第39話 侯爵領到着

 カズマは数日かけて、北部オーモス侯爵領に到達した。


 そして、『霊体化』したままオーモス侯爵領に入る。


「ここに来るまで、殺伐とした雰囲気の領地が多かったけど、ここは長閑な雰囲気があるでござるな」


 カズマはフワフワと空に浮きながら、検問所を通り、田園風景が広がる大きな街道を北上した。


 街道は旅人も多く、馬車も時折通過する。


 家族連れの者もいたし安全そうな領地だ。


 カズマはそれを見てイヒトーダ伯爵領に似ているかもしれないと思った。


「こんな雰囲気の風景を治める領主ならツヨカーン侯爵の書状で中立派勢力に与してくれるかもしれない」


 そんな期待を胸に抱き、カズマは一路、領都を目指して、空を飛んでいくのであった。



 領都まで馬なら数日かかるところをカズマは丸一日で北上した。


 途中、山を一つ越えたが、安全だった。


 というかそこには山城の街があり、山賊が出現できるほど治安が悪くなる要素がない。


 カズマはそれらを眺めながら領都に到着した。


 領都は案の定というか当然というか結界が張られ、『霊体化』したカズマがそのまま城壁を越えようとすると弾かれた。


 人の形で中に入ったら、負担は掛かっても『霊体化』出来るところを考えると、外壁の強度が高い結界と、内部はまた違う要素の結界が張られているようだ。


 カズマはだから、領都の城門前に『霊体化』を解いて入城した。


 入城の際は門番に、


「お前一人でそんな大きなリュックを背負って、イヒトーダ伯爵領からここまで来たのか!?歳は──、七歳!?本当に一人か……?証明書の札も本物だし、大丈夫みたいだが……。よし、通れ。旅の終着点がこの街になる事を祈るよ、坊主」


 と、心配された。


「ありがとう!」


 カズマは親切な門番にお礼を言うと、堂々と正面から入城した。


「……どうしようかな。今、朝だし、宿屋を取る時間じゃないから、このまま、オーモス侯爵の城館に行こうかな」


 カズマは一日中『霊体化』を解かずに北上し続けていたので、徹夜明けである。


 だが、能力『ブシは食わねどタカヨウジ』で体力も魔力も余裕があったから、このまま目的を果たす為に書状を届けに向かうのであった。



 オーモス侯爵の城館は立派な城壁に囲まれ、そこはまた、結界が張られているのがカズマにはわかった。


 カズマは『霊体化』してそういう結界関係の魔法に触れるようになってからというもの、解いていても、敏感になっているのだ。


「今までの領主様の中で一番、防衛面に力を入れている人かも……」


 カズマは『霊体化』で侵入は難しいとわかると、正攻法である正面から行く。


 大きなリュックを背負った七歳のカズマの姿は、門番からもはっきり見てわかる。


 だが、門番はそれを目の端に追いやって、目の前の男を追い払っていた。


「何でだ!私はデギスギン侯爵の使者ですぞ!?」


「だから、領主様はホーンム侯爵派の貴族の使者にはもう会わないと仰られているのだ。早々に立ち去れ」


「今回はデギスギン侯爵個人の使者です!」


「嘘を言え!その書状の裏には連名でホーンム侯爵の名が記載されているではないか!」


「これはその……」


「いいから、帰れ!」


 どこかのデギスギン侯爵の使者を名乗る男は、書状も渡す事が出来ず、とぼとぼと来た道を引き返すと、カズマと通り過ぎる時に何となく視線が合った。


 使者は腹の虫の居所が悪かったのだろう。


 視線が合ったカズマに、「何だ、こっちを見るな!」と言うと、下手な蹴りを放つ。


 カズマはそんな遅い蹴りに動揺する事無く軽く右手で払って受け流した。


 使者の男は勢いそのままに体勢を崩すとその場に転ぶ。


「おい、そこの!子供相手にみっともない事をするな!牢屋に入れるぞ!」


 門番が使者の男に怒号を浴びせた。


「ひっ!」


 使者の男は、その言葉に怯えると立ち上がり、走って逃げていくのであった。


「坊主、大丈夫か?見たところ手馴れた捌き方だったが」


 門番はカズマの心配をしつつ、見事な体捌きに感心して声を掛けた。


「はい、大丈夫です。それより、お目通りをお願いしたいのですが」


「お目通り?誰に会いたいんだ?まさか使用人ハンクの隠し子とか言わないだろうな?あいつにはすでに隠し子が一人いるからなぁ」


 門番はそう早合点すると、そう答える。


「いえ、この度は、ツヨカーン侯爵の使者として書状を持参しました。直接渡したいのでオーモス侯爵にお目通りをお願いします」


「何?坊主が使者だと?それもツヨカーン侯爵と言ったら、大貴族じゃないか!はははっ!面白い事を言うな。……本気か?」


 門番はカズマの言葉をうのみにせず笑い飛ばすところであったが、カズマの目が真剣だったので確認した。


「これはツヨカーン侯爵発行の僕の身元を保証する証明の札です。そして、これが書状になります。侯爵には直接渡すようにと念を押されておりますので、お目通りをお願いします」


 自分が子供だからこそ、信じてもらうには真剣に且つ簡潔に誠心誠意伝えるしかない。


 カズマは、門番に言葉以上に目で訴えるのであった。


「……確かにこれはツヨカーン侯爵直筆の札のようだが……。領主様は最近、極秘の使者を名乗る男に命を狙われてな。それから警戒しておられるのだ。アークサイ公爵、ホーンム侯爵関係には特に……、な。……わかった、中に入ってちょっと待て」


 門番はカズマを兵の詰め所に通すと、上に知らせる為に他の兵士を走らせるのであった。

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