第33話 新たな願い

 ツヨカーン侯爵はカズマが誘拐された息子のキットを連れて城館に戻ってきた事に驚いた。


 そして、その口から主犯のサキサをはじめとし、その中の一人に執事が加わっている事を告げられると、さらに驚愕した。


 余所者のそれもわずか七歳の子供の言う事だ。


 普通なら絶対信じないし、何ならその子供の親を呼びつけて不謹慎な事を言う子供の代わりに説教の一つもしたいところだが、その手には息子キットの手が握られている。


「父上。カズマの言う事を信じて下さい。お陰で私も命を助けられました!」


 キットは返り血を浴びて真っ赤な姿のカズマの手を握ったまま言う。


「……執事トーマス。サキサを私に推薦したのは、お前だったな……。そのサキサがこっちの動きを察知したかのように消えて、今、偶然ではない事をこの少年とうちの息子が主張している。──何か申し開きしたい事はあるか?」


 ツヨカーン侯爵は背後に立つ執事に問うた。


「……全て上手くいくはずだったのに……」


 執事トーマスは下を向いたままそうぼそっと口にした。


 その言葉にカズマはキットの手を離して執事の方に走り出し、武器収納から脇差しを取り出す。


 その行動と執事トーマスが懐から短剣を抜くのが同じタイミングであった。


 執事トーマスは抜いた短剣で主君であるツヨカーン侯爵に斬りかかる。


 ツヨカーン侯爵は、


「たわけが……」


 とつぶやくと同時に、振り向きざまに腰に佩いてあった剣を抜き執事トーマスを一閃する。


 それと同じタイミングでカズマはトーマスの短剣を脇差しで叩き落したのだが、それは必要なかったようだ。


 ツヨカーン侯爵は剣の達人で、執事トーマス程度の相手ならすぐに反応出来たのだ。


「……すまなかったな、少年。いや、カズマ・ナイツラウンドか。我が息子を救出し、事件を解決してくれた事に礼を言う」


 ツヨカーン侯爵は絶命した執事トーマスを見下ろしたままそう答えた。


「……殺して良かったのですか?」


 カズマは執事を拘束し、本当の雇い主を追求しようと短剣のみを狙ったのだがツヨカーン侯爵は斬り捨ててしまった。


 カズマは、その腕なら捕縛できたのではないかと、少し非難して見せたのだ。


「……すまん。私も少し、身内の裏切りで少し頭に血が上っていたようだ。だが、雇い主は大方予想がつく。トーマスは中立もしくは、王家を擁立するアークサイ公爵に付くのが得策かもしれないと匂わせていたからな。つまり、そういうことだろう……」


 これまで全幅の信頼をして来たであろう執事の裏切りに、ツヨカーン侯爵はかなり堪えたのか大きな溜息を吐いた。


「そうですか……」


 カズマはそれ以上何も言わない。


 本当は一刻も早くイヒトーダ伯爵の書状の返事と他の中立派貴族や王家への書状を書いて欲しいところであったが、今はそれどころではないだろうと察したのだ。


「……息子を助けてくれたお礼と、書状の返事、そして、カズマへの非礼については後日させてくれ」


 ツヨカーン侯爵はそれだけ言うと、キットを手繰り寄せ抱き締めるのであった。



 カズマは誘拐事件を解決した英雄としてツヨカーン侯爵の城館で歓迎される事になったが、カズマは先を急ぎたい気持ちが強い。


 イヒトーダ伯爵領は両敵対勢力に囲まれており、ツヨカーン侯爵、アゼンダ子爵領のように助け合う相手がいないのだ。


 今は、一刻も早くツヨカーン侯爵に中立派の盟主になってもらい、王家を奉じる事を宣言して第三勢力になってもらう。


 それで争っている両勢力へけん制して欲しい。


 そうすれば、イヒトーダ伯爵領も狙われずに済むはずであった。


 事件から数日後。


 ツヨカーン侯爵から執務室に来てくれるようにと使いが部屋に来た。


「わかりました。一時間後、そちらに向かいますので案内をお願いします」


 カズマは返還してもらったリュックに荷物を整理して詰めると出立できる準備をして執務室に案内してもらうのであった。



「よく来てくれた。──数日待たせてすまない。こちらでも内部の間者のあぶり出しから捕縛、事後処理などがあったものでな」


 ツヨカーン侯爵は目にクマを作りこの数日寝る間も惜しんで仕事をしていたのがわかった。


 傍には新しい執事だろうか、金髪に切れ長の黒い目の若い男性が立っている。


 カズマはチラッとそれを確認して、ツヨカーン侯爵に向き直った。


「──それでだ。イヒトーダ伯爵の書状内容は確認した。私も今の国内情勢は憂いている。このままでは諸外国から狙われかねないとな。王家を奉じる事も当然だが、今、その王家の首根っこを掴んでいるのはアークサイ公爵だ。それに対抗するにはホーンム侯爵派と手を結ぶのが手っ取り早い。だが、そのホーンム侯爵には義が無いのもわかっている。だから私が中立派の盟主になりこの内戦の仲裁に入る事が現状では一番の策だと思う」


「それでは……」


「しかし、だ。それには条件がある。中立貴族の重鎮オーモス侯爵とヘビン辺境伯の説得をお願いしたい。そなたの荷物を確認したところ、この二人への書状はなかった。多分、私さえ説得出来ればなんとかなると思ったのだろうが、第三の勢力としてこの内戦を止めようと思ったらこの二人の力が必要だ。書状は私がすでに書いてある。だからそれをそなたの能力で安全に届けてもらってよいか?」


 ツヨカーン侯爵はそう言うと、さらに続ける。


「恩人にこんな願いを頼むのは無理が過ぎるとは思っている。しかし、両勢力に気づかれず安全に届けるにはそなたの力が必要なのだ、頼む!」


 ツヨカーン侯爵は七歳の少年であるカズマに頭を下げた。


 これには新しい執事の男も驚いたが、主君の覚悟に続いて頭を下げる。


「……頭をお上げ下さい侯爵。──わかりました。どちらにせよツヨカーン侯爵が引き受けてくれないと成り立たない策ですから、引き受けます。僕が侯爵の書状をその二人にお届けします」


 カズマはそう口にすると書状を受け取り、決意を新たにするのであった。

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