第37話 男爵の説得

 馬車は男爵邸に到着した。


 しかし、カズマは詳しい説明もされず、奥の部屋に案内された。


 そこは食堂なのか長い机があり、カズマはその一番手前に座らせられ、荷物もその傍に置く。


 そして、多分ドッチ男爵であろう人物が、遅れて室内に入ってくると、その逆の奥に座った。


 そこへ一人の女性が遅れて入って来てドッチ男爵の傍に座る。


「この度は、よくぞうちの娘を助けてくれた。──まさか本当にこんな小さい子供がうちの娘をオークから守ってくれたとはな!」


 ドッチ男爵はカズマの姿を見て満面の笑顔でそう言った。


「もう、お父さん、信じてなかったの!?彼が勇気を出して助けてくれなかったら私、魔物に殺されていたかもしれないのよ?助けてくれた彼に対して失礼よ!」


 娘は父親らしいドッチ男爵にそう注意する。


 オークから助けた?確かに助けたけど、あんな人だったでござるか?


 カズマはここに来る途中で確かにルーと名乗る女性を助けたが、そこにいる女性の身なりも顔も別人に見えた。


「?──ああ、ごめんなさい。あの時の私は庶民の娘に変装する為に服は粗末なものだったし、顔も化粧で誤魔化していたから、今の私では別人に見えるわね」


 と、女性は説明した。


 そこでやっと、彼女は自分が助けた女性だったのかと合点がいく。


 化粧でこんなに変わるでござるか……、前世と同じで女性はわからないでござる……。


 カズマは前世の幽霊時代も憑りついた青年の女性友達が化粧で変貌する姿を間近で確認していたので納得するのであった。


「改めて自己紹介するわね。私はルー・ドッチ。この領地を統べる父ドッチ男爵の娘なの。こちらが、父のモチッド・ドッチ男爵よ。あなたの名をまだ、聞いていなかったわ。教えてくれるかしら?」


 ルーはやはり、ドッチ男爵の娘だった。


 カズマは、意外な流れに内心驚いたが、これも良い機会である。


「僕の名はカズマ、七歳です。一人でここまで旅を続けていたところ助けを求める声が聞こえたので助けに入りました」


「ほう……。本当に一人で旅を?そいつは凄いな。なるほど、小さい子供だが、オーク相手に怖気づかず助けに入った勇気はその辺りにあるのかな?実に素晴らしい」


 ドッチ男爵はカズマの七歳とは思えない受け答えに感心した。


「ね?凄いでしょ、パパ。カズマ君が、空から降って来た時には私、銀色の妖精かと思ったわ」


 ルーはカズマの髪の色から大袈裟な表現で例えて助けに来た事をそう評した。


「あの……。僕が呼ばれたのって、その事でしょうか?」


「ああ、こちらで勝手に盛り上がってすまない!──その通り、娘を助けてくれたお礼をしたいと思ってな」


「よく、僕の居場所がわかりましたね。ルーさんには名前も名乗らず立ち去ったのですが」


「娘が門番に君の特徴を話して、通過したら知らせるように言い渡したら、先に領都入りしていると娘が聞いてな。調べたら知っている宿屋に宿泊しているとわかったのだ。それで朝から迎えを出したのだよ。あそこは良い宿屋だと評判が良いのだが、よく眠れたかな?」


 ドッチ男爵は笑顔で娘の命の恩人に説明して応じた。


「はい、子供の僕に対しても、ちゃんとした応対をしてくれるとても良い宿屋でした」


 カズマは正直な感想を漏らす。


「そうか!それは領主として誇らしいな。わははっ!」


 ドッチ男爵は満足そうだ。


 そして、続ける。


「それでだ。娘を助けてくれたお礼をしたい。何か望みがあるかね?」


「……それでは僕が持参した書状に目を通してもらえますでしょうか?」


「「書状?」」


 ルーとドッチ男爵は思わぬ返答に首を傾げる。


 カズマは、傍の使用人に持参した書状を渡して、ドッチ男爵の元に持って行ってもらう。


「うん?イヒトーダ伯爵の紋章?それに私宛になっている?──これは一体どういう事かな?」


 ドッチ男爵は状況がいまいち飲み込めないようだ。


「僕はイヒトーダ伯爵の使者です。その証拠にこれが伯爵直々に発行してもらった証明の札、他にもアゼンダ子爵、ツヨカーン侯爵の札をあります」


 カズマは引き続き使用人に渡してドッチ男爵に証拠を示す。


「……それでは書状とやらを見せてもらおう」


 ドッチ男爵は神妙な面持ちでペーパーナイフを使用人から受け取り、開封する。


 そして、しばらく書状に目を通した。


「中立派で結束……か。すまないがカズマ君。ドッチ家は今、アークサイ公爵派とホーンム侯爵派のどっちに付くか迷っている最中なのだ。王都の学校に通っていた娘を急いで戻したのもどっちに付くか決めた時、相手側の人質になりかねないと思ったからなのだ。だから、庶民の身なりをさせて脱出させたのだ。その途中、賊に襲われ魔物に追いかけれていたところを君に救われたのだがな……」


 ドッチ男爵はそこまで言うと、言葉を濁した。


 相手は娘の命の恩人。


 だが、それと男爵家の今後の未来の選択は別物だという思いもあるから、ドッチ男爵も悩むところである。


「パパ。昨日の賊は、山賊に似せたどこかの兵士かもしれないと報告があったばかりでしょ?それはつまり、私を人質にどちらかの勢力がパパを自分の勢力に取り込もうとした証。王都にいた私なら両勢力の評判を聞いていたから何となくわかるわ。どちらの勢力でもやりかねない事だって。それなら今まで通り、中立を保つべきじゃない?」


「ルー、事はそう簡単ではない。我が家は吹けば飛ぶ男爵家。中立を保つにも力がないといけない。──イヒトーダ伯爵の中立派による連合は絵空事であろう?」


「いえ、ツヨカーン侯爵は中立派の盟主になる事を約束してくれています。そして、これから主軸になるであろう中立貴族の、オーモス侯爵、ヘビン辺境伯の元に僕が行く事になっています」


「!」


 ドッチ男爵は国内きっての有名貴族の名に驚いた。


「パパ!カズマ君は恩人だし、パパがあの最低なアークサイ公爵とホーンム侯爵のどちらかにへりくだる姿も見たくないわ!ツヨカーン侯爵はパパも褒めていた立派な名門貴族でしょ?そう言う人の元で頑張るパパが見たい!」


 ルーは父ドッチ男爵の説得を始めた。


「……カズマ君。オーモス侯爵、ヘビン辺境伯を説得出来たなら、私も中立勢力に加わる事を考えよう」


「ちょっと、パパ!」


「ルーは黙ってなさい。私もこの領地の領主として、最善の選択をする必要があるのだ」


 今のドッチ男爵にとってはそれが最善の判断だろう。


 カズマもそれがわかったので、これ以上は何も言えない。


「……わかりました。それではオーモス侯爵、ヘビン辺境伯を説得した後また、ここに立ち寄らせてもらいます」


 カズマは、子供とは思えない対応でドッチ男爵に理解を示して頷くのであった。

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