第31話 奇襲
カズマはまず、倉庫内で馬車の用意をしている男を追い、その背後に『霊体化』で接近した。
男は丁度、馬車の前に馬を付ける作業を始めていた。
「落ち着け、どうどう……。この街とはおさらばだが、これで俺も大金持ちだな。へへへ」
男は馬に話しかけながら未来の自分を想像して笑みを浮かべる。
そこにカズマが『霊体化』を解き、馬のお尻を思いっきり脇差しで叩いた。
馬は急に現れ、自分の尻を叩くカズマに驚いてその場で跳ねるとその拍子に近くにいた男の脇腹を思いっきり蹴飛ばした。
「ぎゃっ」
男は短く小さい悲鳴を上げて吹き飛ばされるとその場で気を失う。
カズマはそれを確認せず、また、『霊体化』する。
「どうした!?」
大きな物音がした事に気づいて他の仲間が確認の為に馬車の元にやって来た。
「お、おいどうした?──馬に蹴られやがったのか……!?」
仲間の男は暴れている馬と気を失っている男を見てすぐにそう解釈した。
「こんな時にどうすんだ……。いや、こいつは負傷して足手纏いだ。そうなると俺の取り分が増える事になるな」
仲間の男はそうつぶやくと、重傷で気を失い倒れている男に剣を突き立てた。
「悪く思うなよ。サキサの旦那も同じ事をするさ」
男はそう言って止めを刺すと、今度は自分が馬を宥める為に手綱を掴んで落ち着かせようと格闘するのであった。
カズマは一部始終を『霊体化』した姿で見ていた。
「外道同士で数を減らしてくれて好都合でござる……」
カズマはござる口調で敵の死を割り切った。
そして隣の倉庫に移動する。
その倉庫には大小の木材が沢山積まれてあった。
建築関係の倉庫だろうか?
カズマはそこで『霊体化』を解き、手頃な木材と縄を見つけるとそれを持ったまま『霊体化』し、元の倉庫まで戻っていく。
今、やる事は人質になっているツヨカーン侯爵の息子の安全確保が第一である。
カズマは『霊体化』したまま、倉庫内にいる誘拐犯の数を確認した。
馬に蹴られ、仲間に止めを刺された男を抜くと、全員で残り四人いた。
サキサと手下の一人は荷物をまとめるのに一生懸命だったし、一人は暴れる馬を宥めるのに必死だ。
そして、最後の一人は人質のいる部屋の前で小さい椅子と机を置いて見張りをしていた。
カズマはそれを確認すると、扉をすり抜けて人質のいる部屋に入っていく。
部屋の中は殺風景で床に固定された椅子と机以外何もなく、少年は部屋の隅で毛布を下に敷いて丸くなっていた。
起きているが、死んだ目で床をじーっと見て動く様子がない。
そこにカズマが『霊体化』を解いて急に現れた。
子供はギョッとして、突如現れ部屋の中央に立っているカズマを見る。
疲れ果て、さらには驚きのあまり声が出ないのが幸いだった。
カズマは人差し指を立てて、年上の子供であるツヨカーン侯爵の息子に「しっー」と、つぶやくと、木材をつっかえ棒にし、縄で扉の取っ手に固定し始める。
少年はすぐにカズマが何をしようとしているのか理解したのだろう、息を殺してそれを見守った。
カズマが扉の固定し終わると、子供に向き直って静かに近づく。
「……僕はツヨカーン侯爵の元から助けに参った者です。外にはまだ、三人ほど犯人がいます。その連中を今から一人でも減らして戻ってきますので少しお待ちください」
カズマは耳元でつぶやくように小声でそう説明した。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……!君は一体どこから現れたんだ?」
ツヨカーン侯爵の息子は先程とは打って変わって目を輝かせて言う。
目の前の味方を名乗る少年が空中から現れた不思議だけが気になっていたのだ。
「解決したら、告げる事もあるかもしれません」
カズマはそう答えると、収納してあった脇差しを武器収納からまた取り出す。
「……僕の名は、キットだ。君の名は?」
「……カズマです。キット様、少々お待ちください」
カズマはそう答えると、脇差しをお腹に突き刺して『霊体化』して消えた。
カズマの突然のハラキリ行為と、それと同時に姿が消えた事に、キットは呆然とする。
だが、それも一瞬の事で、キットはつっかえ棒の元に近づくと扉が開けられないように抑えて警戒するのであった。
カズマは扉のつっかえ棒で時間は稼げるとは思ったが、それがどのくらい持つかは未知数である。
そうなると、やる事はこの『霊体化』を使ってこちらから積極的に攻めるしかない。
誘拐犯は人質であるキットを殺す事も手段の一つにしている事は裏切り者の執事の命令からもわかっているから、助けを呼びに行っている暇もないと思われる。
カズマはそう考えると、馬を宥めている男を狙って馬車の元に行く。
男はやっと馬を宥めて馬車の前に付け始めていた。
カズマはその無防備な背後で『霊体化』を解き、脇差しで男の太ももを突き刺す。
「ぎゃっ!いてぇー!──な、何しやがる!?誰だ、お前!?」
刺された男は盛大に悲鳴を上げるとその場に倒れ込み、振り返ったら一瞬、子供がそこにいた。
しかし、次の瞬間には子供は消えている。
刺された男は、大声で助けを呼んだ。
「どうした!?」
荷物をまとめていた隣の部屋のサキサと子分が駆け付けた。
「見た事ないガキに刺された!」
「!?見た事ないガキ?人質のガキじゃなくか?」
サキサは重傷とわかる男の言葉に不審な表情で確認する。
「見た事ないガキだ!それよりも、止血してくれ!出血が酷いんだ!」
「ちっ!おい、こいつの止血を。──……足手纏いになりそうなら殺せ」
サキサは子分に止血を命じると共に、小声で耳打ちする。
そして、本人は人質の確認をするべく部屋に向かおうとした。
その時だった。
またも、悲鳴が上がる。
「誰か!突然現れたガキに刺された!」
という声が聞こえてきた。
サキサはすぐに人質のいる部屋の前に急いだ。
そこには太ももをまたも刺された見張りの男が悪態を吐きながら廊下で倒れている。
「刺したガキはどこに行った!?」
サキサは剣に手を掛け、周囲を警戒して見張りの男に確認する。
「わからねぇ!背後に現れたと思ったらすぐ消えやがった!それより止血してくれ!」
見張りの男は、痛みに苦しみながらサキサに懇願する。
「ギャーギャーうるさいんだよ!」
サキサはそう言うと、剣を抜き見張りの男の心臓のあたりに突き刺す。
サキサは見張りの男の焦点が失われて行くのには目もくれず、人質の部屋の扉をカギで開ける。
そして、取っ手を掴み開けようとするが、何かがつっかえて開かない。
「どうなってやがる!?」
サキサが取っ手を何度もガチャガチャと開けようと苦戦していると、その背後で『霊体化』を解いたカズマがこっそりと刃物を持って迫っているのであった。
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