第34話 急ぐ旅

 命の恩人であるカズマとの別れが名残惜しいツヨカーン侯爵の子息キットに感謝されながら、カズマは時間が惜しいとばかりに、武器収納から脇差しを取り出すと、それを抜いてお腹に突き刺す。


 ツヨカーン侯爵、若い執事、そして、カズマの能力を知りたがっていたキットもこの行為にギョッと驚く。


 そして、姿が消えるのを確認して、カズマが旅立った事を理解するのであった。


「……あれが本当に七歳の少年とはな」


 ツヨカーン侯爵はキットを抱き寄せて呆れるようにつぶやく。


「カズマは誰よりも立派な剣士です。父上、今度カズマが訪れた時には私の剣の師匠として雇う事はできませんか?」


 キットは、願望を口にした。


「それは無理だろう。まだ、七歳だし、あれの両親はナイツラウンドだ。きっと二君に仕えるような事は許さないだろう。それにそもそもイヒトーダ伯爵が手放すまい」


 ツヨカーン侯爵は稀有な人材と思えるカズマを、手放すようなもの好きはいないと思うのであった。



 カズマはそんな事をツヨカーン侯爵親子が話しているとは思わないまま、先を急いでいた。


 まず向かう先はツヨカーン侯爵から強い願いがあったオーモス侯爵、ヘビン辺境伯の元と言いたいところだが、ものには順序がある。


 優先すべきはイヒトーダ伯爵の書状を届ける事だったし、何より、近いところから済ませる方が効率はいい。


 だからカズマは『霊体化』前に地図で確認してあった、ここから一番近い中立貴族の領地、ドッチ男爵の元へと向かっていた。


 近いと言っても、ツヨカーン侯爵領から王都方面の街道に乗り、そこから王都近くまで進み、北部に少し向かうとドッチ男爵領がある。


 普通に歩いて進めば、何日かかるだろうか?


 だが、カズマは『霊体化』があるから大分短縮して進める。


 魔力の限界もあるが、それも能力『ブシは食わねどタカヨウジ』で魔力消費、お腹の空き具合もかなり抑えられるから、進める距離もかなり伸びたはずだ。


 カズマは時折、道を間違えないように、『霊体化』を解いて、地図を見比べたり、街道の看板を確認したりしながら、道なりに先を進むのであった。



 その日の夕方。


 カズマはかなりの距離を進んでいたが、まだ、魔力にかなり余裕があったから、夜も徹して進む決定をした。


 そして夜も暗い中飛び続け、王都方面に向かう大きな街道を進み続ける。


「勢いで進み続けたでござるが、さすがにどこかで休憩を取ろうと思ったら、夜中に場所を確保するのは難しそうでござる……」


 魔力に余裕が生まれても、人の生活時間外に動くのは無駄が多い事に気づいたカズマは、途中の宿場の灯りが落ちていた事を『霊体化』した状態で思い出してそうつぶやく。


 そして、野宿できそうな場所を探した。


 上空でフワフワと浮遊しながら、野宿場所を探していると、街道側の林から灯りが漏れていた。


 野宿している者がいるようだ。


 カズマはその灯りに引かれるように、『霊体化』したまま近づく。


 商隊などであれば、子供の一人くらい一緒に野宿する事も許してもらえるかもしれないと思い、確認がてら覗いて見た。


 林の中に焚火が赤々と燃えている。


 野宿している者は一人。


「……?どこかで見た事があるような……。あ!アゼンダ子爵領に向かう途中で会った……、確かキナイという行商人でござる!」


 キナイは行商兼冒険者を自称する人の好さそうな旅人だ。


 まだ、起きていて丁度食事をしている。


 それを確認してカズマはどうするか迷った。


 人の好さそうな旅人だから、野宿に混ぜてくれるだろうが、二回目だから色々と聞かれるかもしれない。


 前回もさっさと自分が先を急いで出発したので、置いていかれたと思っているかもしれないから、何もなかったように現れていいか迷うところだ。


 しかし、野宿できる場所をこの日も落ちて闇も深くなったその暗がりで探すのも大変なのは確かである。


「……背に腹は代えられないでござる」


 カズマは、近くの木陰で『霊体化』を解くと、灯りに釣られたとばかりに、キナイの前に姿を現すのであった。


「うん?旅人かい?って、お前、カズマじゃないか!」


 キナイは、カズマをちゃんと覚えていた。


「あれれー?どちら様で──、あ、確かキナイさんでしたっけ?」


 カズマはちょっと名探偵系の少年の演技が入った対応をした。


「あれれじゃないわ!あの後、どれだけ探したと思ってるんだ!その様子だと無事に旅をしているみたいだが……。というかこんな時間まで進んでいたのか?よくそんな状態で旅を続けられているな」


 キナイは呆れた様子でカズマを上から下まで確認した。


「運がいいみたいです。ところで野宿一緒させてもらっていいですか?」


「……全く。それは構わないが、飯はもう食ったのか?」


「これからです」


「丁度俺も夜食を食ってたところだから、分けてやるよ」


 キナイはそう言うと、包みから半分に切り分けたライ麦パンの欠片に切れ目を入れ、塩漬けの野菜と前回同様、手に入れた煮汁に浸して柔らかくし、それを火で炙った干し肉を挟んでカズマに渡した。


「お金はお支払いします」


 カズマはそう言うと、お金の入った革袋を腰から取り出そうとした。


「子供からお金をせびる程、俺も落ちちゃいないさ。それより、さっさと食べな。どうせ朝早く起きて出発するんだろう?」


 キナイは前回の事を根に持った言い方をする。


「あはは……。ありがとうございます。それでは頂きます」


 カズマは否定せずに応じると、渡されたサンドイッチを口に運ぶのであった。

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