第35話 人助け

 思わぬ野宿の再会を果たしたカズマと行商人キナイであったが、カズマにとっては先を急ぐ旅である。


 日が明ける前の焚火の灯りが消えかかった暗がりでカズマは目を覚ますと、ウトウト寝ているキナイに拝むように手を合わせた。


 それは食事と野宿の場を提供してもらった感謝の意味と、また、黙って行く事についてごめんなさい、という意味である。


「……良い人そうだけど、巻き込めないからなぁ」


 カズマはそうぼそっとつぶやくと、大きなリュックを背負って旅支度をする。


 そして、その場を離れると木陰に飛び込み、次の瞬間には『霊体化』して林を飛び出し、次の目的地ドッチ男爵領へと急ぐのであった。


「……わけありだったか。……そりゃそうか。子供の一人旅に理由がないわけないよな」


 さすがの行商人キナイも二度目の置いてけぼりは警戒していたから、カズマがリュックを背負った時点で気づいたのだが、カズマのつぶやきを聞いて止めるわけにもいかず、寝たふりをして見送ったのだ。


「まぁ、縁があればどこかでまた会う事もあるだろう」


 行商人キナイはそうつぶやくと、身支度を整えて出発するのであった。



 奇遇な出会いと別れを済ませたカズマは、お昼前にドッチ男爵領に入った。


 西進して王都に向かう街道を途中から北に方向転換して二つ山を越えるとドッチ男爵領領都に到着する。


 距離的には短いが山を二つ越えるから時間はかかるし大変だが、そこは『霊体化』したカズマである。


 そこは苦も無く山を越えていた。


 二つ目の山を越えようと、フワフワと上空を進んでいたら、山中から悲鳴が上がる。


 女性のものだ。


 カズマは『霊体化』したままその声がした方向に下りていく。


「誰か助けてぇ!」


 また、女性の声が聞こえる。


 眼下の木々の葉っぱの間から走って逃げる十六歳ほどで旅人姿の女性とそれを追いかける一体の大きなオークの姿を確認できた。


 オークとは豚の頭部を持つ人型の魔物だ。


 七歳のカズマと比べ、その大きさは何倍もある。


 カズマの脇差しで仕留めるのはかなり難しそうだ。


「……くっ!どうする!?」


 カズマは転んで倒れる旅の女性をどうしたら助けられるか考えた。


 カズマは上空で浮遊してその状況を見守る。


 オークは転んだ女性を追い詰めて、ブヒブヒと嬉しそうに鼻を鳴らしている。


 動きが止まった。これなら、仕留められるかもしれない。


 カズマはオークの遥か上空でそれを確認すると、その場でお腹に刺さった脇差しを抜き『霊体化』を解く。


 そうなれば、もちろんカズマは空中で実体化するから、落下するのだが、カズマは脇差しを武器収納に納め、代わりに長刀を取り出し抜き放つ。


 カズマは真下のオークに刃の先端を狙い澄ますと自分の体重を乗せて頭部に突き刺す為に落下していくのであった。



 逃げていた女性は転んでしまい、オークに追いつかれた。


 立ち上がろうとしたが、腰が抜けて起き上がれない。


 目の前には野蛮なオークが勝ち誇った顔で舌なめずりして自分に手をばそうとしていた。


 そこに信じられないものを目撃した。


 子供が空から降ってきたのだ。


 その子供は長い刃物を持っている。


 そして、オークの頭部に吸い込まれるように、その刃物を突き刺して落下した。


「ぐえっ!」


 オークが頭部を貫かれ、地面に串刺しになる。


 子供は前かがみのオークの背中に落下し、その脂肪の多い体で跳ねるとそれがクッションになったのか落下速度を殺して地面に落ちた。


 その嘘のような光景を目の当たりにして女性は数瞬の間、ポカンとしていたが、串刺しになって絶命しているオークと、地面に落下した拍子に顔面を強打して転げ回っている子供を何度か見返して我に返る。


「ぼ、ぼく、大丈夫?」


 女性はそう聞くのがやっとであった。



 カズマは顔面を地面にしたたかに強打した痛みで悶絶している。


「痛い!」


 あまりの痛みに涙目でそう言うのがやっとのカズマであったが、そこへ助けた女性から声が掛けられた。


「ぼ、ぼく、大丈夫?」


「(ジタバタ中)!」


「ちょっと待ってね。私、治癒魔法が使えるから」


 女性は腰が抜けていたから、まずは動けるようにと自分に魔法を使って治療する。


 そして、すぐに立ち上がり、カズマにも治癒魔法を使う。


 その治癒魔法のお陰でカズマの顔の痛みが無くなった。


「……おお!痛みが消えたでござる!」


 カズマは初めての治癒魔法の感動に、ござる口調が思わず出るのであった。


「……ござる?──あ、助けてくれてありがとう……。私はルー。君の名前は何て言うの?」


「……えっと」


 カズマは名のるべきか悩みながら、オークを串刺しにした長刀を両手で一生懸命力を込めて引き抜くと腰布で血のりを拭き取り武器収納に納めた。


「まぁ!君、魔法収納を持っているのね」


 女性はカズマの能力に驚きながらも背中の大きなリュックに首を傾げる。


「魔法収納ではなく、武器収納です。それよりも──」


 カズマはそう答えると、自分の名前を名乗らずに済んだので、女性に質問した。


「なぜこんな山中で一人オークから逃げていたんですか?」


「……実は領都であるドッチの街に行く途中で賊に襲われて……。護衛の冒険者が逃げるようにと言ってくれたのですが……、どちらに逃げているのか分からなくなって森の中を彷徨っていたらオークに追いかけられました……」


「この山を越えれば領都が近いのに、この辺りは山賊が出るのですか?……それは危険ですね」


 カズマは治安の悪さに驚いた。


「いえ、この辺りに今まで出ると聞いた事がありません。治安は悪くないはずです」


 ルーと名乗った女性は、地元なのだろう、庇うように答えた。


「どちらにせよ。その賊の襲撃があった現場に様子を見に行かないといけないですね」


 カズマはそう答えると、ルーという女性を連れて整備された広い道の方向に案内する。


「でも、賊がまだ、いるかも……」


「魔物の死骸があるここに留まる方が危険ですよ。それよりも、道の近くまで行ったら、木陰に隠れていて下さい。僕が様子を見て来ます」


 カズマはそう答えると怯えるルーの手を引っ張ってオークの死骸がある現場から離れるのであった。

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