第32話 決着の時

 人質の部屋の扉を開けようとサキサは四苦八苦していた。


 もちろん、扉の向こうでは人質の少年ツヨカーン侯爵の息子キットが、つっかえ棒を必死に押さえて入られないようにしている。


「キット坊ちゃん。内側から何かしてますね?開けないと痛い目に遭いますよ?」


 サキサは、キットの事を当然知っており、顔見知りなのだろう。


 丁寧にだが威圧的に扉の向こうのキットを脅した。


 そこにサキサは背中に殺気を感じた。


 とっさに手にした剣で振り返りざまに背後を薙ぐ。


 すると金属音と共に、手応えがあった。


 そこには刃物を持った子供がサキサの剣を防いで立っている。


「野郎どもが言っていた子供とはお前の事か?」


 サキサは目を細めて、カズマを睨む。


 そしてふと何か思い出したように続ける。


「銀髪に赤い瞳……。俺の振り返りざまの一振りを防ぐ子供……。そう言えば以前、師匠が仕留め損ねたナイツラウンドの子供がそんな特徴だった気が……。まさか本人か!?」


 サキサは細めた目を見開いた。


 サキサにとって、師匠であるサシムは剣士として怪物の領域にある人物であると思っていたから、その師匠サシムが仕留め損ねた子供がいる事だけでも驚きであったから覚えていたのだ。


「その剣豪サシムも僕の父に敗れて亡くなりましたよ。秘密ですが」


「師匠が死んだ、だと!?連絡が付かないのはいつもの事だと思っていたが……。いや、そんなはずがない。あの人は勝つ為には手段を択ばない……。勝つ見込みがなかったら、堂々と逃げるしな。──だから死ぬはずがない」


 サキサはカズマのいう事は信用できないと結論づけた。


「サシムのように残酷ではないですが、うちの父ランスロットも、同じタイプの人です。そして、勝つ為の策を駆使して、父が勝ちましたよ」


 カズマは駆け引きをしていた。


 父が勝利した事を話しつつ、今、その父が近くにいるかもしれないと匂わせたのだ。


「師匠が負けた、だと……!?──なるほど、それをわざわざ俺に教えるのは、そのお前の親父がここに駆け付ける時間稼ぎをしているわけか。そうはいかんぞ!」


 狭い廊下で退路を塞ぐのは子供一人である。


 逃げるにはこの子供を処理しないといけない。


 サキサは剣先をカズマに向け、水平に構えた。


 時間はない。


 さっさと仕留めて逃げるほかないから、サキサは一歩前に出た。


 カズマは脇差しを鞘に戻すように半身で構える。


 居合斬りの構えだ。


「!その構え、サシム師匠の真似か?子供の分際であの人の領域に立てると思うなよ!」


 サキサはそう言い放つと、予備動作無しでカズマの首をめがけて剣を突く。


 狭い廊下で剣を振るうわけにいかないし、時間もないからさっさと仕留めようと思うと急所の一撃を狙うのが普通だから当然の選択である。


 だが、カズマは剣の達人であるサキサが焦ってそう来る事は読んでいた。


 そして、心の駆け引きでも有利に立っていたカズマは、冷静に子供とは思えない落ち着きぶりでサキサの攻撃に対して踏み込んで懐に飛び込むと脇差しを一閃させる。


 サキサの剣は見事にカズマの首を捕らえていた。


 カズマが首を捻って躱すのにも対応して剣先を動かしていたから、この辺りはさすが領兵隊の剣術指南役だったいう事だろう。


 だが、カズマを相手にしたのが、運の尽きであった。


 カズマは『ゴーストサムライ』の能力『クビキリ完全耐性』を持っている。


 だから、痛みはあるが、全く首は斬られないし、血も出ないのだ。


「ば、馬鹿な……」


 サキサは逆袈裟切りで体を斬られ、血飛沫を上げる。


「手応えはあったのに……、なぜ無傷なのだ……」


 サキサは信じられないという表情を浮かべると床に倒れ、絶命するのであった。


「戦う前に勝つ。剣を交える前から勝負はついていたでござるよ……」


 カズマはサキサの遺体に供養の意味も兼ねて手を合わせるとそうつぶやく。


 そう、勝負はこの狭い廊下、サキサの師匠サシムを倒した父ランスロットが援軍に来ると思って焦った心の動揺、そして、相手を子供と侮った時点で負けは決まっていたのだ。


 それに対してカズマには慢心がなく、奥の手である『クビキリ完全耐性』もあった。


 そして、ずっと地道に磨いて来た剣の腕である。


 実力では明らかにサキサが上手であったが、それでもカズマは駆け引きで優位に立つことで、まんまと勝利を手にしたのであった。


 人質の部屋の扉がノックされ、子供の声が聞こえて来た。


「キット様。もう終わったので出て来ていいですよ」


 その声は明らかに誘拐犯達の者ではなく、先程、突然現れて扉を塞いでくれた年下の少年のものであった。


 キットは、急いでロープを解き、固定していたつっかえ棒の木材を外す。


 そして、扉を開けるとそこに立っていたのは、血飛沫を浴びて真っ赤になったカズマの姿であった。


「うわっ!──だ、大丈夫か?怪我はないか?」


 キットは命の恩人であるカズマの姿を見て驚くと同時に安堵し、その無事を確認した。


「僕は大丈夫です。あ、被せてある布は取らないで下さいね」


 カズマの言葉にその布の下のものが何か容易に想像できたので、キットは何度も頷いて、それを跨ぎ廊下を進む。


「誘拐犯は五人。そのうち四人は仲間同士での殺し合いで死亡しています。最後の一人は僕が斬りましたから、もう安全です」


 キットはその説明を受けながら手を引かれるまま倉庫を出た。


 ずっと薄暗い部屋にいたキットには、外はとても眩しい。


 その眩しい中、手をかざして自分の手を引く恩人の小さい少年に聞く。


「……君の名をもう一度聞かせてくれるかい?」


「カズマ、カズマ・ナイツラウンドです」


 キットにとって、その名は一生忘れられない名として胸に刻まれるのであった。

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