、鑑定と違い、名前、生産地、製作者、価値を見極めるものであり、それ以外の用途等はわからない能力となっています」


「極端でござる……極端すぎて使い道がわから……、うん?それってこの手紙の送り主もわかるという事でござるよな?」


「当然、生産地、製作者、価値を見極めるものなので、送り主もその中に入ります」


「それでは『目利き』をこの手紙に使うでござる!」


「現在の『霊体化』状態では、他の能力を同時に使用する事は出来ません」


「やっぱり不便でござる!」


 カズマは、「声」対してそう言い返すと、お腹に刺さったままの脇差しをその場で抜いて『霊体化』を解除した。


「「天井から子供が降ってきた!?」」


 ツヨカーン侯爵と執事は突然頭上から降ってきたカズマに驚く。


「『目利き』発動!」


 カズマはそんな事はお構いなしで、ツヨカーン侯爵の手にある手紙を鑑定する。


「侯爵様、その手紙の送り主の名前わかりました!サシムの弟子サキサが犯人です!──サシムって、あのサシム!?」


 カズマは『目利き』の結果に驚いた。


 それはそうだ。


 サシムとは父ランスロットと一緒に倒した武芸者である。


 という事は、やはり、誰からか送り込まれた刺客であり、今回の誘拐も自分達と関わっているという事であった。


「サキサだと!?──いや、その前に、この怪しい子供を捕らえよ!」


 ツヨカーン侯爵はカズマを指差すと、執事が素早く動いてカズマを拘束する。


 床に押さえつけられたカズマは、黙って捕縛されるのであった。

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