第36話 男爵の領都
カズマは領都に続く大きな道まで出ると、助けたルーという女性には木陰に隠れてもらった。
そして自分は『霊体化』して、襲撃されたらしい現場まで向かう。
現場は散々なものだった。
ルーが乗っていたと思われる馬車は炎上し、護衛の冒険者も数人倒れている。
だが、近くを通った商隊と思われる一団が、襲撃犯と思われる一団と戦っていた。
戦況は商隊の一団の護衛の兵が強く優位に戦っているようだ。
そこへ、近くを巡回していたと思われる領兵隊も駆け付けた事で、完全に雌雄は決した。
賊と思われる一団は次々と討ち取られ、数人が逃げ出した以外はほぼ全滅したのであった。
カズマはそれを確認すると、すぐにルーのいる元へとフワフワと飛んで戻る。
ルーは木陰でカズマの言いつけを守り怯えて潜んでいた。
そこへ『霊体化』を解いてカズマが現れる。
「ど、どうでした?」
すぐに戻って来たカズマに少しホッとしながら、確認する。
「賊は一掃されてました。今、現場は救援に訪れた商隊と領兵隊に制圧されていますから、大丈夫です。このまま進みましょう」
カズマはそう言って煙が上がる方向を指差すのであった。
ルーはすぐに周辺を警戒していた領兵隊によって保護された。
カズマはそれを確認すると木陰にすぐ入って『霊体化』し、自分の責任は果たせたとばかりに、ドッチの街に向かった。
しばらく浮遊して進んでいたカズマはドッチの街に到着した。
ドッチの街はドッチ男爵の領都で、山に囲まれた狭い盆地にある。
大きな街とは言えないが、小さくもなく男爵の領都としてはかなり立派な街に思えた。
「今日は宿屋を早々に決めて明日朝一番でドッチ男爵に書状を届けるでござる」
カズマは『霊体化』したままドッチの街の城門を飛び越えていく。
が、しかし。
侵入を阻むように『霊体化』したカズマは見えない壁に阻まれた。
「……これは、ツヨカーン侯爵の領都でも経験した結界魔法でござるな」
どうやら、結界魔法とカズマの『霊体化』は相性が悪いようだ。
「……仕方ないでござる」
カズマは一旦引き返して近くの木陰に飛んでいくと『霊体化』を解き、城門前の列に並んで身分証の札を見せ、領都入りする。
「男爵の街にしては結構大きいし、人も多いなぁ。少し見て回りたいけど、宿屋を探すのが先かな」
城門を抜けて、広がる視界に見える街並みに感心しながら、カズマはその体に大きなリュックを背負い直す。
そして、近くの警備兵に声を掛けると、お勧めの宿屋を聞いてその場所に向かうのであった。
「おや?いらっしゃい。これはまた小さいお客さんだな、一人かい?」
警備兵に勧められた宿屋は、小さいが清潔で、何より大通りに面していて安全そうなところにあった。
「はい。一泊いいですか?」
「前金だよ。料金表はこれな。文字は読めるかい?」
宿屋の主人は受付の上に置いてある木の板の料金表を指し示してカズマに聞く。
カズマは頷くと示されたお金を支払う。
安くは無いが、お店の場所や清潔さを見るとここは当たりだろう。
カズマはカギを受け取ると、部屋には行かず、一階の食堂に向かうのであった。
食堂の客層は六割が地元住民と思われる軽装だ。
あとは旅行者と判る横に大きな荷物を置いている者が多い。
こういうところは、地元住民が多いところが料理は美味しい証拠だから、これも正解っぽい。
カズマは従業員にお勧めを注文して待っていると、横の席の三人で食事をしている地元住民の会話が聞こえてきた。
「領主様はどうするんだろうな」
「俺はアークサイ公爵側に近々味方すると聞いたぞ?」
「いや、隣領がホーンム侯爵派だから、侯爵派だって」
「どちらにせよ、それだと、両者の争いに飛び込むって事だろう?徴兵もあるんじゃないか?」
「おー、やだやだ。死ぬなら自宅で家族に看取られるのが一番だろう?」
「若い連中は、一旗揚げるチャンスとか言っているが、それが死んじまう可能性も同時にある事をわかっちゃいねぇなぁ」
「一番は中立を保つ事だがな」
「今の状況でそれが出来るなら苦労しないさ」
「そうそう。この領地だけ、傍観できるほどの力も持ってないしな」
「力と金がないと中立も何もないからな」
「その通り!」
地元住民達は愚痴を漏らすと黒パンを噛みちぎりながらもっともな結論に達して何度目かの乾杯をしてお酒を飲み干す。
「……これは、説得が難しいかもしれない」
カズマは地元住民の情報を盗み聞きという形で収集しながら、明日朝一番でドッチ男爵を説得したものかと考え、注文した料理を食べ始めるのであった。
カズマは宿屋で一泊すると、予定通り朝一番でドッチ男爵の屋敷へと向かう準備を始めた。
荷物をまとめてリュックを背負い、「……よし!」と気合を入れる。
そこへ扉がノックされた。
「はい?」
「朝からすみません、お客様。ちょっとよろしいですか?」
「なんですか?」
カズマは不測の事態に備えて、扉越しに脇差しを武器収納から取り出した。
「今、お客様を領主様のところの馬車が迎えに来ておるのですが、覚えがありますでしょうか?」
「え?」
カズマは意外な質問に驚いた。
確かに今回は城門から証明する札を示して領都入りしたから、イヒトーダ伯爵領から来た事は門番には知られている。
だが使者である事は告げていない。
だが、領主から迎えがあるという事は、それが気付かれているという事だろう。
少し迷ったカズマだが、あちらから会ってくれるのなら、断るという選択もない。
「はい。あります!」
「そうですか!いや、それなら、使者の方には待ってもらうので、急ぎ準備を──」
宿屋の主人が急かすところにカズマがすぐに扉の鍵を開けて出て来た。
「それではその使者の方に会わせてください」
カズマはそう答えると、早速、使者に会う。
「領主様からお迎えするように仰せつかりました」
使者が馬車の扉をそう言うと開く。
カズマは頷くと黙ってその馬車に乗って男爵邸に向かうのであった。
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