第38話 目指すは北

 イヒトーダ伯爵の書状の中に、ツヨカーン侯爵が指名したオーモス侯爵とヘビン辺境伯へのものはない。


 それは別に仲間外れにしようとか、説得が難しいとかではなく、ただ単に王都までの道のりで近くを通らないからだ。


 というか王都から遠すぎるのが一番の問題だからだった。


 オーモス侯爵は北部の中立貴派で、ツヨカーン侯爵と並ぶ名門貴族である。


 齢五十八だが意気軒昂で、元々武門の家でもあり、北部一帯の貴族からは一目置かれ、アークサイ公爵派、ホーンム侯爵派貴族もこの老貴族に余計な刺激を与えないようにしていたから北部一帯の両勢力は大人しいものであった。


 そして、ヘビン辺境伯。


 こちらは北東部の国境領域を治める貴族であり、中立というよりは、独立独歩の雰囲気がある。


 こちらもオーモス侯爵同様、北東部一帯で異色な勢力で味方に引き入れると心強いのだが、王都から遠い為、イヒトーダ伯爵はカズマの負担も考えて、味方に引き入れる事を今回は断念した経緯があった。


 一方でツヨカーン侯爵は中立派のトップとして立ち、傾いている王家を支えるには、王都周辺の中立派だけでは難しいと考えていたから、カズマの能力を見込んでこの両貴族の説得を任せようと思ったのだ。


 イヒトーダ伯爵は第三勢力を作る事で、中立派勢力の身の安全を図る為にもツヨカーン侯爵を盟主に立て一致団結する事を考えたが、ツヨカーン侯爵はその第三勢力で国の均衡を保ち、両者の争いを静め、王家の権力を復活させるところまで考えていた。


 多少の違いはあるが、目指すところは国の安寧だから、それらの書状を預かって飛び回るカズマの責任は重い。


 本来なら七歳の子供に託すものではないが、その書状を全国に拡がるアークサイ公爵、ホーンム侯爵両勢力圏を通過せずに、隠密に運べるものなどカズマくらいしかいないのも事実であったから、イヒトーダ伯爵、ツヨカーン侯爵のカズマとその能力への信頼はかなり厚いものであった。


 カズマは数日を掛けて、争っているアークサイ公爵派領、ホーンム侯爵派領を通過していた。


 魔物が少なく、安全そうな森などで『霊体化』を解いては、地図をチェックし、野宿する事無く近くの大きな街を選びそこで宿泊した。


 さすがにオーモス侯爵領を目指して北に向かう途中では、周辺の雰囲気は芳しくなく、戦になっている場所もあったから、野宿という選択は危険を伴ったのだ。


 大きな街でも到着してみてたら殺伐としていて雰囲気が悪く、『霊体化』を解いて歩いていると、つけられて狙われる事もあった。


 だから、危険を避ける為、大通りの宿屋に入ってしまえば、雨を凌ぐ屋根と一定の安全は保てたから、宿泊という選択をするのであった。


「『霊体化』と『ブシは食わねどタカヨウジ』で距離はかなり進めるようになったからいいとしても、世の中物騒だから安全な場所はないよなぁ。そして、オーモス侯爵領は遠い!」


 カズマは宿屋の部屋で地図を広げると、ろうそくの明かりに照らされながら一人つぶやいた。


 王都周辺を含め北部に向かう途中の領地には中立貴族領もあったが、雲行きの怪しい領地が多い。


 宿屋の食堂で噂話を聞いたところでは、圧力に負けてアークサイ公爵派に付いた噂もある貴族がいたし、その逆でホーンム侯爵派に付いたという話もある。


 やはり、周囲を両派の勢力に囲まれて中立を保つのは難しい事なのだ。


 カズマは一刻も早く、中立派をツヨカーン侯爵の元にまとめて両親のいるイヒトーダ伯爵領を守りたいところである。


「みんな元気かな……」


 カズマは前世の記憶があっても、まだ七歳。


 精神も肉体に引っ張られる事があるから、子供のカズマにも望郷の念が湧いてくる。


 母セイラの作る食事も思い出されるし、幼馴染のアンの笑顔も脳裏にちらつく。


 頼もしい父ランスロットの背中も頭を過ぎる。


「……よし!早く書状を届けて中立勢力を作るぞ……!」


 カズマは思い出を振り切るとロウソクを消し、就寝するのであった。



 翌朝。


 カズマは目覚めると、すぐに食堂に降りて早めの食事を取る。


 この宿屋では、鳥肉のソテーと卵料理が有名で前日の夕飯も味わったが、美味しかったから朝も同じものを注文した。


 卵料理の方は、卵とチーズを薄いパイ生地で包んだものが絶品で、それを切り分け、添えてあるほうれん草や玉ねぎと一緒に食べるとこれがまた美味しい。


 カズマは満面の笑みでそれを味わう。


「やっぱり美味しい……!」


「あははっ!昨日もそれ食べてたでしょ、坊や。そんなにうちの料理が気に入ったかい?」


「うん!──これってお持ち帰り出来ますか?」


「できるわよ。どのくらい持っていくんだい?」


「じゃあ、三枚お願いします」


 カズマは、迷う事無く指を三本立てると答えた。


「あははっ!それはまた、本当に気に入られたものだね!──あんた!卵とチーズのパイ包み三つお願い。お持ち帰りだから包んで頂戴な!」


 どうやら料理人とは夫婦らしい女性従業員が厨房に大きな声で声を掛ける。


「三つもか!?わははっ!わかった!」


 料理人は気に入ってもらえたのが嬉しかったのか大笑いすると、調理を始めるのであった。


 カズマは大きな葉で包まれたパイ包みを受け取ると大きなリュックに詰めて背負う。


「子供の一人旅、何が起きてもおかしくないから気を付けなさいよ?」


 従業員の女性はそう言うと忙しくなってきた食堂内からカズマに声を掛けると手を振って見送る。


「ありがとう!」


 カズマは親切な従業員に手を振ると、宿屋を後にした。


 そんなカズマを尾行するならず者がいる。


「朝から、ご苦労様だね……。どこでも小さい子供を狙う大人はいるよなぁ……」


 カズマは苦笑すると走って角を曲がり路地裏に飛び込む。


「ちっ!バレた!追え!」


 ならず者達は金目の物を目当てにカズマを追って路地に入るが、そこには大きなリュックを背負った目立つ子供の姿は無い。


「いない!?」


 ならず者達が子供を探す中、カズマは『霊体化』してその上空まで浮遊するとオーモス侯爵領を目指してひたすら北を目指すのであった。

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